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翠は微笑む  作者: トト美咲
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霧、万地野路

 巡り合いの奇跡は、繋がる絆。

 リーナ=キリシマの運命を払拭したのは、アキラ=ヤナギだった。

 《源の燭台》はリーナとアキラによってかたちを変える。


 物語は、翠。

 新たに始める局面が、刻一刻と迫っていたーー。



 ***



「リーナ、まだ身体を休ませなさい」

 〈トト〉は、立ちくらみをするリーナの身体を受け止める。


「〈トト〉様、私はじっとすることなんて出来ません。今すぐにやるべきことを、私がしなければいけないのです」

 〈トト〉の長く垂れるエメラルド・グリーンの毛先がリーナの頬に掠めていた。


「あなたはもう、何も背負うことをしなくて良いのよ。今のあなたの役目は、今流れている時をゆっくりと過ごすこと。それが此処にいる皆さんからのあなたへの《贈り物》なのです」

 〈トト〉からリーナを預かったエリカが、リーナの脇と膝の裏を腕に乗せて抱えながら緋色を照らすかたちを変えた《源の燭台》へと移動した。


「エリカ、あなたは私が思っている以上に強い女性に成長していたのね。あんなに『恥ずかしがり屋さん』だったのに、私があなたに励まされるなんて……。」

 リーナは、エリカの膝枕で涙ぐみながら言う。


「わたしは独りではないと、教えてくれたのはあなた。あなたがいたから、私は私の中に流れる“血”を誰かの為に使うことを誓った。誰かを助ける理由をつけないも、同じくよ。リーナ」


「エリカ……。ありがとう」

 リーナはエリカの腹部に顔を押し当て抱きつき、泣くに疲れて寝に落ちるーー。



 ふたりの様子をアキラは見ていた。


 ーー手が届くものを護るで十分だ。


 ソールに鍛えてもらいたいと申し出て、返された言葉。ソールはどんな意味で言ったのだろうかと、アキラは頬の裏を噛む。

 護るために、強くなる。

 アキラはソールに意志を否定されたようで、歯痒かった。


「さっき俺が言ったことを気にしているのか?」


 アキラはソールが呼び掛ける声で我に返る。

「もう、良いです。僕は結局まだ《子供》でしょう? でも、僕なりに『強くなる』を求めるは、諦めません」


 ソールの右を横切ろうと、アキラは歩幅を広げてソールと顔を合わせないで駆け出した。


「待てよ、コラ」

 ソールがアキラの襟首を掴んで呼び止めた。


「何ですか、ソールさん」

 アキラは堪らずソールを睨み付けた。


「そんな顔をするな。俺がまるでおまえをいじめているようで、せっかく食った晩飯の味を忘れてしまう」


 腕と脚を振り上げていたアキラは口とまぶたを大きく開いて、ソールから逃れるのを止めた。


「アキラ、おまえが焦るのはリーナの為にだろう。だが、よく考えてみろ。俺だって、ただ強くなる為に闘いを学んでいた訳ではない。あるきっかけで俺には向かないと、俺は途中でやめて自分なりのみちを選んだのさ」


 ソールはアキラの腕をひいて、暖を取る焚き火のそばに連れていき、アキラを座らせる。


 アキラはソールから串に刺さる焼けた海の幸を差し出されるが、手にするのを躊躇っていた。


「どうした? 食べないと体力がつかないぞ」

「すいません、せっかくですが僕は食べたことがないので……。食べ方がわからないと、いうのが正しいです」


「ちょっと待ってろ」と、ソールは腰をあげると歩いて10歩ほどの場所で地面に根付く樹木からアキラの顔の大きさはある葉の茎を枝の根元から千切り取り、軽く埃を払い落とした。


