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翠は微笑む  作者: トト美咲
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接輝

 見上げると、紫色に染まる空。

 訪れた場所で時の刻みを知るにはどうしたら良いだろうと、リーナ=キリシマは考えていた。


「時計を持ってこなかったのは、失敗だったわ」

 辺り一面が暗くなって、リーナが溜息混じりで言う。


「僕が、いけないのかな」

 アキラ=ヤナギは、唇を尖らせて頬を膨らませた。


「そうね。せっかく用意した道具を置いていくようにと、誰かさんのいう通りにしたから」


 アキラは「きつい言い方だよ」と、笑って言う。


「飲み物と食べ物はどうしようかな」

「そうか、キミにはそっちも必要だったよね」

「アキラも、でしょう」

「咀嚼をする食事は慣れていない」


「干からびるつもりなの」

「だから、噛むが苦手だけであって、けして食べるが嫌とかはなくて」

「私は、耐えられないわ」

「わかった。キミの為に僕は努力をするから」


「まっくらになる前にどうにかしてたどり着きたいわ」

「リーナ。たしかに美味しそうな匂いだよ」

「アキラ。ちゃんとご挨拶をしなさいよ」


「はい」

 アキラは腹部を両手で押さえながらか細い返事をする。


 そして、リーナはアキラの右腕を掴みながら薄暗い風景の中で揺らめく明かりを目指していった。



 ところがーー。



「がっかりだわ」

 リーナは、鼻腔を擽らせていた匂いの元を目の前にして膝を曲げて座り込んだ。


「〈白光草〉の明かりだって紛らわしい」

 アキラは、淡い蒼の光を瞬かせている草花が咲き誇る野原を見渡すと、背中を丸めて憔悴しきった顔をするリーナの肩を抱き寄せた。


「パンケーキが食べたい」

「ああ、たしかに匂いはそっくりだよ」


 鼻を啜るリーナを宥めるアキラが見つめていたのは、朱色の花を粒状で無数に咲かせる一本の樹木だった。


「ミルクームをそえて、ブランシロップをたっぷりとかけたら美味しいの」

「ミルクームというのは、白くてべたべたしてるクリーム状の油脂だろう」


「ブランシロップは、アキラが瓶を空っぽにさせたわよね」


 笑うリーナにアキラは「ぐっ」と、喉をつまらせるとリーナを腕の中に手繰り寄せる。

「僕だって〈発光草〉の瞬きを、家の灯りに見間違えた」


「ふふふ。これで『おあいこ』と、遠回しに言ってるつもりなのね」

 アキラが耳に吹き込む息で、リーナは声を甘くさせて言う。


「アキラ、あのね……」

「空が明るくなるまで〈発光草〉のお世話になろう」

「あなただってお腹が空いてるのでしょう? 私に遠慮しなくて良いのよ」

「僕はウッドブリンク族に育てられた。と、いつ知ったの?」


「ニャルーが教えてくれたよ。みんなであつめた花の蜜を美味しそうに食べてお腹いっぱいになると、すぐに寝ていたそうね」


「……。だからといって、ニャルーだけで採る花の蜜は高が知れているよ」

 アキラはリーナを抱いた両腕を解す。


「それでも、ニャルーはあなたの為に花の蜜を食べさせたいのよ。だから、食べなさい」


 リーナに支えられるように、アキラは立ち上がる。


「アキラ。おかわりを持ってくるから、お腹いっぱいになってね」

 〈発光草〉の花房を容器にして樹の花の蜜を抱えるニャルーが「かふり」と、甘い香りを含ませる息を吹いていた。




 ***




 〈発光草〉の瞬きが、ひと房ごとに消えていく。


「アキラ、起きている?」

「キミも眠れないの?」


 リーナとアキラは樹木の根元にいた。太い幹から四方八方に分けて根が伸びており、奥行きと空間がある隙間を二人は寝床にして横になっていた。


「ちょっと考えごとをしていた」

「たぶん、僕もキミと同じことだと思う」


 〈発光草〉の瞬きを寝灯り代わりにしていた。淡くて蒼い瞬きが徐々に消えていく。互いの顔が暗くて見えなくなるまえにと、アキラはリーナと手を繋ぐ。


「私たちは、時間がわからない場所にいる。どうなってしまうのかしら?」

「僕も初めて来た場所だ。何も起きないなんてあり得ないと、思っている」


「……。暗闇では、トライポイントを探すことが出来ない」

「〈歴史〉を探すことだよね」


「“種”を私の中で保存させる。そして〈歴史〉の“芯”を取り出す」

 リーナは寝返りを打つと、アキラを腕の中に手繰り寄せて抱える。


「〈女神〉がキミを時期『称号』に選んだ理由がわかったよ」

 アキラはリーナの鼓動を聴きながら言う。


「アキラ。私は、わからないわ」

「大丈夫だよ。そう、キミをーー」


 ーー母さんと同じような事と、思いをさせたくない為にだ……。


 アキラは目蓋を綴じて、寝息を吹いていくーー。




 ***



「おやすみなさい」

 〈トト〉は、地上の草木にひとつずつ、ペパーミントの薫りの吐息を吹き込んでいた。


 ーーおやおや、女神様。お身体に障るといけませんから、あなたもおやすみをされてください。


 〈トト〉の息を葉で吸い込む一本の樹木が囁く。


「キンモク=セイ。これは、私の役目。そして、あなた達が明日も大地で穏やかに根付くことが私の願い」

 〈トト〉は、キンモク=セイと呼ぶ樹木の枝の先端で咲く朱色で粒状の花房を、右手の小指でやさしく撫でる。


 ーー女神様、覚えていますか?


「ええ、勿論ですよ」


 ーー『あの時』わたしの一部が、遠くて近い明日の道標になると……。


「【あの場所】で無事に成長をしています。ね、ポロロ」


「はい。ちゃんと辿り着いて、見つけた。と、翠の便りが届いたのでしたよね」

 ポロロは、地面に落ちる花の粒を嘴で挟むと、喉を鳴らして飲み込む。


 ーー【あの場所】に時が刻まれて、命は廻る。素晴らしいです。


「キンモク=セイ。もう、おやすみなさい」

 〈トト〉の吹き込む吐息が、キンモク=セイの花の香りを夜風にまぜて飛ばしていったーー。



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