File:19 ボクの答えはこの弾丸だ!(挿絵)
背中に感じる殺意。
確実に殺すというヒリヒリした意思が、巨大なプレッシャーとなってボクへ流れ込んでくる。
(『顔剥ぎ』が一瞬でコチラにッ!? 加速装置でも積んでいるというのですか……!!)
ここで死ぬ。そう悟った瞬間、走馬灯の光が一瞬だけ眼に浮ぶ。
ボクが顔と手脚を失った日。そして、『先生』を失った悪夢の日。それがフラッシュバックする。
義眼機能でも見えるモノなのかと現実逃避したことを思い浮かべていると、激しい金属音が鳴り響いた。
『ギィンッ』
間違いなく、これは自分の肉を裂かれる音ではない。
訳も分からず、恐る恐ると振り向く。
いや、振り向けた、と表現した方が正しい。
ボクの首はまだ身体と繋がっている。信じられないことだが、確かに生きているのだ。
「いったい、なにが──」
そこでさらに信じられないモノを目にする。
ボクは無神論者だが、今ならばきっと、神がいると言われても鵜呑みに出来ることだろう。
それほどに信じられない衝撃だったのだ。
【チェック:眼にしたモノ】
腰を下ろしているボクと同じくらいの背丈。
黒い髪に猫耳を揺らし、長い尻尾が尾てい骨の辺りから伸びている。
その両手からは、見覚えのある長い爪のような刀を生やしていた。
「コテツ!? キミがなんでここにいるんですッ!?」
「マサム、いっしょに、帰るニャ! コテツと、いっしょニャ!」
「帰るって、キミはマイマイへ乗せたはずなのに──」
せめてこの子だけでもと、アイコンズの手から逃すために自動運転モードのマイマ-11へ放り投げたはずなのだ。
今頃は事務所に着いて保護されているものとばかり思っていた。
だが現に、彼女はこうして目の前に立っている。
身を挺して『顔剥ぎ』の奇襲からボクを守ってくれている。
出会って半日もしない関係でしかないというのに。
命を賭してまで駆け付ける理由などないのに。
「逃げなさい、コテツ! ボクを置いて……ソイツは本物の殺人鬼なんです、子供だからと手加減するようなヤカラではなんですよ!」
「やニャ! マサム、助ける! マサム、コテツ助けてくれたニャ! 名前、付けてくれたニャ! おでん、食べさせてくれたニャ! あたま、撫でてくれたニャ! 良い匂い、包んでくれたニャ! いっぱい、いっぱい、くれたニャ!」
「だからって──」
意固地な彼女を説得しようと言葉を選ぶ。
けれど、『何も持っていなかった女の子』へ与えたモノに変わる言葉など見つからない。
そこでようやくコテツを突き動かす感情を理解できた。
ボクが『先生』から受けた恩義と同じものなのだと。
「そうか、キミは『昔のボク』なんですね……だから『先生』もあの時──」
胸のつかえが取れたような気分だった。
あれだけ怒りに支配されていた思考も熱を引き、正しい道を進む決意が満ちていく。
『ギャギィ、ギヤンギィン』
「ニャ! ニャニャ!!」
当然ながら、敵にとってはこちらの情緒など知ったことではない。
会話の繋ぎなどお構いなしに猛攻を繰り広げていた。こうしてる間もボクの眼に映らない剣戟が続いている。
でも今ならば冷静にこの状況を観察できるはずだ。
【チェック:状況の整理】
コテツは敵の位置を正確に把握しているらしい。
驚くべき動体視力で何度も攻撃を弾いては、ボクのことを護っている。
彼女は『肉眼』だからハッキングの影響を受けないのだろう。
「今、この場でヤツを捉えられるのはコテツだけ。 ボクは足手まとい、ということですか──」
幸いなことにコテツの反射神経は並外れている。遺伝子改造の賜物だ。
おかげで未だに刀傷一つ受けずに凌ぎ切っていた。
だが、それもいつまで続くことか。
【チェック:コテツの状態】
コテツはしきりに上段で受ける仕草を取っている。そこから、相手の体格の方が上であると分かる。
体重差もあり、振り下ろす攻撃は強力だ。受けに回るコテツの方が体力消費は多いだろう。
いくらコテツが最新の遺伝子改造児だろうと、相手も改造を重ねたニンジャなのだ。勝ち目は薄い。
「このままボクを護っていては、いずれジリ貧で押し負けてしまう……やらせない、この子にボクと同じ悲しみを背負わせない──!!」
過去に負ったボクの傷。『鉄腕』と呼ばれるようになった所以。
その象徴たる鉄の左手に弾を再装填すると、コテツの動きに合わせて敵を狙う。
『チャキ』
