並世〈2〉
蒼い鳥はアキラ=ヤナギに言った。
アキラの両親が再び巡り会えたと、言った。
アキラは声を聞いていた。
蒼い鳥が空から舞い降りる前に、聞いていた。
声はもう一羽の焦げ茶色の鳥の背中に乗っている、澄みきる空で照る陽の逆光で姿はおぼろげだが、風になびくエメラルド・グリーンの長い髪、白い装束を身にまとっている……女性だった。
女性を乗せる焦げ茶色の鳥も、蒼い鳥の傍に舞い降りる。
女性は「ありがとう」と、焦げ茶の鳥の頬の羽根をやさしく撫でながら、装束の裾を右手で掴み、風で揺らして軽やかに着地する。
アキラは女性の顔を見つめるばかりで、呼び方に迷っていた。
女性もアキラと同じく顔を見つめていた。
髪の色と同じエメラルド・グリーンの瞳。地上では《癒しの女神》が愛称で、名は〈トト〉という。
「アキラ、あなたはちゃんと成長してます。証拠にとても良いお顔を私に見せてくれた」
〈トト〉の両耳に飾る金と銀の鈴なり状のピアスが長い髪のすき間から見えて、揺れていた。
左肩より前見頃から留め具で挟む透き通る白いベールは、吹く風をうけてしなやかに舞い上がっていた。
「俺……。いや、僕は《女神》の愛をずっと拒んでいた、ゆるしてもらえないことをしてしまった。そして僕は、僕は……」
アキラは唇を噛みしめ、両手を強く綴じて足元を見つめる。
「誰かの為に生きる、何かの為に動く。それがアキラ……あなたなの。わたしが愛した人と同じ血が流れているのがあなたなの。だから、だからーー」
〈トト〉は、装束の裾を履く水晶のハイヒールで何度も踏みつけ転びそうになりながら、アキラに歩み寄っていった。
アキラは〈トト〉が一歩手前の距離で倒れかける身体を受けとめるように腕を伸ばし、全身で受けとめるように支えるとーー。
ーー母さん、母さん、母さんーーーーーー。
かたく、ふかく。アキラは〈トト〉の腕のなかでくりかえし『母』と呼びながら泣き叫ぶーー。
***
空はいつまでも明るかった。
正確にいえば、時の刻みがわからない【志の都】で昼と夜の区切りはなかった。
「『あのこ』が【此処】を照している。きっと、そうなのよ」
蒼い鳥は目を涙で潤ませていた。
「ポロロ。いえ、メリ=アン。あなたは【此処】に来る前に『誰』かを想って何を誓ったかをわたしにいいましたわね。決めつけることは、諦めることと同じですよ」
「〈トト〉様、申し訳ありません……。ごめんなさい……わたし、わたしったら、なんてことをーー」
〈トト〉に叱咤されたと思うポロロ……メリ=アンは、堪らず涙を溢す。
一方、傍らで様子を見るアキラは、虹の路に腰をおろしていた。
「そんなにくっつかないでよ」
アキラは焦げ茶色の鳥に緋色の髪を嘴で櫛され、右肘で左の翼をおし当て、離れたいといわんばかりの態度を示す。
「ふぉふぉふぉ、親が子に触れるのは当たり前の行動なのだ」
焦げ茶色の鳥の言葉に、アキラの顔が朱色に染まる。
「……。リーナがいたら、完全に冷やかされる」
「私の『弟子』は、そんなつまらないことはしない」
「つまらないことを言って、悪かったよ」
口を尖らせるアキラは、焦げ茶色の鳥に頭を下げて腰を上げる。
「母さん」
アキラは〈トト〉を呼ぶ。
「アキラ、あなたが聞きたいことは察しているわ。だけど、わたしが言うことではない」
「『自分の心と身体で知りなさい』だよね?」
「そうよ。そう、あなたが想う人を信じている……。愛している人を護りたい気持ちがあるならば、よ」
「勿論だよ。僕は、絶対にーー。と、誓ったさ」
アキラは目蓋を綴じて、リーナの姿を心の中で浮かべる。
最初に会ったのはいつ何処で、どんなことを言った。日が経って何をどうしたのか。何のために【志の都】に来て何をしようと……リーナと何を誓ったのかを、心の中で確認した。
ーーアキラ……。
優しく、あたたかく。
アキラは自分を呼ぶリーナの声を心の中で木霊させると目蓋を大きく開き、虹の路の先に目を凝らす。
