恋慕
「最近は忙しかったのですか?」
「今も忙しいぞ。この地位について、息つく間も無く今日まで生きてきた」
「せめて私と一緒にいる間は、ゆっくりしてくださいませ」
「そうだな。そうさせてもらおう」
李伊の身軽な体をふわりと下ろすと、劉禅は手を引かれて屋敷へと足を運んだ。
香が焚かれ、廊下や部屋の隅々に至るまで、綺麗に掃除されている。
これも全て、黄皓の心配りの為せる業であった。
「……お辛いのですか?」
李伊の部屋へ入ると、ふと、そんな言葉を投げ掛けられる。
劉禅は柔和な笑みを残したまま、首を傾げて見せた。
「何のことだ?」
「陛下は、お優しい顔をしておられる時ほど、抑え難いものを内に抱えておいでです」
「よく、見ているな」
「愛しておりますので」
全く恥ずかしげもなく、真っすぐな情熱をこうやって向けてくる。
彼女だけだった。自分が例え皇帝で無く、ただの農民であったとしても、その時に変わらず愛してくれるだろうと思えるのは。
互いに、激情の持ち主だと言って良い。
李伊の持つその恋慕の熱だけが、劉禅の抑え難い激情を受け止めることが出来た。
普通の女性ならば、交わるだけで、最悪死んでしまう事もあった。
劉禅が父から継ぎし、その英雄の血脈は、乱世で生きていく為の熱を帯びているのだ。
ただ、劉禅の心内をそのまま、李伊にだけはぶつける事が出来た。
互いが互いの熱を貪り合う。まるで獣の様だと言っても良い。
その一面は、張敬にも見せたことが無い部分でもあった。
「長く、国を支えてくれた功臣の死は、やはり耐え難い。それに、孫権が死んだ今、私が三国で最も経験のある君主となった。何一つ、秀でたものを持っていない、私がだ」
「されど、先帝より御継になられたこの国を、あの時、導くことが出来た方は陛下をおいて他に御座いませんでした」
「あの時は、丞相が居た」
「諸葛丞相が忠誠を誓っておいでだったのは、陛下にだけです」
精一杯背伸びをし、李伊は劉禅に強く抱き着いた。
自分の持つ愛情の全てを、どうにかして伝えたいと、そう思っての行動だった。
この心優しき男に、どうすればこの気持ちの全てを伝えられるのか。
貴方をこれほど愛している人が居る。だから、心配なんてしなくて良いと、それを言葉以外で伝えたかった。
「李伊よ」
劉禅は、そんな彼女を寝所で押し倒す。
「今夜も、私の我がままに付き合ってくれ」
「いつまでも、お供致します」
小さな体を、壊してしまいたいほど強く抱き寄せた。
それに応えるように、李伊も、劉禅の背中に爪を立てた。
熱が、交差し、喰らい合い、やがて溶けて一つになる。
生きているのだ。
その実感を、一際強く感じる事が出来た。




