愛朱華を鳴らす
アキラはリーナを抱き締める。深くて柔らかい口づけは、お互いの呼吸を吸って吹いてを繰り返す。リーナの指先がアキラの頬を滑るとアキラの唇を優しく拭いた。
「リーナ、待って」
アキラの頬で何度も滑るリーナの指先は、アキラの掌が優しく包み込まれる。
アキラはもう一度リーナの唇に口づけをして、唇を頬から右耳の後ろへとすりつけた。鼻の先端で首筋をこすると「ふ」と、軽く息を吹き掛ける。
「アキラ……あの……」
リーナは息を吹く。全身が爽快で堪らず「あ」と、雛鳥が鳴くように声を溢す。
「リーナ……。ああ、リーナ」
アキラは唇を今度は首筋から胸元へとそって這う。最初は服の上から頬をおしあてリーナの膨らみがある肌の感触を間接的に確かめ、かぎ裂きの服の隙間から見えるリーナの素肌に唇をおしあてた。
「ちょっと熱いかもしれないけれど、いいかな」
アキラは、リーナの今にもはだけて肌が剥き出しになりそうな朱色のTシャツの上から緋色に光らせる右手を乗せる。
リーナから緋色に染まる反物がしなやかに解れる。風に乗って舞うように空間を漂い、途中で螺旋をしてリーナの後ろの床にゆっくりと墜ちていく。
「暖かい」
リーナの柔らかい肌に埋もるアキラは呟いた。
「あなたが愛おしい」
肌にアキラの温もりを受け止めるリーナは声を振り絞った。
ーーリーナ、一緒にいこう……。
ーー何処につれていってくれるのかしら? アキラ。
ーー手を繋いで、呼吸をととのえたら……だよ。
アキラはリーナを深く、深く抱き締めると、薄紅色の花が咲き誇る大地に根付く樹木を目蓋の裏に映す。
リーナはアキラの導きによって息吹きの路を踏みしめる。
お互いは寄り添い、光の海の中を泳いだーー。
アキラは今一度、リーナを包み込む。リーナは逞しくて広いアキラの胸板に耳をおしあて鼓動を聴く。
リーナは、樹木の枝から落ちた葉でいっぱいに敷き詰められる床に寝そべるアキラの腕の中にいた。
「アキラ」と、リーナは甘い吐息を吹きながら何度もアキラを呼ぶ。
「僕は、キミを抱いた。僕は、キミの肌に触れた。本当に僕は、僕は……でも……」
アキラは身体を火照らせ、震えていた。
「アキラ、大丈夫よ。ニャルーは小さなナイトが守っているし、それに樹だって……ね」
リーナはアキラが“威振”を抑えていることに察しているようなことをにじませて言う。
「そんなこと言っても【此処】を吹き飛ばしてしまうようで、恐いさ」
アキラは、おどおどした言い方をする。
「“あれ”を誰かさんは〈侵入者〉を追っ払うために使っていたわ」
「今思い出すことないよ」
リーナの笑みの湛えにアキラは顔を真っ赤に染める。
「ふふふ。でも、今度は違うと私は思うわ。だって、あなたは今ーー」
「ああ、キミが傍にいる。それだけで、穏やかで優しい気持ちでいっぱいと、僕は心地好くて堪らない」
アキラはリーナを抱き締めながら葉の絨毯から起き上がると、リーナを見つめた。
「此処は【志の都】だから、始まりの音を鳴らす。そう、樹は“新しい”のために〈楽器〉と象を変えた」
リーナは唇を震わせて、アキラの耳元で囁いた。
「新しく、始まる?」
アキラは濃青色の瞳を澄みきらせて言う。
ーー《称号》で哀しまない“時代”を……ね。
リーナは、アキラから離れると瞳を潤ませると背を後ろにしてうつむいた。
「リーナ?」
アキラは背中を見せるリーナに腕を伸ばして手を差し伸べる。
「アキラ、服をなんとかしようよ」
リーナの呟きにアキラは顔を真っ赤にさせて「ごほっ」と、咳ばらいをする。
「そ、それもそうだよな。ははは、確かに……だよ」
アキラはまごまごと、樹の空洞の辺り一面を見渡した。そして、壁と蔦鶴の間に挟まる紺色の長丈のベストを見つけると、リーナに羽織らせた。
アキラも、白のタンクトップと青の短パンを葉が被さる中から抜き取り……身体に纏った。
「体型はそのままで背が伸びただけなんて、羨ましいわ」
リーナは頬を膨らませてアキラを見つめる。
「……。いいから、やるべきことをすませよう」
アキラはリーナの頬を両手で挟むと「ふ」と、リーナの口から息が吹いた。
「急に真面目になるなんてつまらないけど、仕方がないわね」
笑みを湛えるリーナはアキラに口吻をした。
「僕の“威振”で奏でる音を【志の都】のありとあらゆる場所に響かせるよ」
「わたしも唱うわ。声を高らかにさせて……ね」
アキラとリーナは手を握りしめ、一度目を合わせてると額と額をくっつけると……。
お互い吸って吐いてと、息をするーー。
樹の空洞の壁が小刻みにに震え、床がさざ波のように揺らぐ。
樹の枝の暖簾は、しなやかな弦として弾かれる。
散らばる葉が舞い上がり、重なっては打ってを繰り返していた。
【志の都】に根付く樹木。リーナとアキラの呼吸と共鳴して、音を奏でるーー。