「リーナは消えていない、空になんて行ってない。必ず、必ず僕がリーナの手を握るっ!」
アキラは緋色の髪を風でなびかせ濃青色の瞳を澄みきらせると、直立不動の姿勢で腕をまっすぐと伸ばして掌を向けた。
〈トト〉と焦げ茶色の鳥。そして、メリ=アンはそれぞれのお互いの顔を向き合い、呼吸を合わせてうなずく。
「ニャルー、頼みがある。キミの仲間たちから受け取った“種火”を、ウイウイが紡ぐ“銀の糸”に焚きつけてほしい」
アキラは『あの時』リーナからニャルーとウイウイを掌に託されていた。
『あの時』アキラの掌の中では、涙を溢しながらリーナを追いかけようとしているニャルーをウイウイが全身でニャルーを取り押さえていた。
「……。ミュルー様と姉さま、ククにニャルーの大好きなみんなに会いたいけれど、もっと大好きになったリーナのためにリーナをすごく大好きなアキラのために……あげる」
ニャルーは目を鼻を真っ赤にして、しゃっくりをあげながら言う。
「オレもお姉さんが大切だ、あんちゃんが大切にするものはオレも大切にする。オレは『オトコ』とはどんなものかを、あんちゃんから鍛えてもらいたい」
「気持ちはありがたいけれど、後に言ってることは大袈裟だよ」
ウイウイの厳つい顔にアキラは頬をゆるめて、右の人さし指でウイウイの頭のてっぺんで伸びる黄色い角を押さえた。
「アキラ、生きるすべてのそれぞれの種族が手を取り合う。あなたは素晴らしい『時代』をあなたが愛する人と築くことが出来る。私たちもお手伝いをさせてくれますか」
「僕は、母さんにゆっくりと休んでほしい。なるべく頼らないと思いはするけれど、やっぱり甘えるしかないね」
〈トト〉の申し出にアキラは頭を下げて言う。
「アキラさん、あなたから『あのこ』のことをいっぱい聞きたい。少し……いえ、たくさん『あのこ』を感じて想いを繋げたい」
「『本人』に会いましょう。僕がいうよりそっちが手っとり早い筈です」
アキラはメリ=アン(ポロロと呼ばれていた蒼い鳥)に、やさしく声を掛ける。
「あなた……」
「ああ、私も加勢致す。私はこの姿で一度あの場所に居る『奴』に“絆”とは何かを考えるようにと課題をあたえた。はたして、どんな見解をしたのだろうかと、気にはなっていた」
〈トト〉は焦げ茶色の鳥の傍にいた。
焦げ茶色の鳥は、アキラの姿を見つめながら〈トト〉の頬を白い嘴でやさしく拭った。
「みなさん、集まってください」と、アキラが促す。
アキラたちは輪になる。
〈トト〉は焦げ茶色の鳥の翼に両手を乗せて“癒しの唄”を、メリ=アンは蒼い羽根の毛を、アキラの掌にいるニャルーとウイウイに捧げる。
ウイウイは羽根の毛に銀色の糸を噴いて絡ませる。ニャルーは首に飾る球体の中で燃える“種火”を差し出した。
球体の表面が〈トト〉の詠いに鳴動するかのように亀裂がはいり、破片が飛び散る。
“種火”は花火のように火花を散らし、アキラが手に持つウイウイの“銀色の糸”が絡む蒼い羽根の毛を焚きつけた。
アキラの掌から炎が細く、まぶしい火柱が空に届くほど伸びる。そして、湾曲して何処かを目指すかのように炎の先端が飛ぶ。
「アキラさん『あのこ』は、彼処にいるのですね」
「はい、メリ=アンさん」
「クー」と、メリ=アンは涙を溢しながら鳴く。
「アキラ、私の翼に乗るのだ。天の使いの蒼い鳥よ〈トト〉を乗せてしっかりと翔ぶのだぞ」
焦げ茶色の鳥の背中にアキラは頷きながら乗ると、メリ=アンの背中に軽やかに乗る〈トト〉と目を合わせる。
「母さん、あの……」
「アキラ、何を照れているの。ちゃんと、呼んであげなさい」
〈トト〉はまごまごとしているアキラに言う。
アキラは「ごほっ」と、咳ばらいをして鼻から息を吸い込むとゆっくりと口を動かしていく。
ーー父さん、ありがとう……。
「では、参ると致そう」
焦げ茶色の鳥は、翼を広げ大地に根付く草原の葉に風を含ませ揺らして舞い上がる。
ーーリーナ、待ってて。僕は必ず、必ず…………。
アキラは、リーナのことを思いながら繰り返し心の中で言うーー。




