File:15 荒らし・嫌がらせ・混乱の元(挿絵)
霧の晴れた夜道で、誰もいない静けさを堪能しながらバイクを流す。
心配してた夜風は心地良いくらいで済んでいた。胸元にポカポカの生きたカイロを乗せているからだろう。
子供とは本当に体温の高いものなのだと実感させられた。
「コテツ、寒くはないですか?」
「ニャ? ぜんぜん! おでん、あったかいニャ!」
「それは良かった。 ですが、キミの力で抱きしめすぎると破裂してしまいます。 優しくしてあげるんですよ」
「うニャ! ぬぁ……?」
「──どうかしましたか」
元気よく返事を返したと思えば、今度はトーンと落として緊張したような鳴き声を上げる。
【チェック:コテツの様子】
ボクの目の前で猫耳がピョコリと揺れる。ボクには聞こえない何かの音を拾っているようだ。
何処とも言えない虚空を見つめており、彼女の視線の先には一体何が見えているというのだろう。
ともかく、通常の人間には知覚出来ないモノを察知したのだと判断した。
「コテツ? ふむ……キミが気になるなら、ここで停めましょうか」
少女はまだ何も語らない。ずっと何かの気配を探っていた。
この子には何度も命を救われている。ならば、その危機回避能力を無下には出来ない。
『ブロロロ……キッ』
念のためにマイマイを物陰へと隠す。
先が見えない状況だからこそ、不意を打たれないよう周囲に遮蔽物の多い場所を選んだのだ。
それに、このオンボロでは逃げるにも盾にするにも心許ない。最悪、捨てていく覚悟もある。
「なるほど……確かにおかしいですね、これは。 眠らない街が──ニューオオエドが静かすぎる」
まだ帰路の途中だが、確かにボクも周囲の異様な雰囲気にだんだんと気が付き始めていた。
【チェック:霧の晴れた街並み】
ネオンはいつも通りこうこうと照っている。なのに店の中には人の気配が無い。
道に寝ころぶ浮浪者も、終電を逃した酔っ払いも、誰もいない。
まるでボクとコテツだけが、この街に取り残されたようだった。
「スモッグ中に騒ぎこそ起こしましたが、あんなものは日常茶飯事。 無駄にたくましく無神経なこの街の住民が、それくらいで黙るわけがありません。 いったいどういう──」
「マサム!! 危ニャい!!」
『パシュ──キィンッ』
本当に小さな、鼓膜を揺るがすかどうかという僅かな空気の破裂音。
暗闇から飛んで来た、音も光も無いソレをコテツが弾く。
足元のアスファルトにめり込む銃弾が目に入ったことで、ボクはようやくそれが銃撃だったのだと気が付いた。
正直、警戒していたのに全く反応出来なかった。だというのに、この少女は事もなげにやってのけたのである。
だが感心している場合では無い。
「今のはどちらから来ましたか!?」
「ニャ! あっち!!」
彼女の指差す方向は入り組んだ住宅街。隠れる定石は限られており、狙撃場所を見当はいくつかに絞れた。
しかしとてもじゃないが、反撃するには後手に回り過ぎている。
「クッ──こっちへおいで!! 壁に隠れるんです!!」
既にこちらを狙っているならば、イニシアチブは向こうが握っている。
このまま棒立ちしていてはただの的。まずは形勢を立て直す必要だ。
口よりも先に行動していた脚が地を蹴り、ボクは大きく前転するように物陰へと滑り込む。
手にはコテツの首根っこを携え、有無を言わさず一緒に連れ込んだ。
着地で下敷きにしないよう抱きかかえたので、ボクの背中が地面を擦する。
「マサム! ここ、ダメ! ここじゃなといころ、行くニャ!」
守るつもりで少女を庇ったはずだった。しかし、本当に庇われていたのは自分だったのだとすぐに気が付く。
なんとコテツは仰向けに伏せたボクへ覆いかぶさり、健気にも盾となろうとしていたのだ。
【チェック:コテツ】
小さな背中が目下に映る。両手を必死に広げて、少しでもボクを隠そうとしていた。
いつの間にか、あんなに大事にしていたおでん缶も放り出している。
そんな少女の背中に、ゆらゆら揺れる赤い点がいくつも浮び出していた。レーザーポインターの光だ。
「コテツ──!!」
「おぉっと、動くなヨォ!!」
その声を皮きりに、周囲からは無数の嗤い声が響き出す。
