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裏切らない証

「崩御は私の推測にしかすぎませんが、決して遠くない予測だとは思っています」

「もしそれが本当だとすれば、またとない好機だ……」


 迷当の目は妖しく光る。


 涼州の民は、郭淮の統治により平穏を取り戻しつつあった。ただ、それを快く思わない者もいる。それが、土着の豪族らである。

 今まで各々の好きな裁量で統治を行い、この涼州という土地を治めて来た。

 統治が上手くいかなければ、他の豪族に吸収されたり、配下に殺されたりと、武力を用いてそれなりの均整を保ってきたのだ。


 何も荒れに荒れていた土地、と言うわけではない。

 荒れているのは、統治が下手な豪族が治めている土地だけである。


 しかし、郭淮の介入によって、民のほとんどが魏軍の庇護下に入っていった。勿論、不満に思ったのは豪族らである。


 魏軍に降れば、今までの所領のほとんどを没収されたうえで、小さな土地を治める事だけが許されるか、魏軍に組み込まれるかの二択のみ。

 今まで独立を重んじて来た豪族らに、それは耐えがたき屈辱である。ただ、民を要することの出来ない小さな豪族らは、収入も得られず、膝を屈するしかなくなってきていた。


 姜維は、そこまで読んだうえで、迷当に話を持ち掛けていた。蒋斌もようやくここで、姜維に「考えろ」と言われていた、その問いの答えが分かった。

 民を遇すれば、力を持った豪族が反発する。その逆も然り。

 いくら郭淮と言えど、涼州を完全に統治するには時間がかかるのだ。


「蜀軍の兵力は」

「漢中に駐屯している軍は、十二万です」


 ただそれは、蒋琬の容体次第であった。

 蒋琬がいてこそ全軍を動かせるが、姜維だけが動員できる兵力は最大でも四万程度でしかない。

 それを敢えてこの場で言うのは、避けた。


「郭淮が受け持つ魏軍は二十万。ただ、各地に守備兵として兵力を割かなけなければならないと考えると、戦に動員できる兵数は精々十五万か」

「決して無理な話ではありません。蜀漢は、南蛮の統治から見ても分かる通り、無理に押さえつける統治は行いません。勿論、最低限の法は敷かざるを得ませんが、それは運営を潤滑にするものであり、行動を縛り付けるものではありません」

「面白い、が、何も無条件で協力してやろうと言うわけではない。こちらから三つの条件がある」


 一つ、あくまで此度の涼州兵をまとめる迷当大王と、大将軍の蒋琬は同等の立場であるということ。


 一つ、涼州を取った後、こちらへ監査役として送ってきても良い将軍は、姜維、もしくは涼州の馬氏一族の者でなければならないこと。


 この馬氏一族とは、かつて涼州を支配し、圧倒的な武力を誇った将軍「馬超」の一族の事である。

 魏に敗れた後は蜀の将となった為、馬超の子である馬承は軍人として、馬秋は文官として蜀に仕えていた。


 しかし負けたとはいえ、あの曹操を殺す一歩手前まで迫る程の武勇は持ち、その戦模様は涼州の民なら誰もが知っていた。馬超は今や、「軍神」として崇拝の象徴ともなっていた。

 名門の姜維、もしくは馬超の子である二人のうちのいずれかが来るなら、独立自尊の気風を持つ涼州の民でも反抗することは無いだろう。


「そして最後は、互いが互いを裏切らない、その証が欲しい」

「……人質、でしょうか?」


「いいや、縁組だ」


 予想外の答えに、流石の姜維も一瞬の間、困惑の表情を浮かべた。

 そんな姜維に視線を向けられた蒋斌だが、まだ十六の青年は更に困惑の表情を隠しきれないでいる。


 迷当は上機嫌のままに、配下の兵士に「連れて来い」とだけ命令すると、すぐさま、その兵と共に一人の少女が幕舎へと入ってきた。

 蒋斌と同い年か、それよりも少し若いかという少女である。


 肌は褐色でよく日に焼けているが、物静かで、所作の一つ一つに柔らかさを感じる。

 見た目に反して、非常に大人びた立ち振る舞いであった。

 少女は迷当の隣に立つと、俯き加減の顔を上げる。


 鼻は低く、潤んだ瞳は大きい。

 まるで宝石の様な目に見つめられると、どこまでも吸い込まれていきそうな感覚を覚えた。

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