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翠は微笑む  作者: トト美咲
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並世〈3〉

 アキラ=ヤナギ。

 父は“真人まびと”で母が“幻人げんと”の間の子。

 父の名はミリオン=ワン、母の名は〈トト〉という。


【志の都】で『親子』は再会をした。


 焦げ茶色の鳥の姿こそ、地上で天寿を全うしたミリオン=ワンの新しい《器》だった。

 〈トト〉は地上で生きるさまざまな種族に《癒しの女神》としてしたわれる一方で『称号』と、呼ばれていた。


 時期『称号』に選ばれたのは、リーナ=キリシマ……。

 リーナは突然、アキラの目の前で消えてしまった。


 絶望的になりそうなアキラを勇気付けたのは『両親』だったとは、いうまでもない。


 そして、もう一羽。いわゆる『天の使い』のポロロと呼ばれていた蒼い鳥がいた。


 〈トト〉は蒼い鳥を、元の名である『メリ=アン』と呼んだ。


『メリ=アン』は地上で、あることを思い出した。


『メリ=アン』が『あのこ』と呼ぶのは誰なのかをアキラは察するが、ある思いもするのであった。


『メリ=アン』を含めて『両親』が歩んだ《歴史》で何があったのだろうかとーー。



 ***



「〈トト〉様、覚えていますか」

 空で〈トト〉を翼に乗せるメリ=アンは、焦げ茶色の鳥(ミリオン=ワン)を追いながら翔んでいた。


「メリ=アン、堅苦しい呼び方は抜きにしましょう」

 エメラルド・グリーンの長い髪をなびかせる〈トト〉は、メリ=アンにやさしく言う。


「わたしのあなたへの『呼び方』は、今更ながら変えることはできません」


「そうなのですね。あなたがそうおっしゃるなら、仕方ありません」

 〈トト〉は、寂しげな微笑みを垂れる髪で覆い隠す。


「わたしは『天の使い』として〈ポロロ〉と名をあたえられ、あなたと再び会った。嬉しくて堪らなかったけれど“真人”で生きていた頃の……『あのこ』との思い出を消した。そう【あの場所】でわたしは“幻人”の『あの人』を愛した。そして『あのこ』が生まれて……。でもーー」

 メリ=アンは、ミリオン=ワンと翔ぶ距離を合わせられないほど翼の羽ばたきが遅くなっていた。


「『我が子』をおいて《器》を空っぽにしてしまったと、いう自責の念と『あの方』に起きた情況に心が揺れて『天の使い』の務めが思うようにいかなかった。メリ=アン、あなたは『愛した人』のことを考えた結果『思い出』であの方の《闇》をーー。でしたね」

 〈トト〉は頬をメリ=アンの頭部におしあて、羽毛をやさしく拭う。


「でも『あの人』そのものを閉じ込める“籠”の役目でしかなかった。わたしが『あのこ』を思い出したーー。おそらく、今ごろ“籠”の蓋が開かれて……『あの人』も《闇》もーー」


「メリ=アン、あなたが辛いおもいをする必要はないわ。あなたの前を翔ぶ、わたしの息子を乗せて翔ぶわたしの『夫』もいる。だから、かなしまないで翔びましょう」


「……。やはり、あなたを『親友』として呼んで良いですか」

 メリ=アンの目に溢れる涙は、顔でうけとめる風に滴を含ませ雨露のように飛んでいた。


「喜んで。いえ、待っていましたわ」


 ーーありがとう……〈トト〉ーーーー。


 〈トト〉が羽毛をかき分けて地肌に触れるやさしい手のぬくもりに、メリ=アンは身体の芯があたたまるような心地好さを覚えると、アキラを乗せるミリオン=ワンに追いつこうと翼を強く、大きくひろげて羽ばたかせたーー。



 ***



 琥珀の宮殿の最上階にいるノームは、全身を悶えさせていた。

 両手の震えが止まらない、頭が割れると思うほどの痛み、息がとまるような呼吸の乱れ……。


 足元をもつれさせながら、ノームはバルコニーに向かった。

「はあ」と、息を強く吐きながら手すりを掴み、汗まみれの額を拭うことなどせずに空を流れる雲を見上げた。


 色は薄紫に染まる雲の形がどこかで見たことがあると、ノームは耳鳴りの不快感にたえながら思った。


 結局、何も思い出せない。

 ノームは、苛立つ感情を払拭するつもりで薄紫色の雲に炎を焚かせる右の掌をかざすが、どうしても放つことができなかった。



 ーー遠くて近い明日に会えると願うことをけして、失わないようにしてください……。


 覚えているのは、声だけだ。

 誰が何のために“籠”に閉じ込めたのもわからない。


 ノームはようやく呼吸が楽になると、手すりを支える柵に背中を向けて水晶の足場に腰をおろす。

 手の震えもおさまり、肘を曲げて見つめる深紅の装束の袖口に飾る小粒で球体を象る宝石が鈍く光を放っていると、気付く。


 色が空を流れる雲と同じ薄紫をしている。

 ノームは、目に涙を溜めていた。


 ーーそなたに慈愛があれば、だ。


『あの時』ミリオン=ワンがいうことの意味がわかると、ノームはとうとう涙を溢して、滴で頬を濡らした。


 あと少しで、何かを思い出せる……。

 ノームは目蓋を綴じるが、肌に針が突き刺すような感覚ですぐに目蓋は開く。


 そして、厳つい顔をして再び空を見上げる。

「何の用だ」と、ノームは凍えて震えるような声で言う。


 ノームが見つめる先に、人を乗せて翼を羽ばたく二羽の鳥が空中で止まっていた。


「俺は、アキラ=ヤナギ。あんたが隠した『称号』を取り戻しにきた」

 焦げ茶色の鳥に乗る少年が、眉を吊り上げてノームに指をさして叫ぶ。


「口の聞き方がなってないな……。証拠はどこにあると、私は訊こう」

 ノームはアキラ=ヤナギと名乗る少年を睨みつけてゆっくりと腰をあげると、両腕を水平に伸ばして装束の長い袖を垂らして見せる。


「証拠もへったくれもないっ! 此処にいる『みんな』の“志”が示してくれた。みんなの中にある熱く焚き付ける“火”をあんたがいる場所に飛ばしたっ! あんたが着てる服の袖口で光っているのが何かは、あんただってわかっているはずだっ!!」

 アキラは激昂して言う。


「おまえがいうのは『此れ』のことか?」

 ノームは、嘲る顔で左の袖口の装飾品に右の人さし指をおしあてた。


「ああ、そうだっ! さあ、返せったらっ!!」

「よかろう……。ただし『此れ』がおまえがいう『称号』でなかったらどうするのだ?」


「さっきも言ったぞ。同じことを何べんもいうもんかっ!」

「随分と、確信をしている様子だな。ならば、私も容赦はしない。来るのだ、少年」

 ノームはアキラを挑発するように手招きをする。


「いわれなくても来てやるっ! 誰のものでもない『称号』をーー」


 ーー俺のリーナをかえせぇええっ!!


 アキラは焦げ茶色の鳥の背中に立つと、ノームを目掛けて飛翔していったーー。





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