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翠は微笑む  作者: トト美咲
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源の燭台〈3〉

 アキラ一行は、海が見える高台に降り立った。

 花が咲いていると、アキラ=ヤナギは雑草に紛れて咲く薄紫色の花びらを間近で見るために腰をおろした。


 地上で咲く花とどこか違うと、アキラは思った。

 試しに右の指先で花の薄片を突くと、顆粒状となって草の葉に散り落ちた。


「〈志し〉が入り乱れている。花だって、おちおち咲いていられないだろうな」

 アキラの後ろからソールが溜息混じりで声を掛けた。


「ソールさん、あなたは【此処】のことに詳しいのですね」

 アキラは、腰をあげてソールに背中を見せたままで言う。


「“生き字引”と、讃えてくれっ! と、いうのは冗談だ。俺だってさっぱりの【場所】だ」

「ならば、訊き方をを変えます。彼奴はあなたのことを“空人くうと”と、呼んでいた。僕は、そんな種族がいるなんて知らない。彼奴が言うことが本当ならば、あなた達はどういう方法で【此処】にやって来たのですか?」


 アキラの問いかけに、ソールは何も答えなかったーー。



 ***



 潮の薫りと波の音が、桜色の砂浜を歩くアキラの鼻腔と耳の奥を擽る。


 リーナがいない。

 いつでもどこでもこれからも一緒にいたい人が、傍にいない。

 自分はいつからさみしいと、いう感情をどこで抱いたのだろうかと、アキラは考えた。


「アキラ、心の中の炎を焚きなさい」


 アキラは声に振り向くと〈トト〉がいた。


「母さん。ごめんだけど、今はそんな気になれない」

 アキラは〈トト〉のエメラルド・グリーンの瞳を見つめて言うと、潮風を受けながら水平線へと目を凝らした。


「無理もないでしょうね。立て続けの出来事で、あなたの心の整理が追いつかない。わたしがどんなに言っても、あなたを追いつめるだけ……。かもしれませんね」

 〈トト〉はそう言うと、翻してアキラから離れていった。


「ぐ」と、アキラはのどをつまらせるような声を出して、掌を拳に変えると肩を震わせた。


 自分はどうあればいいのだろうと、アキラは考えた。


「アキラさんは、まだ《子供》だ。背伸びなんてせずに一歩ずつ前を進めば良いと、私は思うよぉお~」

 アキラの右隣でミリィが砂浜に顔から転倒していた。


「そそっかしい人ですね」

 アキラは、砂まみれのミリィを引き起こして言う。


「あははは~。ソールさんもアキラさんと同じようなことをおっしゃってたですぅう~」

 ミリィは転倒した勢いで眼鏡の淵を折ってしまい、掛けてもずり落ちるだけだったので、とうもう放り出してしまった。


「暑いのですか? アキラさんのお顔が紅いですよ」


 アキラは裸眼のミリィの目と合わせると、ミリィの言うことに堪らず頬を朱に染めてしまった。


「女の人は、幾らでも変わることが出来る。あなたを見て思ったら……。です」

「あっら~っ! アキラさん、お世辞が上手ですねぇ~」


 ミリィの腕を振り上げての右手はアキラの背中を叩きおさえ、アキラは砂埃を舞い上がらせて砂地にうつ伏せ状態の姿となった。


「うっわ~っ! アキラさん、大袈裟ですだぁあ~」

 ミリィはアキラを起こそうとアキラの両脇に肘を挟むが、アキラの背中は仰け反るばかりだった。


「……。ミリィ、アキラに格闘技の技を掛けてどうする」

 ソールが、呆れた顔で鼻息を吹いてミリィとアキラの様子を見下ろしていた。


 ミリィは、アキラの背中に馬乗りをしていた。

「あはは~。どうりでアキラさんがいつまでたっても起きあがらなかったのですなぁあ~」


 “女の人”は、先がよめない……。

 ミリィの靴底に押し潰されるアキラの心の中の呟きだったーー。



 ***



 蒼い海は、沈む陽が照らす光で朱色に輝いていた。


「どうしたの? ニャルー」

 〈トト〉は、掌の上に乗って背中を見せるニャルーにやさしく声を掛けた。


「お日様は〈トト〉様と同じでぽかぽかしてあったかい。ニャルーは、誰かをぽかぽかすることをできているのかなと、ちょっぴり考えた」

 ニャルーは、身に纏う服の裾を握りしめて言う。


「ニャルー。あなたは、そのままのあなたをたくさんの仲間が大切に想ってくれていたのです。もちろん、わたしの息子もあなたのことを大切にしていた。あなたの無邪気な笑顔に誰もが癒され、和んでいたわ」


