36 ミニスライムと束の間の平穏。
小さな小さな白いスライム。
私の頭よりも大きなサイズのスライム体型のハクと違って、私の拳サイズの小さなスライム。
両手に持ってみた。ぷるるん、と揺れる白いスライムは、大人しい。
「ハク達と同じで、話は通じるみたいね?」
大人しさからして、頭がよさそう。見た目からしても、希少種のスライム。ハクの子どもというより、ハクの分裂したとしか思えてならない。
『万能眼』で見てみても、紫色の魔力が視える。ちゃんと魔物の魔力だ。当然か。
新しいスライムの研究解明は一先ずあとにして、朝の支度を済ませた。
ハク達は、擬態能力を持つ希少種のスライムだ。
研究と称して飼い始めてハク達の擬態能力を観察し続けていたが、スライムの身体、つまりは液体に秘密がある。紫色の魔力で自在に操作して、他の生き物に姿を変えるのだ。
日中、ずっと猫の姿を保っていられるが、魔力の消費は少ない。
魔力を消費するのは、擬態に必要な分。
例えば、大きな生き物に擬態すれば、その身体の分の魔力を消費する。それは擬態を変える度に、消費するのだ。元のスライムに戻る時に、消費はない。猫の姿なら、魔力の消費はほんの僅かだ。
『万能眼』は、その魔力の動きも視えた。
「……なんすか、そのちっこいハクは」
実はハク達、飼育しているスライムの見張り役も務めているソードンさんは、黒猫姿のハクの隣にいる小さなスライムに気付くと目をひん剥くような表情になる。
「ハクが生んだか、ハクが分裂したか……わからないけれど、起きたらいた」
「ハクの子……!?」
私は掌の上に乗せて、見せた。
ソードンさんは、警戒心MAXで近付こうともしない。生まれたての魔物を胡乱に睨んでいる。
「生まれたてだから、擬態出来ないのかな? 言葉は通じているみたいだけれど……」
掌に乗せたミニハクスライムは、終始大人しい。ハクが黒猫に擬態しても、擬態しようとしないので、カリーナがちょっと不満げだ。
ぷるるんと揺れるが、じっとしているミニハク。
こういう時は、お手本を教えよう。
『万能眼』を駆使しつつ、ミニハクがまとう紫色の魔力に、自分の魔力で干渉。
子猫に姿を擬態させようとしたのだが、その前に黒猫の姿のハクが、机の上のペンを猫の前足で小突いた。私が目を合わせると、ちょいちょいと前足でつつく。
「物に擬態させろってこと?」
首を傾げて確認すると、ハクはキュートな猫の顔で頷いた。
じゃあ、羽ペンに擬態させよう。
魔力が視えて他者の魔力も自在に操ることが出来る私には可能だ。
ミニハクの魔力に干渉し、そしてミニハクの白い球体に魔力を通していく。擬態の性能を持つスライムの液体は、魔力の操作で姿を変えていく。
ちゃんと細部まで想像して、実現化させる。色まで指定しなかったので、白い羽ペンが出来上がった。
「物に……擬態するスライム……」
「物限定なのかな……?」
驚愕しているソードンは置いといて、私はハクに尋ねる。
身体が小さい、つまりは液体が少ないので、他の生物の姿に擬態しにくいのだろうか。
それとも、物に擬態する用に、ハクがミニハクを生み出してくれたのだろうか。
ハクは、コクリと頷いた。
「わーい、変身道具もらった。ありがとう、ハク」
次は、短剣に擬態させる。またもや、ソードンさんが目をひん剥くほどに驚いているけれど、気に留めずに短剣を一振りした。
それから、手首にぶら下がるシンプルなシルバーブレスレットに変える。一度擬態させれば、あとはそのまま維持されるだろう。どれほどの擬態が出来るか、試してみようか。
しかし、研究解明をしても、これも発表出来ないものだな。
まぁ、好きでやるだけだ。
「お嬢様が殺傷能力を高めた……」
ソードンさんは、げんなり顔で嘆いた。
今更では?
