File:12 新警察のアオビー君
「もちろん持ってきましたよ、確たる証拠を──ミュータンテック社は禁じられた未成年への遺伝子操作及び人体実験に手を出していました。 この子がその生き証人です」
「おぉ! てことは、この猫耳は模倣飾りじゃなくて本物てことスか!?」
「えぇ、ちゃんと遠くの音も聞こえるみたいですよ」
「ニャ?」
自分のことを話題にされていると気が付いたらしい。膝の上に座る少女の猫耳がピクリと跳ねた。
ボクは頭を撫でてやるついでに、この子の耳を弄って柔らかさを証明する。
「すっげ! マジ動くじゃないスか! 生命義体なんて、オレ初めて見たス!」
「普通は皮だけ被せた装甲義体の耳ですからね。 血の通った義体なんて、宗教上の理由でも無ければ維持費が高すぎて嗜好品でしかありません。 ボクら庶民には関係無い代物ですし」
「姐さんなんて『鉄腕』スもんね」
【チェック:アオビー君の発言】
この街で通っているボクの異名、『鉄腕探偵』。
腕がハードウェアだなんて珍しくもないのに、わざわざ強調する無粋さが気に入らない。
活動する上でユニークの方を名乗る者も多い中、ボクは頑なに正正一の方を名乗っていた。
「好きでこうなったわけじゃないですよ」
ウェアを着用する理由は人それぞれだ。強くなりたい者、見た目を変えたい者、そして失った身体を補うために付ける者──
そういうデリケートな部分へ土足で入り込み茶化すような発言には、怒りを込めたキツイ視線を送りかえしてやった。酒が入っているからと言って、礼儀はあるべきだ。
「そ、そんな睨まないでほしスッ! い、いやぁ実際、この子供はスゴイ発見スよ姐さん──でもぉ……上に報告できるかは、正直、微妙スね……」
あれだけ浮かれていたアオビー君は、急にシュンとした面持ちで肩を落とす。
言葉も途切れ途切れで歯切れが悪い。よほどの懸念事項があるらしい。
「なぜです?」
「このヤマ、消えた先輩から引き継いだ曰く品だってのは前に言ったスよね」
「もちろん。 だから念入りに前準備をしてまで、超巨大企業へ喧嘩を売りに行ったんじゃないですか」
「それなんスけどね──被検体は人間じゃなく『非人間』だから問題ないって片付けられたみたいなんスよ……」
「なるほど、合点がいきました。 どうりで実験室の警備が甘かったわけです」
「持ち出しは流石に焦ったみたいスけどね。 マジで街中ヤバい騒ぎだったんスから、姐さん……今頃は触発された『アイコンズ』あたりが便乗騒ぎを起こして、地区警官を総動員してるに違いないス」
「あぁ、『荒し・嫌がらせ・混乱の元』の──目立ちたがり集団ですか。 そっちの世話までは知りませんよ」
「うス。 もちろんスよ、マサム姐さん。 オレもこの地区担当じゃないんで、知らん顔するつもりス」
この街は名前を売ることに命を賭ける反逆児が多過ぎる。
特に、誰かが目立てばハエのように嗅ぎつけて騒ぎ出すバカ集団は──
それに新警察の手が足りないことは周知の事実。スモッグと同じように、犯罪者の陰に隠れればリスクが分散してくれた。
庶民を虐げる企業達の傍若無人ぶりに鬱憤を溜めている人間は数えきれない。彼らは常に発散する捌け口を求めているのだ。
ここにいる彼も、通常業務と並行してそんな彼らを対処することは珍しくも無い。
まさにそのような『昇進に繋がらない雑務』となれば、なおさら青帯組が駆り出されるのである。
「それにしても、『ミュータント』とは──いくらミュータンテック社だからといって、よくそんな白々しい棄却理由を言い張れたものです」
「そうスよね……けどそれができちまうのがメガコーポスから……屁理屈も言えないくらいの証拠じゃないスと、ちょっと──」
「さもないと、今度消されるのはキミだ、という訳ですか」
「うぅ……止めてほしいス、胃が痛いんスから……」
そう言ってお腹をさするアオビー君は、胃薬代わりに安酒を追加し一気で飲み下していった。
