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File:16 先代の秘密

 アイコンズは群れて数を誇ることしか出来ない連中だ。


 だが、数というものはシンプルだからこそ強い。


 特にこちらはコテツを入れても二人きり。あまりにも分が悪すぎる。


 少しでも相手の目を分散させなければ、ボク達に勝ち目はまず無いだろう。


 ならばと、ボクはそっと太ももの『正正一』と刻まれたタトゥーへと右手を動かす。


【チェック:ボクのタトゥー】

 微小コードを読み込み、ネットを介さない無線電波を送る。これならば敵にネットダイバーがいても感知されにくい。

 それにより電動一輪車(マイマ-11)を緊急起動させるつもりだったのだ。

 ミュータンテック社から脱出する時にも使った手である。


(マイマイには悪いですが、最期の花道を歩いてもらいましょうか──)


 ところがアイコンズの先頭に立っていた男の後ろから、白髪の老人が顔を出す。こともあろうに彼はボクをジロジロと観察し始めてしまった。


「あン? どうしたってんだヨォ、ジジイが出しゃばんじゃねぇって。 今オレがカッチョよく話付けてんとこだろがヨォ」


「いやの、コイツどこかで──」


(クソ、タイミングが悪いッ……! 今、勘付かれれば、小さなコテツにまで手を出されるか──)


 相手は完全に勝ったと思っているからこそ慢心している。


 けれどボクが少しでも反抗の余地を見せれば理性のリミッターは外れ、幼女だろうと平気で襲うだろう。


 群れて安全を確保することばかりの臆病な奴らに対しては、下手にストレスを与えないのが鉄則。


「おほっ、この入れ墨……探偵やってるとかいう女だの! 知ってるのぉ、ワシャ」


「へぇ、おっさん詳しいのかよぉ?」


「えっへっへ、モッチのロンての。 その女、なんで作りモン(マスク)か知っとるか?」


「けっ、どうせブサイクだったんだろがよぉ」


「それじゃ話にならんての。 実はの、この探偵は二代目での。 先代ちゅうのが、そりゃもう悲惨な最期での──」


 しわがれた肌の男は、まるで見て来たかのようにボクの過去を語り出す。


 だが、こんな場所で語っていいものではない。ましてや、ゴロツキどもになどまさにだ。


 コテツには落ち着けと言ったばかりだが、ボクは胸の奥から沸きだす怒りの感情を止められなかった。


 子供に対するメンツより、ボクの尊厳を守らねばならない。たとえその先に死が待っていようとも。


「それ以上、汚い口から『先生』のことを語るのであれば──ボクはキミを許せません。 『今すぐ黙りやがれ』、です」


「うるせぇヨォ! テメェは状況分かってんのかヨォ!! 今すぐ、そのマスクを叩き割ってもいいんだぜぇ?」


「ぐっふふ、そのマスクがまさにだの。 コイツの先代は顔を剥がされちまっとんの、ベロンとデスマスクだの。 しかもの、この女もヤラれとんのだわ。 仲良くお揃いでの、ククッ」


