File:18 顔剥ぎ
「いったい、なにが……?」
ボクの目が目潰しの影響を受けていないことは確かだ。
だというのに、全く今の状況を理解できない。
彼の顔面を削り取った正体の手掛かりはまるで無く、推理の糸口すら掴めないのだ。
「おひひゃっは、はお……おへほ、ごぽ」
舌も歯もない口で何を言っても意味不明。呂律がどうというレベルではない。
頭部の前面がゴッソリと消え失せたその男は、大量の血を吐き散らしながら倒れてく。
きっと自分の異常な姿をカメラのレンズ越しに『観て』いたのだろう。
最期まで困惑した様子で『落ちた顔』を拾おうとしていた。
「おい! 早く誰かこのクソ紐をどうにかしてくれ! あの女をぶっ殺せねぇだろうが!!」
声の方へ振り返ると、直葬電線を巻き付けた全身義体が見えた。
『他に誰も無い』。巻き付く瞬間、ワイヤーが彼を軸に回転して薙ぎ払ったからだ。
だが、声を聴きつけて生き残りが彼の元へ駆けつける。
「クッソ、まだ眼がチカチカしやがる──待ってろ、やっと眼が慣れて来たところだから……アレ? コイツに巻き付いてんのに、なんでアイツ死んだんだ?」
助けに来た肉眼の男は、ふと先程顔を落とした死体を見下し、ぼんやりと疑問を呟く。
そして、彼はそっと目線を上げて目を丸くした。
「えと、お前誰だっけ? ウチにいたかはっ──あへ?」
『べちゃり』
ボクの眼には、またしても生身の男の顔が突然ズルリと落ちていくようにしか映らなかった。
誰も手を出していない。何もしていないはずなのに、男はそのまま無残な死体に変わっていく。
「し、死んだッ!? おい! どうなってんだよ!? またあの女の仕業かッ!?」
サイボーグも茫然としながらその光景を見ていた。
その視線は、足元に転がる顔無し死体の一点に注がれている。
【チェック:目の前の状況】
すぐに身動き取れないサイボーグはキョロキョロと周囲を警戒し始めたが、脅威は見当たらないらしい。
そして、ボクの眼にもそれらしい人物は映らない。
今死んだ生身の方は、最期の際に誰かを『見た』ような口ぶりだったというのにだ。
「ボクにも、サイボーグ男にも……見えて、いない……?」
これは偶然なのか、あるいは顔を削がれて死んだ二人に共通点があったのか。
思案する前に、同様の不審死が次々に周囲で発生し始める。
「なんだテメェ!? かへっ」
「新手か、はひ!?」
右に左に、べちゃりと地面を叩く肉の音が鳴り止まない。
被害はどんどん伝播していく。
【チェック:顔が無くなっていくアイコンズ達】
ボクの目潰しが一斉に解けているからだろうか。
視力を取り戻した『生身の者』から順に狙われている。
皆、見えない誰かを視認した瞬間に殺されていることだけは感じられた。
「生身の者にだけ見えている敵がいる……?」
間違いなく実体のあるナニカがいる。ボクには見えないナニカが。
分からない。いったい何者がこの場にいるというのだろうか。
未知とは畏怖。分からないということが、ボクの心をチクリと刺して恐怖心を煽る。
なによりも──なぜ、すぐにでも殺せるはずのボクとあのサイボーグは生かされているのかが最大の謎だった。
考えろ。脚が動かせない分、頭を動かすしか、生き残る手段は無い。
【チェック:見えない敵】
なぜ顔を削ぐのか。即死させるだけなら、首や脳、心臓などの急所でいいはずだ。
わざわざ苦しんで死ぬようなタイムラグを残す必要は無いのである。
ならば、敵の本当の狙いは顔ではなく『眼』。姿を見られたくないということなのだろうか。
「まさか、『義眼機能には映らない』敵がいるというのですか……?」
機械の眼ならばいくらでも誤魔化しが効く。ボクが生かされている辻褄も合う。
思考の末に辿り着いた答えを確かめようと、あのサイボーグの方へチラと視線を向ける。
彼はなんとか自力でワイヤーを振りほどいたらしい。
だが、今も巻き起こるこの謎の怪現象に怯え、ヒステリックに腕を振り回していた。
「お、オイオイオイ!? いったい、なにが起きてるっていうんだよォォ!? オレに近付くんじゃねェェ!!」
やはり見えていない。あれはただの闇雲な抵抗だ。
