39 手掛かりと力尽きる前に指示。
ベラ視点プラス三人称視点。
男が息絶えたことを見届けた私は、机の上の書類に目を向けた。
手は血まみれだから、ドレスで拭うけれど、それでも書類にも血が移る。読めるように紙の端を持って目を通していけば、かなりの数が捕らえてあると示すリスト票を見つけた。
『万能眼』でも、地下にも人がいるとわかっていたが、人数の把握する余裕はなかったため、少しその多さに驚く。息絶えたリーダーを一瞥したあと、一瞬だけ、その男の手首の刺青に目を留めた。どこかで見たことがあるような……そんな既視感を覚えたが……。
地下へ行こう。まだ敵が生き残っていたら殺すしかない。
地下に繋がる扉は、あっさりと見つかった。左手は持ち上げるのも痛いので、プランと垂らすだけ。右手にいくつかの書類を持ったまま、ハクに扉を開けてもらい、階段を下りて行く。
牢屋となっている地下。真新しいさを感じたので改装してから、商品にする人物達を入れる地下に使ったのだろう。人身売買をしていたことに、また苛立ちを覚える。
敵は地下にいなかった。鉄格子の向こうには、十人ほどの男女が憔悴した様子で座り込んでいた。
血塗れの私の姿に驚いた反応を示すけれど、声も出さない。
「私はここの領地の者よ。あなた達を捕えていた犯罪者なら、殺したわ。でも、だからといって、あなた達が安全になったわけじゃない。悪いけれど、あなた達ではなく、この領地も安全になる対策を練るまで、帰る場所があっても帰らないでほしい。あなた達のこと、書類に書かれているし、他のところでも情報を共有していたら、帰った先にいる周囲の人まで危害が及ぶわ。だから、どうか、従って」
そう苛立ちをぶつけないように、淡々と地下に声を響かせて、彼らに伝える。
この屋敷にいる犯罪者は、皆殺しにした。あと外にいる残りは、ソードンさん達に頼るしかない。
犯罪組織の人間は、まだいるだろう。この領地に拠点を移してきただけで、ソードンさんの予想でも仲間は多くいるはず。迂闊には、家に帰せない。危険にさらされるのは、皆同じ。
リストに目を通していれば、ハーフエルフと書き記された名前に目が留まる。
「ミッチェル」
「! ……は、はい……」
口にすれば、呼ばれたと思ってとんがり耳の美女が小さく挙手した。
あの日、見かけた緑色の魔力をまとう美女だ。『魔力ポケット』の魔力は、緑色の綺麗なラメのマーブル模様。緑色は、エルフの特徴かもしれない。
「ミッチェルさん。治療魔法が使えると書いてあります。治してくれません? 左手、折れたみたいで」
「……」
リストには治癒魔法が使えると書いてあるので、治療してくれないかと頼んでみた。しかし警戒されているのか、おずおずと俯いて黙り込んでしまうだけで頼みを引き受けてくれない。
まぁいいかと他にも書類の項目を読んでいたが、ふと、隅にあったマークが目に留まった。
ボスの手首にあった刺青と同じ。紙で見て、ハッと思い出す。
邪神を崇拝する教団のマーク。その一部と酷似している。
逆三角形の黒灰色の紋章の下部。
マラヴィータ子爵邸の地下で、かつて見たことがあるソレ。
焦りが走る。
まさか、マラヴィータ家と邪神繋がりの手掛かりが?
