File:11 桜出飲(オーディーン)
屋上だからといって行き止まりなわけではない。
無秩序なこの街らしく、住民達は好き勝手に違法増築を繰り返しているからだ。
蔦のような橋渡しのコンクリートジャングルを伝いながら降りていくと、見知った表通りへと辿り着いた。
「そろそろ着きますよ、起きてください」
ボクは胸元でうとうと船を漕ぐ少女の頬をつつく。
子供らしく柔らかくて弾力がある。強く押し込めば壊れてしまいそうな儚さを感じさせた。
とても大人と軽車両をビルの屋上へ引っ張り上げた者と同一人物とは思えない。
「んニャ……」
『ブロロロ──キッ』
マイマイを道路の脇へ寄せ、シートベルトを外しながら子供を抱える。
そのまま下ろせば、寝ぼけた拍子に転ばれそうだったからだ。
やはり危なっかしさも子供らしい。見れば見るほど、あの活躍がウソに思えてしまう。
「ニャ? 小っちゃい、家ニャ……?」
「家ではなく屋台ですよ。 屋台車『桜出飲』、ここでキミを待っている人がいるんです」
そう答えながら、マイマイを簡易思考モードに移行するよう指示を試みる。
しかし、散々弾丸を浴びたリアボックスは言うことを聞かず、ギィギィと抗議の声を上げて動かない。
シートが空いたままなのは不用心だが、どうせここまでボロボロの一輪車を盗む輩もいないだろう。
仕方が無いと諦めて屋台を覗く。
【チェック:屋台車『桜出飲』】
大型キッチンカーを改造した屋台車。『花見酒でちょいと出先の一杯』が屋号の意味らしい。
わざとらしい和風の外装が濃ゆい。わざわざ木目に見えるように板張りまでしてある。
外からでも薫る『合成おでん』の出汁が、胃を刺激して心地良い。外装とは正反対に味付けは優しいのだ。
「大人一人、それと子供も──席はありますね?」
「アイヨ、今日は貸し切りダヨ。 アンタとコイツでヨ。 スモッグ出てるからヨ」
外から声を掛けると、野太い声が返って来た。客席側に壁は無く、暖簾で仕切られたエリアがあるだけなので声がよく通る。
仕切り布を掻き分け中へ入ると、カウンターからガタイの良い黒人が出迎えた。
そのカウンターの男は顎をしゃくって、『コイツ』と呼んだ先客を指している。
【チェック:カタコト混じりの黒人男性】
義体の類は一切身に着けず、屈強な肉体で腕を組んでいる。
ねじり鉢巻きを額に巻き、黒丸のサングラスの奥から感じる視線は力強い。
この屋台車の店主『ヨサク』だ。ウェアは舌が鈍るから嫌いだと言う職人気質の男である。
「どうも、ヨサクさん。 なら好きに座らせてもらいます」
好きに──とは言っても、選べるほど広くは無い。所詮はキッチンカーだ。
かといって狭いと言いたくはないで、黙って先客の隣を陣取った。
「ドーモ、コチラコソ。 オジョーちゃん、クッションいるかヨ?」
「ぬぁ……? くっしょん、て何ニャ?」
大人用の低くて堅い丸椅子しか用意されていないため、彼はカウンターに届くようにと座椅子を薦めてくれる。
ヨサクは気遣いの出来る男だが、当の猫耳少女の方はそれを受けとめるほどの知識が足りない。
寂しい実験室が世界の全てだった彼女は、赤ちゃん並みに常識を知らないのだ。
そのため、まごまごと何を聞かれたのか分からず困惑している様子を見かね、無粋ながらボクが割って入る。
「あぁ、大丈夫です……膝に座らせるので。 おいで──」
「うニャ!」
道中も特等席にしていた定位置、ボクの太ももというクッション。結局そこへ落ち着いた。
「オッケーヨ。 メニューはオススメ出すからヨ、チョト待てヨ」
人種が違うために年齢が分からないナイスガイは、ニッと白い歯を見せながら親指を立てる。サムズアップが眩しい。
料理へ毛が入らないようにと、念入りに剃り上げたスキンヘッドもキラリと輝く。気持ちの良い男だ。
翻訳機を通さず、不慣れでも自分の言葉で伝えようとする誠意も素晴らしい。
それとは対称的に青い顔で安酒をあおる隣の客と見比べる。
【チェック:浮かない表情をした先客の男】
そわそわと落ち着きがなく、不安を押し殺すのに必死な様子。
上下共に黒い服装に身を包み、腰には色褪せた水色のベルトが巻かれていた。
胸元に眼をやると、新警察のバッチがテカテカと光を反射させている。
「それで──お疲れ様の一言くらい、くれてもいいんじゃないですか? 『アオビー』君」
「ま、マサムの姐さん……それどころじゃ無いス! 生物戦車スよ!? 蟹スよ!? カニに勝てるわけ無いじゃないスか!! なに考えてんスか!?」
「心配性ですね……やり方は任せるという話だったでしょう。 ちゃんと撒きましたし、それでいいじゃないですか」
「どこがスかッ!? オレ、まだ死にたくないんスけど!?」
今回の依頼のクライアント様が今にも死にそうな眼で訴えかけて来る。
ボクに報酬をくれるはずの男は、このままだと受け渡しの前に天国へ持ち逃げしそうな勢いだ。
ここまで情けなく青臭い男もそうはいないだろう。
「まったく、ニューオオエドの誇る新警察はいつから腑抜けになったんです。 そんなことだから、いつまでも『青帯』のままなんですよ」
ボクが呆れながらも、成人してまだ日も浅いだろうという童顔な青年のベルトを指差した。
若いはずなのだが、彼のベルトはいやに色褪せ擦れている。
「うぐ──マサム姐さん、それは言うのは反則じゃないスか……それにアオビーって呼び方やめてほしいス……」
アオビー君は痛い所を突かれて押し黙ってしまう。
これを言ってやると、彼のグズグズした弱音を断ち切ることができる魔法の呪文だった。
そこそこ長い付き合いの中で生まれた、お約束のやり取りである。
【チェック:青年のベルトの色】
新警察の階級はベルトの色で決まる。柔道の帯び色に合わせており、一目で分かるようになっている。
まともに就学もせず叩き上げで警官となってから、彼の帯の色が変わったのはたったの一度きり。
『新米では無い』という程度のほぼ最下級。それが彼の青帯の意味であり、万年青帯のアオビー君というわけだ。
「キミが出世して、色が変わったら考えてあげますよ」
「そ、それは──それこそ姐さんの情報次第というかスね……実際、どうだったんスか?」
早く切り出したかった話題なのだろう。
アオビー君はグラスに残った安酒をグイをあおり、酔いの勢いを付けてボクに向き合う。
その視線はチラチラと猫耳娘へと移ろぎ、興味津々であることが誰の目にも明らかだった。
ポーカーフェイスと正反対のこの表情、彼が出世するのはまだまだ先が遠そうだ。
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