File:17 トランプとランプ
これではまだ足りない。あんな目くらましではすぐに眼が慣れる。
眩し過ぎるネオンに悩まされたこの街の住民達だ。簡易の遮光レンズを眼に仕込むくらい当たり前だろう。
絶対に目くらましをしたいなら、網膜を焼き焦がすほどに容赦の無い光量が必要だ。
どうせ市民は避難済み。コテツもいない。非人道的と言われようが、好き勝手やらせてもらう。
「次は『人間の眼』を潰す! 本当は高いので使いたくはないのですが──宝の持ち腐れでくたばるよりマシですからねッ!!」
取り出したのはトランプのカードを模した薄い紙きれ。
爆風に乗せて紙吹雪のように舞わせると、周囲一帯を囲むアイコンズ達の目の前へと漂う。
不思議な現象に戸惑ったのか、彼らの多くは手を止めて様子をうかがい始めた。
「な、なんだぁ?」
「紙……?」
「いや、トランプじゃね?」
「おいまて、これって──!?」
アングラな闇武器に精通しているものが気付いたのだろう。
ボクが振り撒いたその正体に──といっても、今頃気が付いても遅いのだが。
『キィィィィィン』
先ほどのような原始的な化学反応とはわけが違う。
今度の光は夜を昼へと一変する照明弾。
街中を一瞬にして真っ白い世界に塗りつぶしていったのだから。
【チェック:ランプカード】
『照明』という可愛い名とは程遠い代物。
最新技術で造られた人工太陽光の数倍に匹敵する超発光だ。
耳鳴りのする怪音波を生じながら、眩いという表現では生温い光が男達の瞳を貫いていく。
「貴重なランプカードを大盤振る舞いしてやったんです、せいぜいたっぷりと味わうんですね!!」
ボクが投げたのだから当然なのだが、こちらはしっかりと眼を瞑り顔を伏せて対策済。
眩い光の洗礼を受けるのは、馬鹿みたいにジロジロ眺めていたアイコンズだけだ。
「ウゲッ!?」
「ギィヤァァッ!?」
「痛ェよォ! 眼がッ! 眼がァ!!」
「がぁぁ、義眼機能の人工網膜までイカレちまったッ……!! オレの眼を奪いやがって、クソアマァァ!!」
周囲からは阿鼻叫喚の嵐。銃撃の音もパタリと止んだ。
幸運にもまともに動ける者とて、周囲の異変に戸惑い動揺していることだろう。
そして何より、奴らの動きが止まって棒立ちになったことが重要である。
「カートリッジ変更──直葬電線、セット!」
ボクは懐に忍ばせていたスタンワイヤーガンの電極を捨て、新しい充填弾を差し込む。
すぐさまトリガーを引き絞り、射出されたワイヤーをハンマー投げのように円回転させていった。
「群れることが好きなら、まとめて仲良く送ってあげます! 文句は墓場の下から送るんですねッ!!」
『ビュゥゥン』
武器が地上との水平さえ取れていれば、あとは雑に振るえばいい。
たったそれだけ。本当にそれだけでアイコンズ達の首がポップコーンみたいにポンポンと跳んでいく。
直接首を切っているせいか、息も吐けないらしい。彼らの断末魔すら聞こえてこない。
代わりに一帯では風をも切り裂く鋭利な刃物の音が響き渡る。
そのビュンビュンという耳鳴りは、痛いくらいに鼓膜を刺激した。
「こひゅっ」
「なッ、か──」
「ごぽ、ぽ……」
ボクの眼はいまも閉じたままだ。それでも手に伝わる僅かな感触から、スッパリと肉を切断しているのを感じる。
無差別すぎて危険な代物なため、こうも好き勝手に振るえる機会が来るとは思わなかった。
わざわざ無関係な市民を避難させてくれた彼らには感謝したいくらいだ。
おかげで人数差も怖くは無い。
【チェック:直葬電線】
墓場へ誘うワイヤー。先端には重りと推進剤を兼ねた小型ドローンが付いている。
ワイヤーには強化ガラスコーティングが施されており、触れる物を全て断ち切ってしまう特定危険物。
大昔の日本で流行った糸を切りあう凧合戦、そこから派生した技術ツリーの終着点である。
「敵をできるだけ減らしたいところですが──」
『ビィンッ』
突然、手元に強い手応えを覚える。
まるで海釣りで大物を引っ掻けた感覚に近い。反動で手首ごと持っていかれるかと思ったほどだ。
「クッ!? やはり全身義体が混じっていましたかッ!!」
ガラスを纏った糸で切断できるのは生身の肉体だけ。
強化しても所詮は細い糸。鉄製の装甲義体には歯が立たない。
傭兵未満の装備しかいないアイコンズと一括りにしてもピンキリ。振り回していればいつかは装備の良いものとぶつかる覚悟していた。