 アキラの傍に戻ったソールは、皿に見立てた葉の上に串から抜き取った焼けてる海の幸を置くと、二本の小枝で身と骨に別けていく。


「……。おいしい」

 アキラは、身の部分を手で掴んで口の中に入れて咀嚼した。


「そうか……。それならば、良かった」

「おかわりしても良いですか? 今度は、ソールさんの食べ方をしたいです」


「わかった。よく、見てろよ」


 ソールはアキラに海の幸を食べる手本を見せる。

 アキラは串を両手で握りしめて『食べ物』のお腹の部分から食い付き、口の中に残る小骨に苦戦しながら最後まで食べ尽くしたーー。



 ***



 夜明け。

 焚きついていた暖は薪を炭にして、残り火が赤く燻っていた。


 一行は、朝食にソールとアキラが取り集めた自生する赤や黄色と色付く植物の実を、摂っていた。


「あんちゃん、顎が疲れた」

 リーナによって人の姿になった(背丈はニャルーと同じ)ウイウイが口を開いて涙目にしていた。


「ははは、今まで食べていた『食べ物』と硬さが違うからだよ。それに、まるごとかじりついたらなおさらだろうな」

 アキラは、赤くて丸い木の実の表面を木の枝の先で刺してウイウイの口に入るほどの大きさにくり貫くと、ウイウイに差し出した。


「ありがとう、あんちゃん。酸っぱいのと甘いのが混じっているけど、おいしいよ」

 ウイウイは頬をいっぱいにして『食べ物』を味わった。


「アキラが食べているのは、あなたにぴったりしているわ」

 リーナは採取した花の蜜を吸うニャルーを掌の上に乗せて、アキラに笑顔を見せていた。


「……。リーナ、僕のことを何に例えた?」

 アキラは顔を真っ赤にさせて、黄色の皮を剥いた植物の実を一気に頬張った。


「微笑ましいわね、メリ=アン。私たちも、あのふたりのような時を過ごしていた頃があった。そう、私の夫と『あの人』も一緒にでしたわね」

「〈トト〉あなたってひとは、なんてことを……。」


 〈トト〉とメリ=アンは紫色の木の実を食していた。


「私は、久しぶりに心から穏やかな気持ちになれたわ。あなたは、どうかしら?」

「同じよ〈トト〉は、特に今まで辛いおもいをしていた。今回の件が終わったら、あなたとまたこうして過ごしたいと、欲張りなことを思うほどよ」


「あなたの普通の気持ちよ、メリ=アン」


 〈トト〉はメリ=アンの蒼い羽毛にやさしく頬をそえたーー。




 ***



「それじゃあな、アキラ」

 ソールはアキラと握手をかわして、アキラの右肩に右の掌を押し当てた。


「色々と、ありがとうございました。せっかくお会いできたのに、おふたりとはお別れだなんてさみしいです」

 アキラは鼻の頭を赤くしていた。


「俺たちはおまえたちの世界には長くいられない。居座ったらおまえたちの世界の時間が大変なことになると、釘をさされているからな。まあ、いつかゆっくりと遊びに行かせてもらえるようにと俺も直談判する。それが駄目なら俺なりに、世界を行ったり来たりする方法を見つけるから、それまで元気でいろよ」

「エリカさんがしばらく【此処】に残ってくれるですだぁ~。でも、どんな理由はおっしゃってくれませんでしたぁ~」


「ミリィ。私は私の役割を果たすと、言ったことを忘れたのですか?」

 鎧甲冑を身に纏うエリカが、ミリィの頭の天辺に軽く拳を押し当てた。


「エリカ……。あなたは役目を果たしたらどうするの?」

「もう一度『あの人』に巡り会う旅に出ます。魂は、永遠ですもの。リーナ、私はあなたとの思い出をずっと宝物にすると、あなたに伝えます。だから、あなたも今の時を大切にして過ごしてね」


「エリカ、約束して。私たちは何度も会うと、同じ時をまた過ごす日をいつか迎えましょうと……。」


 リーナは目から溢れる涙を拭うことなく、エリカの肩に腕を回した。

 エリカはリーナを腕の中に押し込んで、泣きじゃくるリーナの紫水晶の色の短い髪を右の掌で何度も手櫛した。


「おっと『誰かさん』が戻ってこいと催促してるから、俺たちは行くぞ」

 ソールは腰に装着する革製のホルダーからの振動に渋々とした顔をすると、ミリィの手を引いた。


「ソールさん。やっぱり、お別れは言いません。また、お会いしましょう」

「ありがたいぜっ! アキラ、ならばーー」


 ーーあばよっ! だけど、またなぁーーっ!!


 ソールとミリィは、空から降り注ぐ銀色の光の中に吸い込まれ、銀の光の粒を撒き散らしてアキラ達から去っていった。



「アキラ、準備は整っていますね」

 いつまでも空を見上げるアキラにエリカは静かに言う。


「はい、エリカさん」

 アキラは瞳を澄みきらせてエリカを見つめた。


「リーナを頼みましたよ。リーナ、けして重荷になることはしないで、アキラに援護を受けるのですよ」


 エリカは《源の燭台》にゆっくりと歩み寄り、掌で焚かせる蒼い炎を燭台の天辺に点火させた。


 蒼い炎は燭台を包み込み、球体とかたちを変えて空中に浮かぶ。


「アキラ、手に取りなさい」と、エリカの促しにアキラは頷くと、蒼い球体へと両腕を伸ばして手の中に納めた。


「では、参ると致そう」

 ミリオン=ワンが集合を掛ける。


 一行は一斉に頷き、アキラとリーナはミリオン=ワン〈トト〉はニャルーとウイウイを掌の上に乗せてメリ=アンの背中に乗っていく。


 ミリオン=ワンは「クー」と、囀ずる。そして、翼を広げて飛翔をすると、メリ=アンと共に大空を羽ばたいていった。


「お元気で、エリカさん」

 遠く離れるエリカの姿を、アキラはリーナを抱きしめながら見えなくなるまで見つめていた。



 ーーさよなら、私の親友……。私に時の環を巡る為の勇気をありがとうーーーー。


 海の音を耳に澄ますエリカは心で想いを呟く。東へと羽ばたく二羽の鳥が見えなくなると漆黒の長い髪を靡かせて、南の空で瞬く十字架を思わせる星座に視線をむけて祈りを捧げる。


そして、目指すかのように身体を蒼い光に輝かせ、弾けとんでいったーー。


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