正体を知られなければ後回しで良いという判断なのか。
「リアルタイムハッキング、それもネットを介さずに……こんな未知の技術を使えるのは──」
ボクが言い切る前に、その言葉はサイボーグの叫びで掻き消された。
野太い声が恐怖で裏返り、気色の悪さが倍増している。
「ウォォォッ! まさかニンジャ!? ニンジャがなんで!? 顔を落とすニンジャ……まさか!! あの『顔剥ぎ二十面相』──アバッ」
彼も正体に気が付いたらしい。企業の虎の子、企業秘密の塊である殺戮マシンの存在に。
けれど、そこまで口にしたところで、サイボーグの顔もズルリと落ちる。彼は知り過ぎたのだ。
鋼鉄の頭蓋をものともせず、スッパリと鋭利な切断面が顔を押し出す。
いったいどんな武器を使えばあのような芸当ができるのか。切れ味を誇るグレイブワイヤーでも鉄は切れないというのに。
それよりも、断末魔のように残した『名前』がボクの心を掻き乱した。
「顔剥ぎ……二十面相と言いましたかッ!! ヤツが、『先生』の仇がここに……!?」
ギリ、と歯を噛みしめ過ぎて口の端から血が零れる。
ボクの『先生』を殺め、そしてボクの顔を奪った憎き宿敵の名を聞いたからだ。
ヤツがこの場にいると耳にした途端、呼吸が出来なくなり、心臓が破裂しそうなほど脈打つ。
冷静さなど取り繕う余裕はない。
頭の中は既にどう八つ裂きにしてやるかでいっぱいになり、怒りで支配されてしまった。
「ハッ、ハァッ、ハッ──どこだ、どこにるんです『顔剥ぎ』ッ!!!」
姿が見えない、それが死ぬほどに悔しい。情けない自分を呪いたくなる。
すぐにでも殺してやりたい仇がいるというのに、ボクには奴の足音一つすら知覚できないのだから。
「チッ……見えないのであれば、無理矢理にでも居場所を暴くまでですッ!!」
丁度サイボーグ男がグレイブワイヤーを外してくれたところだ。
発射器の方をブルンと薙ぐと、ガラスコーティングの糸がしなりながら真っ直ぐに伸びる。
もはや邪魔なデクの棒はいない。
思う存分に振り回して、探知レーダーのように周囲一帯を無差別に攻撃していく。
「出てこいッ! ボクはここにいるぞ! 忘れたとは言わせないからな、『顔剥ぎ』ッ!!」
例え眼で捉えることは出来ずとも、本当に姿が消えているわけじゃない。
実体はある。無意識の攻撃なら当たるはずだ。
「ボクはお前を知っている! お前の──『11番目の犠牲者』なんですからッ!」
その言葉を口にした途端、ボクの太ももに幻視痛がズキズキと奔る。
【チェック:正正一】
ボクの右脚に刻まれたタトゥー。伊達や酔狂で刻んだわけじゃない。
真実は『顔剥ぎ』が獲物に残していく殺した数だ。ボクが11番目の証、『正正一』。
傷くらい簡単に治せる時代でわざと残したのは、ヤツへの復讐心を忘れないためである。
「どうしたッ! 情報を知る者は生かしておかないのだろう!? 殺し損ねた獲物はここだッ!!」
『ビュゥン、ビュゥン──』
壊れた時計の針のように、ワイヤーがボクの頭上を回転し続けている。
脚を負傷し倒れ込んだこの姿勢なら、よほど這いつくばらない限りは胴を輪切りにしてやれるはず。
だが、一向に手応えは無い。
虚しく風を切る音ばかりが静寂を切り裂いていた。
いなくなってしまったのか、ボクを無視しているのか──不安が押し寄せ、手が緩みそうになる。
『ブツリ』
その時、グレイブワイヤーを握っていた腕が軽くなる。遠心力を失った反発が襲い、グッと身体がもっていかれた。
ワイヤーが切れたのだ。つまり、『切った何者か』がソコにいるのである。
「そこですッ!!」
胸元を揺らして、隠し持っていた銃弾を宙へ放り出す。
それが漂っている刹那に『鉄の左手』で飲み込み、指先へと充填した。
『パパパパン』
フィンガンの四連射が横に並んで虚空を進む。
的を狙うなら点より面で攻撃が一番だ。
「おかしい……全て向こうの壁へ到達しています……なぜ──」
結果は一発とてかすりもしなかった。
代わりに、ボクの背後へよからぬ気配が現れる。
「しまッ──」
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