「ねぇ! 教団とか! そんな単語とか聞いてない!?」
なんとかヒントを得ようと問う。目を見開いたハーフエルフの美女ミッチェルさんは、恐る恐ると口を開こうとした。
だが。
「ベラお嬢様!!」
ソードンさんの呼ぶ声に、意識が逸れる。
「お嬢様! 護衛のオレもいない時に、なんて無茶をっ!!」
血相をかいた汗だくの姿で、ソードンさんが地下まで駆け下りてきた。
「ソードンさ、ん」と、相当急いで駆け付けたと推測しつつも、私はふらりと倒れた。
冷たい地下路に突撃する前に、ハクが魔獣姿の身体で受け止めてくれる。
「ベラお嬢様ッ!?」
「ごめん、ちょっとフラッとしてきた」
「フラッとしたレベルじゃねーよ!!」
ツッコみを入れながら、ソードンさんは慌てて私を起き上がらせる。
「あ。なんか痛くなってきたかも」
酷く頭が痛くなってきた。左手も尋常じゃない痛みがする。
「今更!? おい! 怪我はどこだ!? 頭からの出血がひでーぞ!」
声を上げて慌てふためくソードンさん。
「腕を折られたかも。それより、奴らを一人残らず、逃がさないで。この地下にいるのは、被害者。保護して。書類に書かれているから、他の犯罪仲間に情報が渡っている可能性は高いし、悪いけれど帰しちゃ、だめ……」
「おい! 無理して喋るな! だ、大丈夫かっ?」
限界だ。意識がなくなる前に、私は指示をした。
ソードンさんが具合を把握しようとしたが、檻の間から手を伸ばしたミッチェルさんが、光を放つ。
光球で煌めく綺麗な魔法。
私の目には、ちゃんと光属性らしい光りが視えて納得した。
そのまま、自覚していた頭の怪我が消えると同時に、気を失う。もう力尽きた。
◆――――◆
ベラの命令でソードンは、夜の街を探っていた。
また酒場で暴れているのではないかと狙いをつけて見張っていたところ、それは舞い降りた。
「ソードンさん!!」
「その声!? レフか!?」
思わず腰に携えた剣を抜こうとしてしまったのは、無理もない。
羽毛にしか見えない金髪と鋭利な爪、そして背中には大きな翼を生やしていた。人間ではない。けれども、レフと言う少年だと理解した。
「お前さん……魔物だったのか」
「ソードンさん! ベラが! ベラからの命令です! 奴らの二人を殺したから、報復される前に捕まえろって!!」
「殺した!?」
「ミリーを連れ去ろうとするから抵抗して……それでベラが……大怪我して」
「お嬢様が怪我!? お前も翼に血が」
「ベラの方が出血が酷くて……そのベラが街にいる奴らを見付けたら動けないくらいに怪我をさせろって。多いようなら、狩人でも兵士でも、みんなで捕獲させてって」
必死に言い募るレフから伝えられる情報を、ソードンはすぐには上手く呑み込めない。
ベラが犯罪組織の人間を二人も殺した? 大怪我をした?
レフも怪我をしている。争って殺人に発展したのだろうと理解したところで、騒ぎを聞きつけた領民が悲鳴を上げた。レフの魔物の姿に驚いたのだ。
「待て! こいつはレフだ!!」
駆け付けた狩人のリーダー、ミルウィンが猟銃を構えた。しかし、孤児院の子どもの名を聞いて、すぐに猟銃を下ろす。
「ごめんなさい! 話を聞いてください! ベラが一人で犯罪者の屋敷に乗り込んで皆殺しにするって言ったんです!!」
「「!!?」」
「すぐに外にいる奴らの仲間を捕まえてください!! それからベラを助けに行きましょう!! お願いします!! ベラは頭に怪我をしてるのに、一人でっ!! 一人で行ってしまったんです!! 早く助けてください!!」
目に涙を浮かべて、必死に頼み込むレフ。
ミルウィンは、ソードンを顔を合わせた。
「新参の連中は、毎晩あの酒場に集まっている。仲間を募って全員捕まえる。急ごう。ベラお嬢様が危ない」
「……そうだな。奴らを捕縛するぞ」
仲間を集めるために、ミルウィンが一度この場をあとにする。
ソードンは先ず、酒場にいる犯罪組織の人間を捕縛しようと動き出す。店の窓から覗き見れば、酒場のマスター以外に犯罪者が五人ほどいる。
狩人の一同が集まったところで、迅速に動いた。酒場に押し入り、殴り倒し、縄で拘束をする。
「ソードンさん!! 早くベラのところに!!」
「ああ!!」
次はベラを助けに行こうと、ソードンは乗ってきた馬に乗り込んで夜道を駆けた。
