34 (三人称視点)5ー聡明で優しいお嬢様を考察。
レフside
何もかも失ってしまって、生き倒れたレフに、救いの手を差し伸べたベラに、恋心を抱くのは無理もない話だ。
暗闇のどん底に落ちたはずのレフには、心地いい温かさの陽だまりの光りを差し込ませた存在だった。
ベラの従兄であるエドーズ一行が、唐突に訪問して、滞在することになってしまい、隠し事の多いベラは、孤児院へ足を運ぶことも、街への視察も、控えることに。
そして、毎晩行なっていた夜の魔法特訓も、お預け。
なんでも、エドーズの母と夜を過ごすため、抜け出せないとか。
孤児院にも来ないから、遊べないし、会えない。
特別な夜の時間も、お預け。
せめて、ベラと過ごす時間を確保しようと、ソードンとの毎朝の剣の稽古に乱入しに行ったのだが……。
そこにも、エドーズがいた。
ベラを奪っているエドーズに、不満がメラメラと燃え上がる。
僅かな希望を持って、夜に来てみても、やはりベラは来れないと、ソードンに言われて、追い返された。
けれども、ベラが孤児院へ行かない要因である、エドーズの家庭教師の一人を追い出したらしいから、もしかしたら、明日からは来るかもしれない。
そんな期待を抱えて、孤児院に与えられた自分の部屋へと窓から入って戻った。
「…………ベラ」
ぽつり、とベッドの上に置いた一冊の本を、撫でて呟く。後ろの表紙をめくれば、小説家のサインと、ベラのメッセージが書かれていた。
丁寧な綺麗な字。
”思い出の一つ。あなたがこの愛の結晶だと忘れないで。ベラより”
愛しさとは、今胸の中で湧き上がる温かさのことに違いない。
ベラの誕生日を聞いて、せめてものお礼に、拾った魔石をアクセサリーにする加工代を稼ぎたくて、仕事を尋ねたのに。
返ってきたのは、レフの両親の出会いを、恋愛小説にしないか、という提案だった。
正直、よくわからなくて、戸惑った。しかし、ベラには会った時から、驚かされてばかり。
魔物と見抜いた上で、受け入れたし、魔物化しない魔法の使い方を学ぶ手伝いまでしてくれた。『風ブースト』という、器用さが必要不可欠な風魔法まで、編み出したそうで、見返りなしで教えてくれたのだ。
ベラ自身、どれくらいお金になるかはわからないけれど、抵抗がなければどうか、と。
実際に、完成した本を受け取った時、ベラは原案者として自分の名前が、手違いで載ってしまったことを申し訳なさそうに謝ったが、別にどうでもよかった。
亡くしたばかりの両親の恋愛。その小説が出来上がった。
両親の種族の違いのせいで、迫害を受けて、何もかも失った。それなのに、異種間恋愛物語なんて、大丈夫なのだろうか。差別のない国だからこそ、両親はここを目指して、この国の言語習得の秘薬を、苦労して手に入れたが……。
複雑な思いだったが、このメッセージが全てを吹き飛ばした。
もっと適切な表現をするなら、この温かな思いやりが、複雑な思いを浄化した気がする。
何もかも失ったレフに、ベラは思い出を一つ、形にしてくれたのだ。
両親の愛を否定し、命を奪うほどの危害を加えた二つの国から逃げてきたレフは、存在自体も否定されたようなもの。
両親の結ばれた愛も。
その両親の間から、生まれたレフも。
けれども、ベラは肯定してくれた。
レフは、両親の愛の結晶なのだと。
小説は、両親の愛の話を、美しく繊細に描いていた。
気恥ずかしさもあるが、両親が間違いなく愛し合っていた事実と、その証拠が自分自身だと、思い出せる本だ。
ベラの誕生日プレゼントを求めたのに、とんでもなく、特別な誕生の祝福をもらった思いだった。
宝物だ。ベラが形にしてくれた両親の愛の話を書いた小説。かけがえのないメッセージが添えられた、世界でたった一つの本。
それを両腕で抱えて、レフはベッドに横たわる。
「……聡明で、優しい、お嬢様……か」
先程のソードンの質問を思い出して、オウム返しのように呟く。
一言で表すなら、そうだ。だけれど、そんな一言では、足りない。
聡明なベラは、どこまで考えて、理解して、判断しているのだろうか。
我が子は頭がいい、と両親に褒め称えられたレフは、ベラには到底及ばないと、出会った頃から思い知っている。
ベラは、レフが危険ではないことを、慎重に探るように見据えていた。
事情を聞き出して、納得すると、すぐに、周りに正体を明かさなくていい、と言ってくれたのだ。
そして、魔法を使うことで、母親が最後の力を振り絞ってかけてくれた人間の姿を保つ魔法が解ける対策として、そうならないコントロールを覚えようと夜の特訓時間を設けてくれた。