けれどそれは後手に回った照準。
戦い慣れたニンジャが一所に落ち着くわけもなく、変幻自在に戦場をかき回す『的』に狙いが絞り切れずいた。
下手をすれば、激しい攻防に集中するコテツの背を撃つことになる。
同士討ちこそ敵の思う壺。常に一手先を選べる相手へ対する無力感がボクを襲う。
まるで手の上で転がされている気分だった。
「ダメだ、どうすればいい……せめてコテツと神経を繋げることができればいいのですが──」
しかしコテツには神経拡張機が無い。ネット経由での情報伝達は無理。
かといって、いつまでも眼で追っているのではラグが大きすぎる。
(もっとダイレクトに──より感覚的に敵の存在を認知できれば──)
その時、目の端にあるモノが映った。
【チェック:配信していた男の亡骸】
最初に顔を削がれ、無残に倒れた骸。ボクの脚を撃った男の死体。
彼は自分の眼が使い物にならなくなっても、ドローンによる視覚補助で銃を手に取った。
ならば、ボクも同じことをすればいいのだ。
「ネットがなくとも『繋がれる』方法はあるッ! そうです、諦めてなるものですか!!」
先入観を捨てるべきだったのだ。サイバーテクノロジーに頼る、という常識ごと。
ボクはつくづくアナログに縁があるらしい。
思い付くやいなや、ニンジャに千切られたグレイブワイヤーを手繰り寄せる。
【チェック:千切れたワイヤー】
幾人もの血を吸い、真っ赤に濡れた赤い糸。
血糊と脂でまともな切れ味は失っている。本来は大きく薙いで血飛沫を拭うのだが、サイボーグに絡まりそれどころではなかった。
だが、むしろ今はそれが好都合。
「コテツッ! これを指にッ!」
「うニャ!」
ボクの声だけで反応し、コテツは眼も寄越さずにワイヤーの端を受け取る。
その視線は常に敵へ向けられていた。一時でも離せば殺られると理解しているのだろう。
彼女が掴んだのを確認し、ボクもワイヤーをピンと張って自分の左手に括りつける。
眼を上げるとコテツも同様に指へ巻き終わっていた。
やはり頭の良い子だ。多くを語らずとも目的を察してくれたのだ。
【チェック:結ばれた赤い糸】
これでボクとコテツは赤い糸で結ばれたことになる。
彼女が動けば、ボクの指も自動で動く。一心同体、運命共同体だ。
ボクは静かに眼を瞑り、小さな少女へ全てを賭けた。
「頼みましたよ──ボクの親愛なる相棒」
意識を集中させるのは小指一本、コテツとの繋がりにだけ全神経を絞る。
「マサム、できるニャ! コイツ、やっつけるニャ! ニャァッ!!」
『ギャキン』
コテツの鋭い爪が、顔剥ぎの攻撃を絡め取った。それが手に取るように伝わって来る。
彼女もボクに託してくれたのだ。必ず期待に応えてみせる。
「見守っていてください、『先生』──さぁ勝負です『顔剥ぎ』! この視えない謎解き……ボクの答えはこの弾丸だ!」
答えを外せば弾も外れる。命をチップに賭けた大博打。
その答え合わせが──今、始まる。
『パンッ』
指鉄砲から伸びていく一筋の閃光。赤い糸の先、上段に構えたコテツの手の向こう側。
丁度そこには『顔剥ぎ』の額が位置していた。
肉を抉る音、鼻腔を刺激する人工血液の匂い、怪鳥のような唸り声。
確かな手応えを感じ取り、ボクの瞼がゆっくりと幕を上げていく。
【チェック:眼にした光景】
脳天に穴を穿つニンジャの姿。壊れた機械のように二度三度身体を震わせ、バタリと倒れる。
地に伏した瞬間、真っ白い仮面が剥がれて素顔を晒す。
しかし、それはボクが過去に出会った『顔剥ぎ』とは似ても似つかぬ造形であった。
「これで、やっと『先生』の仇が……違う──『誰』なんですか、オマエは……!?」
敵が死んだことで、未知のジャマーハッキングが途絶えた。
ボクの眼も、そして生き残っていたアイコンズ達の眼も元通り。
おかげで本当の姿を拝めたのだが、それはボクの期待を大きく裏切ったのである。
「マサム、やったニャ! ぬぁ? マサム、どうしたニャ?」
「え、あぁ……よく頑張ってくれましたね、コテツ。 ありがとうございます」
「ニャふ~! もっと褒めて! ニャッニャッ!」
「まだ、終わっていないというのですか『先生』……?」
小さな相棒を撫で繰り回しながら、ボクは茫然としながらニンジャだったモノを見下ろす。
顔面を削ぐという特徴的な殺害手口。アイツ以外にいるわけが無い。
これはいったいどういうことなのか──