「うぇっ、マジかヨォ……キッモ。 じゃぁ何? マスクの下はグロ画像なわけかヨォ、ウケる」


「言ったな……!! ゴミ屑ども!!」


 ボクのことは百歩譲っても、『先生』のことまでバカにされては黙っていられない。ボクにとって生きる希望だったのだ。


 彼を否定することは、自分自身の存在意義を否定されることと同意。


 理性よりも先に『手』が動く。


『チャキ』


 鋼鉄の左手(ハードウェア)が真っ直ぐに伸び、その指先に穿たれた銃口が4つとも老人を睨み付けている。


 親指のスコープは件の男の眉間を覗き、確実に殺してやると目で訴えていた。


「マサム!? どうしたニャ!?」


「クソアマ!! 抜きやがったなッ──お前ら構わねぇからヨォ、袋にしてマワしちまえヨォ! 子供も見せしめだコラァ!!」


「おほぉ、怖いの。 けどの、こっちは配信(ライブ)しとるからの。 正当防衛の証拠バッチリだからの。 悪く思わんでの、探偵の嬢ちゃん」


【チェック:アイコンズのジジイ】

 中々に役者なジジイだ。こうやって馬鹿な若者達のおこぼれに預かっているらしい。

 彼のズボンは噴火寸前の火山みたいに隆起していた。始めからボクの身体が目当てだったわけだ。

 頭より先にブチ抜いてやろうか。


「コテツはマイマイに飛び乗って逃げなさい! ボクはこの汚物を一匹でも多く消してやりますッ!!」


 こうなってしまえば、手の内を隠す必要も無い。


 ボクは太もものタトゥーに埋め込まれたマイクロチップを右手で読み込み、ポンコツを起動させる。


「ピプ、ピプ──緊急コード受信。 タダチニ向カイマス」


「ヤニャ! コテツも! マサムと一緒に、ヤルニャ!」


「いいから! ワガママを聞いている暇はないんです!」


 ボクは右手で猫耳娘の首根っこを掴むと、路地の陰から人を蹴散らしやって来るマイマイへと放り投げた。


「んニャッ!? マサム~!!」


 視界の外で、コテツがシートへポスンと落ちる音がする。


 あとは単純思考(ボット)モードのマイマイが事務所へ帰還してくれるはずだ。


 心残りはもう無い。死ぬまで戦い抜くのみ。女という武器を使えば、命だけは助かる見込みだってある。


「ぬほっ!? なんじゃの、このオンボロ!? ワシャ、下がるからの、後は若いモンに任せるからの」


「あ、テメ、おっさんヨォ! チッ、まぁいいか美味しい見せ場はヨォ、オレが貰うからヨォ!!」


「逃がすわけないでしょう、クソジジイ!! 『先生』と──そしてボクの名誉のためにもッ!!」


『パパパパンッ』


 ボクの指鉄砲(フィンガン)、その人差し指から小指までの四砲が続けて放たれる。


「ホゲヘッ!?」


 銃弾は見事全弾命中。


 スケベ爺の股間はもちろん、汚い尻にも一発、トドメに脳と心臓までキッチリ仕留めた。


 どんな医療技術であろうと間違いなく助からないだろう。


【チェック:アイコンズのジジイ】

 訂正が必要らしい。クルリと回転しながら倒れる爺がこちらを向いた時、股間だけは弾をハジいていた。

 身体にはろくなウェアを入れていないくせに、アソコだけは見栄を張りたかったのだろう。

 一部分だけ装甲義体(ハードウェア)で相当にガチガチにおっ勃てたまま、彼は無残に死んでいった。


「まずは一人ッ! 次ッ──!!」


「おぃぃ! おっさんがヤられちまったヨォ!? 撃ち返せッ! 探偵女だけでもブッ殺すんだヨォ!!」


 左手の仕込み銃を撃ち切った矢先、アイコンズも銃弾の雨で返礼してきた。


『バルル、ババババンッ』


「ダァ~ッハッハ!! 撃てッ! 撃てッ! 撃って撃って撃ちまくるんだヨォ!!」


 銃声が街中に反響し、火薬臭いオーケストラを奏でる。


 マイク柄のホロマスク男はまるで指揮者気取りで指を振るっていた。きっとこれも配信しているのだろう。


 ところが撃って来るのはまともに訓練もしていない素人の腕ばかり。


 有象無象の下手な鉄砲なんて数撃っても当たるわけが無い。どうせ動画で聞きかじったにわか知識頼りなのだ。


 それに、こちらは独り身で周りを気にすることも無い。守るものがなければ、取れる手段も増えてくる。


「まったく辟易するほど、数だけが多いですね──まずは『機械の眼』を潰しますッ!」


 信用ならない人間の眼より、圧倒的に脅威となるのが機械の眼だ。誰が使っても正確無比、使用者を問わない。


 『カミワザ』なんてハイグレード、コーポくらいしか持っていないとはいえ、これだけいれば一人くらい所持している可能性はあった。


 もしもロックされればお終いだ。その前に潰す。


 ボクは懐から破けた巾着袋を取り出した。中身こそだいぶ減ったが、それでもマグネシウム紛はいくらか残っている。


 どうせ空気に触れていたのだ、酸化する前に使い切ってしまうつもりでいく。


 大きく跳び退きながら足場に叩き付け、黒い霧のようにして捲いた。


『ボッ、ジュウゥゥ──カッ!!』


 案の定、下手くそな弾丸がいくつも地面に当たるものだから、マッチを擦るように火花を散らす。


 そして粉塵となった着火剤に引火、大きな花火が街中に大輪の華を咲かせてくれるのだった。


 後には爆炎と黒煙、風に乗った塵芥(ちりあくた)。視界は抜群の絶不良。


(まずは熱感知と顔検知を誤魔化せました。 これで誘導弾は来ないはず。 どうせ今撃っているのはノーロックの安物だけですから──)


「ヒッ、な、なんだってんだヨォ、驚かせやがってヨォ!? ハッ──あの女、どこ行きやがった!?」


「クソ、ノイズで見えねぇ! 義眼機能(アイ・インプラント)を切り替えろ!」


「やってるっつの! 指図すんなボケ!」

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