両親を亡くしたばかり。その上、レフの姿が変わることが、要因だった。種族を明かすことも、姿を変えることも、レフにとっては、出来上がったばかりの深い傷を抉るようなもの。
だから、ベラは、秘密を隠す許可を与え、さらには変身をしない魔法の使い方を学ぶ特訓まで、毎晩付き合ってくれた。
ベラは見返りに、レフの知識を求めたが、対等な対価とは言い難い。
ベラが施してくれた特訓は、お金に換えたら、どんな大金となるのだろうか。
そして、この本だ。肯定する愛の物語の出版。
レフの元に渡しただけではなく、この小説は国中に売られているのだ。前作は大ヒットさせた恋愛小説家だったため、有名だったし、ベラの名前も載っていることで貴族令嬢が原案として話題を呼んだとか。それで貴族でも、令嬢を中心に人気になっているとのこと。
こんなにも、両親の愛の形が、受け入れられているのだ。いつか、レフの正体を明かすことになっても、領地の人々は、すぐに理解してくれるかもしれない。その可能性が、勇気を持たせてくれる。
魔物の姿を見られてしまい、母国の近所の人々は豹変しては、心無い言葉を投げ付けては攻撃してきた。
「(いや……あんな国。もう母国とも言いたくもない)」
異種差別による豹変のトラウマ。
ベラの提案で、出版させた小説が、トラウマを克服する勇気を与えてくれる。
「(すごいよな……。なんでもないみたいに、言い出してくれたのに)」
本当に平然とした様子で、ちょっと思い付いた、みたいな口振りで、ベラは提案してくれた。
それは、結局、レフを救済するものだったのだ。
レフのためになるもの。
なんて、慈悲深いのだろうか。
ただ、ベラが最初に見付けただけだったのに。
生き倒れたレフを、父の分身体がベラを見付けて、引き合わせてくれただけだったのに。
何故、ベラだったのだろうか。父はただ、”お前を助けてくれる人の元に導くから、ついていくんだ”と言っていた。だから、父の分身体の小鳥を、死に物狂いで追いかけて走った。人間の姿だったから、両足を必死に動かして駆けた。それから、力尽きて倒れた。
意識が朦朧としている中、気配がして目を開けば、少女がいた。
黒いワンピースの少女だった。
白銀色の長い髪と、ライトグリーンの瞳を持つ、自分くらいの幼い少女。
藁にもすがる思いで、助けて、と言った気がする。そんな自覚も曖昧なまま、意識は闇の中に落ちた。
真っ直ぐに見据えていたライトグリーンの瞳の少女は、そのまま。
暗闇の中に落ちたレフを、救い出してくれた。
最早、ベラに救われて以来、何もかも、全てを、ベラから与えられている気がする。
”聡明で優しいお嬢様”と一言で表される彼女に、レフは命を救われて、守られて、あれもこれも与えてもらっているのだ。
あんなに小さな少女に。一歳しか違わないのに。
令嬢だとしても驕ることなく、領民にも孤児にも寄り添う。
慕われて、可愛がられて、手を差し伸べて、尽くして。
出会ってから毎日会っていたベラに、すぐに恋をしていると自覚するのは、当然のことじゃないか。
命を救い、新しい人生を与えられたと言っても過言ではない特別な存在のベラを、想い慕うことは当たり前とも言える。
たった数ヶ月の恩は、一体どうやって、返せばいいかもわからないほどに大きい。
この本のように。抱かせてくれた温かな気持ちを、どうお返しすればいいのか。
「……一生……」
と、ぽつりと零す。
ベラへの恩返しは、一生かけても、足りないだろう。
だから、一生、ベラのそばにいたい。
孤児になってしまったレフには、自分の想いを成就する厳しさはわかっている。
でも、どうしても、ベラのそばにいたい。両親みたいに、種族を超えた愛で結ばれることを、ちょこっとだけ望んでいるけれど、何よりもベラのそばにいたいのだ。
「(……あの従兄…………マジ邪魔)」
そばにいたい。そばにいたいのに、阻む存在。
ベラを独占状態の従兄エドーズ。
たまにベラが、王都にいる従兄から情報をもらっている、という話を聞いていた。だが、ミリーとルジュの情報から、ベラを婚約者にしたいと思っていると聞かされたのは、つい昨日である。しかも、あわよくば、ベラを王都に連れて行くことを目論んでいるらしい。だからこそ、ベラは才能を隠していたらしい。
しかし、お試し感覚に、魔法学会に『風ブースト』の論文を送りつけたら、高評価が返ってきた。一応、領地で引退生活をしている元魔術師のウィリーの名前を使って、自分は助手として名前を載せたらしいのだが……。
「(いや、この国の魔法学会に高評価を受けるのは、ヤバすぎる……。魔術師のお母さんが、隣国と肩を並べるくらいレベル高いって言ってたもんな)」