朝は剣術の稽古。
昼は勉強と研究。そして孤児院と街を視察。
時には、子ども達と遊び、または勉強を教えてやる。夜は屋敷の者に気付かれないように、ルジュとレフとミリーと秘密の稽古。
そんな日常を繰り返していけば、母の命日がやってきた。
母が亡くなって、一年が経ったのだ。
母の墓には、街中の人々から花が手向けられて、積み上げられた。華やかだ。
寄り添って肩を抱く父と一緒に、私も花を手向けた。
もちろん、この日のために叔母一家からの手向けの花束もある。
母を亡くしてから、結構濃厚な日々だったなぁ。
マラヴィータ家の末裔である私が持つ、魔力を視る目。
『魔力視』と『万能眼』も使いこなしつつ、魔法も磨き、剣術も磨いていき、成長したと自負している。
しかし、黒い本に関しては、まだまだ解明出来ていない。
謎の金色の瞳孔の緑色の一目とも、誕生日の夢以来、接触はなかった。
そしてゲトゥラシュ邪神の教団のことも、あれから情報は掴めていないからわかっていない。
そう考えれば、全然進展はないのか。
まぁ、焦ることはないだろう。そう思っていた。
私の異世界転生での楽しい魔法の生活は、順調だった。
そのはずだった――――。
母の喪が明けた翌日から、喪服ドレスはクローゼットにしまい込んだ。
叔母に買い与えられた色鮮やかなドレスを着る日々が戻った。毎朝着替えさせるカリーナも、上機嫌だが、孤児院の女の子達も喜んだ。ルシュとレフがポーとしていることが多くなったのは、気にしない方向でいこう。
今まで黒いドレスだったのに、明るい色のドレスを着ると、ちょっとした違和感を覚えた。
秋が過ぎ去り、冬が来た。一年を終えて、新年を迎える。
代り映えのない平穏な領地を、視察のためにも歩いていた時だった。
私の家に比べれば小さいけれども、そこそこ敷地が広い一軒の屋敷。空き家だったはずのその屋敷に、大荷物を運ぶ馬車が次々と入っていった。こんな大きな屋敷に入居者なんて、貴族や大金持ちの商人くらいだろう。
大きな屋敷に引っ越すほどの人物の話なんて、父から聞いていない。私は首を傾げた。
引っ越し作業をしている最中に、緑色をまとう魔力を持つ金髪の女性をちらりと見かける。
おや? 緑色なんて珍しい魔力だ。
追いかけるようにして入ろうとしたが、門で止められた。
門番のように立ちはだかるのは、ガラの悪い大男だ。
「私はこのマラヴィータ領地の領主、マラヴィータ子爵家の娘です。こんにちは。家主に挨拶をしたいのですが、今いいですか?」
領主の娘で、家主に挨拶がしたいと言えば、きっと入れてくれると思ったのに。鼻で笑われた。
領主だと言えば、少しくらい敬意を見せるものだろうに、妙に見下されている感がある。この時点で、不信感を抱く。
「これはこれは……領主様のご令嬢。確か、名前はベラ嬢でしたかな? 私が家主です」
そこに家主と名乗る壮年の男性がやってきた。白髪交じりのオールバックでやや吊り目。清潔感のある背広姿だが、第一印象、不快感。皺を深くする笑みが胡散臭い。
「大丈夫ですよ。ちゃんと、領主の子爵様の許可を得ています」
意味深の言葉に、嘲笑が含まれた笑みに、また不信感。
大丈夫、と言っても入る許可を出したわけではない。立ち入るなと言うやんわりとした拒絶。
家主に拒絶されては、いくら領主の娘と言っても入れない。緑色の魔力を持つ女性が気になるが、それよりこの新しい住人の不快感に全て持っていかれる。けれども、出来ることなんてない。仕方なく、私は引き返した。
「なんだか、嫌な感じの人達でしたね」
「まぁ、そうですね。仲良くは出来なさそう」
護衛で連れていたソードンさんも、似たような印象を抱いたようだ。
どんな住人なのか、父に尋ねてみよう。
家に帰ってから、私は夕食時に顔を合わせた父に尋ねた。そうすれば、身体を強張らせたのだ。
「会った、のか……?」
「会ったよ。あの広い空き家の屋敷に越してくる人がいるなんて、聞いてなかった」
会ったと言えば、顔を青くする父。
その顔を見て、近頃、父は浮かない顔をしていたと、今更ながら気付いた。
「二度とあそこには行ってはいけない!!」
初めて。父に怒鳴られた。
優しい父に、生まれて初めて怒鳴られたので、目を丸くする。
ハッと我に返った父はすぐに怒鳴ったことを謝ったが。
「すまない。だが頼む、ベラ。あの人には関わらないでくれ。絶対に」
「……なんで」
「絶対だ」
関わるなの一点張りで、どうしてかは教えてはくれなかった。
父は怯えている。あの新しい住人は、間違いなく何かあるのだろう。
すぐに知ることとなる。
第一印象は裏切らない。
あの屋敷に引っ越してきたのは、犯罪もいとわない連中だということ――――。
やっと冒頭のシーンを回収出来そうです。
長い序章です……。こんなに膨らむとは。
ここから穏やかな序章ターンはおしまいです。
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2026/02/05