どれも勝利を確信し見下すような声。弱い者いじめに慣れ切った、腐った声だ。
仰向けの状態からなんとか住宅街の方へ目を向けると、いつの間にか見知らぬ男達が姿を見せていた。
近隣家屋の中、店の奥、屋根の上、どうみても不法侵入していたと思われる場所からゾロゾロとアリの群れを見ているよう。
なるほど、こんな仕込みをしていたならば、住民も浮浪者も姿を見せないわけである。
【チェック:襲撃してきた男達】
皆、揃えたようにホログラムマスクで素顔を隠している。
ホログラムには各々の特徴を誇張したようなマークが表示されていた。
この自己主張の激しさは、間違いなく『アイコンズ』だろう。
「荒し、嫌がらせ、混乱の元──アイコンズですか。 いったいボクに何の用なんです?」
「その答えはよぉ、テメェが一番知ってんだろぉがヨォ!!」
「さぁ? まったく身に覚えがありませんね」
「しらばっくれんじゃねヨォ!! ミュータンテック社のことだっつのヨォ!! テメェのせいで、オレ達ぁ笑いモンだぜ!? どうしてくれんだってことだろうがヨォ!!」
ボクと言葉を交わす先頭に立つ男。顔はマイクのようなマークで隠されている。
そのホロマスクのスクリーンが『怒りの顔マーク』に切り替わった。
しかしそんなことをすれば、かえって怒声が陳腐なモノになってしまい、笑いを堪えるのが大変である。
自分達から笑いモノになってどうするのか。もっとも、この危機的状況は笑えないのだが。
「どうしろとは……どういう意味ですか。 キミ達とミュータンテック社には何の関係も無いでしょうに」
「オレ達のメンツの話っつーわけヨォ! 分かったかヨォ、オイ! テメェが面倒を起こしたせいでヨォ、せっかくの売名チャンスが潰されてんの!! なぁにが『たけのこ会』だヨォ、聞いたこともねぇぞクソが!!」
「あぁ、臨時ニュースの──」
桜出飲で流れていたラジオの内容を思い出す。
ミュータンテック社にもメンツがあり、ボクが潜入したことを隠す必要があった。
そのつじつま合わせとして、架空の組織をでっち上げたことを言っているのだろう。
つまるところ、世論の注目はそのありもしない謎のテロ組織に向けられてしまい、アイコンズはさしずめ『刺身のツマ』程度の脇役となってしまったわけだ。
自分達の承認欲求を満たすことへ命を賭ける彼らにとって、それは絶対に許しがたいことらしい。
勝手に騒ぎへ便乗しただけのくせに、よくここまで傲慢になれるものだ。
「本当にボクが悪いのでしょうか……この状況はただの逆恨みです。 真に恨むならば、稚拙なカバーストーリーを立てたミュータンテック社の方でしょう、とんだ筋違いというものです」
「いぃや、そんなことはねぇヨォ!! クソコーポの飼い犬がヨォ、親切に教えてくれたぜぇ? 全部、テメェが悪いんだってヨォ!!」
「チッ……あのソルジャーくずれ達、余計な入れ知恵をしていきましたね」
「マサム、悪くニャい! いいヤツ!」
「うるせぇ! ガキは黙ってろヨォ!」
「ニャ!? フゥゥッ──!!!」
ボクを悪者扱いしたのが気に障ったらしく、コテツが抗議の声を上げた。
まだまだ情緒が幼いのは分かっていたので、相手の売り言葉を簡単に買ってしまうのは予想していた。
案の定、小さな猫耳少女は尻尾を逆立て歯を剥き、怒りを表に出してしまっている。
これでは相手を調子付かせるだけで逆効果。こういう手合いは、獲物が反応するほど内心で喜んでいる屑共なのだから。
ボクはすぐさま彼女の耳元に口を近づけ、相手に悟られぬよう囁く。
「コテツ、怒りにまかせてはダメです」
「ニャゥ……むぅぅ!!」
耳打ちで念押しすると、コテツは不満の色を残したままだが、なんとか頷いてくれる。
【チェック:コテツ】
頭で納得はしても、感情のコントロールまで難しいようだ。
人ことを思える優しい子なのは喜ばしいことだが、この街で賢く生きるにはもっと勉強させたほうがいいだろう。
この最悪な状況を乗り越えたら、少し付き合ってあげようか。
(まぁ、この状況を乗り越えるのは──相当に骨が折れそうですけどね)
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