魔術師の母親と暮らしていた小国では、このアルトゥオーロ王国は、近隣では一二を争うほどには、魔法のレベルが高い。そんなアルトゥオーロ王国の魔法を極めた研究者や魔術師が集う魔法学会に、論文を送りつけて、高評価を受けたのは、実は8歳の少女だ。
助手としてだが、8歳のご令嬢ともなれば、注目は浴びる。
悪いことに、先にレフの両親の愛の物語を出版もしていた。手違いで、ベラの名前が載ってしまったそれも、流行中。同じ名前ということで、話題沸騰だろう。
ベラが王都に連行される事態である。が、しかし、ベラはそれを拒否。
魔法の論文は、あくまで助手だと言い切ったらしい。
ウィリーも歳でたまにボケるし、老体で王都への長旅はよくない、ともっともらしいことを並べて、魔法学会への招待を丁重にお断りをするとのことだ。
小説の原案者の件も、本当は違うことも、話している。ベラはあくまで仲介だったが、それを話しそびれて、手違いで、名前が載ってしまっただけ。
よって、自分の名前が注目を浴びているからと、王都へ顔を出すことはない。と、いう姿勢を貫いている。
そんな感じで、ベラは嫌がっていると言うのに、エドーズは何かと理由をつけて、王都へ誘っているらしい。
ベラがレフがプレゼントしたブレスレットと一緒につけていたブレスレットが、エドーズからの誕生日プレゼントだとわかった時は、闘争心に火がついた。
同じ魔石のブレスレットを贈った恋敵だ。
それに、エドーズは政略的な意味で、ベラを婚約者に求めていない。
本当にベラが好きなのだ!
同じ貴族。しかも、レフも聞いたことのあるアルトゥオーロ王国のエリート学校に入学を目指すほどの秀才。身のこなしは10歳にして、すでに紳士的。
一番付き合いの長い気心知れたルジュというライバルが一番強いと思っていたが、従兄のエドーズの方が強敵すぎるライバル。
ベラに釣り合うからこそ、焦燥にかられる。
そして、ベラとの時間を奪っている最中だっ!
ムキー! と、ジタバタとベッドをのたうち回りたくなる。
「(明日! 明日、孤児院に来てくれるか、聞かないと!!)」
まだ孤児院に行くことを控えるというなら、なんとしてもベラと一緒に居る時間を確保できるように、模索しなくては!
「(あ。でも……なんか、ドレスを作るとか話してたっけ?)」
明日は、ドレスを作る予定があるとのこと。
社交活動のために、春から貴族のパーティーに参加するシーズンがある。今年はベラの母が亡くなり、喪中のため、行く予定を取り消したそうだ。だが、来年は喪が明けるので、行くとのこと。
ベラ自身の興味は、魔法関連の調べ物にしかないらしいが……。
ベラが、着飾る。
初めて会ってから、ベラは黒いワンピースばかりを着ている。
たまに、ワンピースドレスと呼ぶボリューム感あるフリルもリボンもつけたドレスも着ているが、やはり喪中を示す黒だ。
夜は寝間着にカーディガンとか、スライム狩りにもズボンを穿いていたが……。
帰り道で、ミリーは、ベラが去年、王都から帰ってきたから着て見せてくれたドレスが、どんなに可愛かったかを熱弁してくれた。
「(……明るい色のドレスを着たベラか……)」
想像するだけで、ぽーっとしてしまう。
黒のワンピースだと、気品があって大人びていると思っていたが、あえてベラの儚い容姿に合わせた淡い色合いのドレスでフリルをあしらって、物語のお姫様らしい可憐さに着飾るのはどうだろうか。
「(…………めちゃくちゃ見たい!)」
ミリーが言っていたように、見たい。
ミリーが駄々をこねてくれれば、妹枠のワガママとして、ベラも許して招き入れてくれるかもしれないが…………肝心の自分は、無理だろうか。意味がない。
ふと、興奮が冷めて、寂しさが押し寄せたレフは、本をきつく抱き締めた。
「(……ベラ。来年の春から、三ヶ月くらいは王都に行くって…………。オレはどうしたら、一緒に居られるんだろうか)」
ベラが、領地を離れてしまう。
今ですら、一日の会う時間が減っただけでも、こんなに苦しいのに。
何ヶ月も、ベラが遠くに行ってしまうのだ。
耐えられそうにない。ベラのいない時間だなんて……。
だが、レフには、一緒に王都へ行く理由を持ち合わせていなかった。
バイトがてら、従僕でも何でもやる、という案が浮かんだが、あいにくバイトをする理由がレフにはない。抱えた本が、レフの収入となるのだから。
他に、何かないだろうか。王都についていく理由。
どうやったら、ベラのそばに居続けられるだろうか。
レフは、宝物を胸に抱きながら、思い悩み、今夜も眠るのだった。
2024/09/17