「ぐぇ、なんだこりゃ!? おい、誰か解いてくれ! ロープみたいなのがオレに巻き付いてやがるッ」
グ、と引っ張る方向から困惑した男の声が聞こえる。
助けを呼ぶその言葉を聞く限り、ガラスリールで雁字搦めにされてしまったようだ。
「敵数半減……まぁ上出来でしょう。 堅い奴も一人行動不能に持っていけました」
ランプの灯りが納まり、ざっと周囲に目を通す。
【チェック:現在の戦況】
あれだけいた有象無象も目減りして逃げ道は充分に開けた。
手持ちの奥の手も使い切り、これ以上相手の裏をかくのも難しい。
命を捨てる覚悟はあるが、拾えるならば無理に捨てることも無い。ここが退き時だろう。
「コテツは無事でしょうか──」
自分の身を護ることに精一杯で、マイマイに無理矢理乗せた彼女がどうなったかは分からない。
追手が行ったところで、あの銃弾も跳ね返す少女が負けることはないと思うが、それでもやはり心配であった。
そうしてふと、他のことに意識を向けた瞬間だった。
『バンッ──グシュ』
「あッ──うぐぅ……!!」
久方ぶりの銃声。
それはボクの手から発せられたものではない。ボクに向けて放たれたものだ。
最悪なことに右脚から激痛が昇ってくる。せめて左脚ならばハードウェアだったものを運が悪い。
いや、ここまで無傷だったのが奇跡だったのだろうか。
ともかく火傷のような熱に耐え切れず、ボクは膝から崩れ落ちてしまった。
「手品みたいにヨォ! 色々出してくれちゃってヨォ! ウゼェことしてくれたじゃんかよぉ!!」
「ぐ、くぅ──アンコールを希望でしたら、叶えましょうか?」
「うるっせぇ、スカしてんじゃねぇ! 鉛玉のチップならヨォ! 腹いっぱいブチ込んでやっからヨォ! 覚悟しろよ雌犬風情がヨォ!!」
眼を上げて見上げると、目の前にはマイク柄のホロマスクの男がいた。
どう見ても彼はほとんど生身の肉体だが、先のサイボーグを盾にしたいたおかげで助かったらしい。
その手には死体から奪ったと思われる『血に濡れた赤い拳銃』を握っていた。
ボクが動けないのを確認してから抜け目なく出向いて来るとは、百点満点の小物ムーブである。
「ハァ、ウゥ……それにしてもキミ、よく眼が無事でしたね」
「ククク、オレ達は配信してるからヨォ──カメラ越しならテメェを見えるっつうわけヨォ!! 残念だったなぁ!!」
【チェック:配信している男】
男の両目は確かにコチラを見ていない。どこか虚空を見つめてぼんやりしている。
だが、彼の周囲に浮ぶドローンがバッチリとボクを見つめていた。
神経拡張機をネット経由でアレに繋ぎ、眼の代わりにしているということか。
「なるほど、勉強になりました。 次からは、それの対策も考えないといけませんね……」
「つぎィ!? 次なんて未来はヨォ、無ぇよバァァァカ!! テメェはここで惨たらしく死ぬんだヨォ!! 汚ねぇゲロも世界に届けてやるぜコラァ!!」
『ドム』
男の爪先がボクの内蔵を蹴り上げる。
胴体は生身。防弾チョッキのトレンチコート越しであろうと、眩暈のするような衝撃が襲い来る。
「ごほっ──う、ぐ」
「ヘイヨォー! 良い顔になってきたじゃんヨォ! 顔といやぁ、テメェの素顔──ワケアリなんだってなぁ。 予定変更ォッ! 脳天カチ割って、マスクをひっぺがしてやるヨォ!!」
『ギリ』
拳銃のトリガーにかかる指に、力が込められていく。
射線は丸わかり。平時ならば簡単に避けられるというのに、脚がこれではままならない。
ボクがサイボーグ化していれば、痛覚遮断して無理やりにでも反撃してやれるのだがいまさら遅いだろう。
【チェック:配信している男】
少々暴れ過ぎたせいか、目の前の男は怒りでハイになっている。
色仕掛けも通じまい。どうせスプラッターショーで視聴者を沸かせることを選ぶはずなのだから。
「くッ──」
万事休す。もとより死を覚悟していたのだ、悔いはない。
『先生』の名誉を命がけで守ったというだけで満足である。
全てを諦めかけたその時、不思議なことが起こり、我が目を疑った。
「あ──へ? おへ、の、はお……?」
『べちょ』
ボクの目の前で、男の顔がずるりと落ちていったのだ。ホログラムごと、すべて。
まるで──マスクを外したように。
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