【チェック:アオビー君】
気の小ささがそうさせるのか、かなりの深酒でアルコールの臭いが鼻につく。
あまり長話を続けるとこのまま泥酔してしまいそうだった。
彼の頭が回るうちに、出来ることを済ませてしまわなければ。
「ともかく、この子は間違いなく血の通った『人間』ですよ。 人工子宮に浸かっている新生児も目にしましたし。 今、視覚情報を送ります──」
右隣りに座る彼の手を取る。別に気があるとか、そういうのではない。
ボクの右手は生身だが、掌には神経拡張機が付いていた。
今の時代、誰もが着用している必需品。それを相手のモノと直接接触させてオフライン通信を行わせている。
ネットは便利だが、常に覗き見される危険が付きまとう。重要な情報ほど直接会うアナログさが盾となるのだ。
「……うス、確認したスよ。 うっぷ、酔いが醒めそうな趣味の悪さス、おぇ……何考えたらこんなキモい実験やろうとするんだか──」
「もちろん金のことを考えてに決まっているでしょう。 世界的に禁止されているということは、技術を独占できるってわけですから」
「はぁ……そして、他社は出し抜かれないように脚を引っ張りたいわけスか。 国家の犬だなんて謳われた警察も遥か昔──今じゃオレ達『新警察』の尻尾を振る相手はコーポになっちまったス。 互いの醜い牽制のための道具にされてちゃ、たまんないスわ……」
「そのコーポが運営費を共同出資してるんですから、しょうがないでしょう。 それと、今回のボクの報酬もですね」
「ついでに、ここの飲み代もス。 大将、おかわり──」
「ダメだヨ、オマエ飲み過ぎだからヨ。 アイヨ、『オーディーン盛り合わせ』いっぱい喰えヨ」
ドン、と重い音を立ててカウンターに深皿が置かれる。
湯気が立ち昇り、出汁に沈みきらない沢山の具が顔を出していた。
【チェック:オーディーン盛り合わせ】
この店の看板を冠する、贅沢なおでんの盛り合わせ。
野菜や肉類は見当たらないが、様々な練物が満員電車のようにギュウと詰められている。
食料の大部分を海産物でまかなう今の日本にとって、かなりポピュラーな食べ物だ。
「ニャ! 良い匂い! なにコレ!」
「おでんという料理です。 全身義体用じゃありませんから安心してください。 魚のすり身や大豆を加工しているので、キミでも食べられるはずですよ」
「食べて、いいニャ!?」
「オッケーヨ。 この店、食べられないモノ出さないからヨ」
「……だ、そうです。 熱いので気を付けてください──あ、ちょっと」
ボクが忠告をする前に、少女は素手を深皿の中へと突っ込む。
ゴーサインが出たや否やの躊躇の無さ。まさかここまで常識が違うとは思わず、迂闊だった。
「ニャふニャふ……ニ゛ャッ!! 熱い!!」
「オゥ!? 取り皿やるからヨ。 美味しく喰えヨ」
気の利く男ヨサクは、すぐに小さな丸皿を並べてくれる。
店で出すのは基本的に箸なのだが、子供用にと竹串も用意してくれた。これならば猫耳娘でも食べられるだろう。
ボクは竹串を受け取ると、深皿からいくつか串に通してやる。
半切りはんぺん、がんもどきに、ちくわ──『△〇□』の定番なおでん串の完成だ。
「ありがとうございます。 ほら、小皿に取ってあげるから、落ち着いてお食べ。 誰も取りはしませんから」
「そうスよ、オレも取らないスよぉ。 だから大将ぉ、もう一杯……」
「オマエはダメだヨ」
「うみゃ、うみゃ、ンナンナンナンナ──」
芯まで通ったホクホクの熱を逃がすためか、ずっと口を開けながらも少女は熱心に食べ続ける。
その様子は我を忘れていると言ってもいい。温かい食べ物を口にするのは初めてなのだろうか。
とにかく、彼女は美味しさのあまりか、よくわからない声を上げるほど『おでん』に夢中であった。
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