「リーナも?」と、ニャルーは〈トト〉に丸めた紙のような顔を見せて言う。


 〈トト〉はニャルーにどんな言葉を掛けて良いのかと、迷っていた。


「〈トト〉様、ごめんなさい。ニャルーは、やっぱり甘えんぼうさんだった。リーナのふかふかのおつむの中にいるときが、ニャルーはすきすきをいっぱいにして、ぬくぬくとしていた」


「ニャルー、リーナとは必ず会えるとお願いして……。」

 〈トト〉がニャルーに向けて言った精いっぱいの気持ちだった。


「クー」と、囀りながら夕暮れの空を羽ばたく焦げ茶色の鳥と蒼い鳥を、それぞれの場所にいる一行が一斉に見上げる。


「ソールさぁん、アキラさん。見てください」


 ミリィがつなぎ服の左ポケットから取り出した石を、ソールとアキラが見る。


 アキラは、輝く石の色に呆然とした。

「ミリィさん、石はいつから持っていたのですか」


「ソールさん、アキラさんには言っても良いですよねぇ~」と、ミリィの尋ねにソールはやさしい顔で静かに頷いた。


「リーナさんから貰ったのです。いつでもどこでも会えるから……。石が道標になってくれるからと、エリカさんにも渡していたのです」


「ソールさん」と、アキラはソールの顔を見る。


「ミリィは嘘をいうような胡散臭い奴ではない」

 ソールはアキラを鋭い目付きで見ながら言う。


「いえ、疑ったのではないのです。さっき僕たちは、炎が照らす光の先にリーナがいると信じて彼奴が居たあの場所にたどり着いた。そしたらあなた達が居て、それからーー」

「戸惑って当たり前だ。でも、アキラ。おまえが会いたがっている人は、今度こそ会える。絶対に会える」


「ミリィ」と、ソールはミリィを促す。


「はい、ソールさん」

 ミリィは両手で石を包み込み、腕を空にむけて伸ばすと握りしめる石を翳した。


 空で羽ばたく二羽の鳥は、アキラ達の傍に舞い降りる。


「あんちゃん、オレにもみえたよ。石から光る色の先にお姉さんがいるよ。お姉さんと同じ色の光が教えてくれたから間違いないさ」

 焦げ茶色の鳥の羽毛からウイウイが現れて、アキラに嬉々とした声で言う。


「……。ソールさん、さっき空からろうそく立てのような建物が見えていました」


「俺も覚えている」

 ソールはライトグレイの髪を海風でなびかせて、アキラの右肩に左手を押し込んだ。


「ミリィさん、メリ=アンにわたしと一緒に乗りましょう」

 〈トト〉はニャルーを掌の上に乗せてミリィを呼ぶ。


「ソールさん、僕と父さんの背中に乗ってもらえますか?」

「遠慮なくそう、させてもらうさ」


 二羽の鳥は、再び空へと羽ばたいていく。

 アキラは、父の背中で風を受けながら胸の奥を熱くしていた。


 ーーリーナ……。


 アキラは、心の中で何度もリーナの名を呼んでいたーー。



 ***



 アキラ一行が最初に降り立った高台より南東の方向に、アキラがいう《ろうそく立て》に似た建物があった。


「アキラよ《此れ》に粋な呼び方をしたものだな」

 建物の50歩手前で舞い降りた焦げ茶色の鳥は、地面を踏みしめるアキラの緋色の髪に嘴で櫛した。


「仕方ないだろう? どんな役目をしているとか、なんて呼ぶのかなど、見るのがはじめてだからさ……。」

 アキラは顔を真っ赤にして、焦げ茶色の鳥にされるがままだった。


 ーーようこそ、みなさま……。お待ちしておりました。


 アキラは、凛として澄みきる声の方向を凝視した。


 声の主は、建物の手前に居た。

 漆黒の髪を腰の位置までに長く垂らして、紫水晶の瞳。そして、銀の鎧甲冑を身に纏う曲線美の女性が、装飾品を鳴らしてアキラへと近付いた。


「私は、エリカ・リシュルドフ・レヴァ。貴方が志す想いを開示しなさい」

 〈エリカ〉と名告る女性が、左の腰に着ける武器の鞘から柄を右手で握りしめて剣を抜き取り、切っ先をアキラの顔の中心に焦点して言うーー。




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