屋敷に辿り着いた時、門も玄関扉も開いている。中の光景を見て、息を呑んだ。血の海だった。
「ベラ……!」
「レフ、お前はここで待て。ミルウィン達が追い付いたら説明を……」
真っ青な顔で飛び込もうとするレフを制止し、ソードンは剣を抜いて一人で入ろうとしたところ、大型魔獣が一匹現れる。身構えたところで、レフが声を上げた。
「キジか? キジだろ?」
スライムのキジの変化だと気付き、ソードンは剣を下ろす。
「ベラお嬢様は?」
魔獣の姿のまま案内するキジについていき、ソードンは地下のベラを見つけた。
一階の血の海と同じく酷い有様だった。
白銀の髪だからか、こめかみから出ている出血が多すぎるとよくわかる。顎からぽたぽたと血の水滴が落ちた。大量の返り血で、ドレスも真っ赤だ。
黄緑色の瞳は、ソードンを見つめ返しているようで違う。視点が定まっていないように揺らいでいる。その顔色は、悪かった。
案の定、すぐに倒れてしまう。
小さくて軽い身体を抱き上げた。
こんなにも小さな少女に、殺しをさせてしまった。一人で全て背負わせてしまった。
”聡明で優しいお嬢様”が、激怒するようなことが起こるはずがないと思っていた。
起きてしまった。
自分の身の安全のために、領民が売られてしまったことに激怒した。
許さないと、領主である自分の父親を責め立てた。
そして、毎日気にかけていた孤児院の子どもが狙われて、手を出そうとした犯罪者を殺した。
報復をされる前に、やられる前にやる、と皆殺しをした。
”聡明で優しいお嬢様”は領民のためにも、自ら手を汚したのだ。
「クソ……守らせてくださいよ」
悪態をついてしまうけれど、心の中では守れなかった不甲斐ない自分を責めた。
鉄格子から手を伸ばして、ベラの頭の怪我を治癒魔法で治すハーフエルフの美女・ミッチェルが、恐る恐ると口を開く。
「あ、あのっ……。わたしの治癒魔法では、腕の怪我は治療出来ませんので、医者を……。頭の怪我だって、傷口は治しましたが、ちゃんと診てもらわないと」
そう言われて、ソードンも我に返る。早く手当てしないといけない。
意識を手放す前に告げられたベラの指示にも従わないといけないと判断して、囚われた人身売買の被害者であろう一同にも声をかけた。保護はするから待ってくれ、と。
一度ベラを抱えて、ソードンは屋敷の外に出た。
「ベラ!! 気絶、してるの?」
「ああ、医者に診てもらわないと。頭の怪我は治癒魔法で治してもらったが、腕が折れてるらしい」
レフが真っ先に駆け付けたが、玄関前にはミルウィンを始め領民が集まっていた。各々が農具などを武器に持って、攻めてきたのだ。
しかし、もう終わっている。領主の幼い娘が終わらせた。その証拠に血塗れで気を失ったベラを見て、言葉を失っている。
ハク達は猫の姿をとって、心配そうにベラを見つめていた。
「……ベラお嬢様は、オレ達のためにも手を汚した。どうか……ベラお嬢様のしたことを、どうか! 無駄にしないでくれ!!」
ソードンはベラを抱えたまま、領民一同に必死に訴える。
犯罪組織の人間に、何人もの領民は暴力を受けた。店の売り物を奪われた。食事代も飲み代も踏み倒された。理不尽な目に遭っていた。
領主のマラヴィータ子爵が許可していると言い触らしていて、ロクな抵抗も出来なかった。
昼に領主の娘・ベラの身の安全のために、領民は売られたと発覚して、失望は領地に駆け巡った。
しかし、こうしてベラは、一人で悪に立ち向かって手を汚した。救ってくれたのだ。
やがて、気付いた者から次から次へと振り返った。
その先にいたのは、蒼白の顔で立ち尽くした領主のイザートだ。
「ベラ……そんな、ベラ!!」
イザートは、ソードンが抱えられた娘に駆け寄り、顔を覗き込む。
イザートの他にも、補佐官のタシュルを始め、マラヴィータ子爵家の使用人も駆け付けていた。
「イザート様」と、ソードンはベラの指示を伝える。
ベラには医者を。地下牢の被害者には保護を。これからのことを。
まさかの邪神の手掛かり。
これからが本番なのです……!
気になるという方、リアクションください!
前回くださり、ありがとうございました!
よろしくお願いいたします。
2026/02/08




