腹ごなしに軽く
ゾンビ化について何も知らない「単細胞」ツンドラ候は、腹一杯にゲテモンを詰め込んで満足した様子。
「あ~、うまかった。満腹だ。ゲテモン屋の料理は最高だな。また来るぞ」
ツンドラ候は金貨をカウンターに置き、立ち上がった。おつりなどという小市民的なことは言わない。ただ、わたしは、ほとんど口をつけなかったので腹ぺこだけど。
わたしたちは、他の客の冷たい視線を浴びながらゲテモン屋を出た。もちろん、ツンドラ候はその視線に気付いていない。
わたしたちは、馬車を停めたところまで、同じ道を反対方向に歩く。先ほどカオス・スペシャルの小袋をばらまいたところでは、小袋はきれいサッパリ無くなっていた。誰かが持ち去ったのだろう。帝都のスラム街でゾンビ化が一気に進行するようなことがあれば、帝都はタダで済まないかもしれない。
その時、ツンドラ候がいきなり、わたしの前をふさぐように歩みを止め、
「ちょっと待て」
見ると、前方から10名程度の人影がゆっくりと迫ってきていた。そのうち、約半数は体が小さいゴブリン、残りは標準的なヒューマンサイズのオークだけど、1体だけ、ひときわ大きくガッシリとしたヒューマノイド(すなわちオーガー)が混じっていた。
モンスターは、真新しいチェーンメイル、シールド、ショートソード等々で武装しており、わたしたちの周囲を遠巻きに取り囲み武器を構えた。ちなみに、ゴブリンやオークなど混沌のモンスターは、混沌の領域だけではなく、町でもスラム街など治安の悪いところにはよく出没するようだが……
「なんだか様子がおかしいな。ただの『ワンダリングモンスター』ではなさそうだよ。ぼくたちが来るのを待ってたみたいな……」
プチドラは、わたしの肩によじ登って言った。言われてみれば、確かに、ゴブリンやオークにしては装備品が立派すぎる気がする。わたしたちを闇討ちにするつもりで(ラードの差し金?)、待ち受けていたのだろうか。
ところが…… 「単細胞」は、そんな心配をよそに、
「混沌のモンスターどもがこの俺様に挑戦とは、片腹痛いわ! 腹ごなしに、軽く片づけてくれる!!」
ツンドラ候は「ウォー」と大音声を挙げ、拳を振り回して飛びかかっていった。そして、ゴブリンやオークたちを文字通り蹴散らすと、ラリアットでオーガーをはじき飛ばした。最後には、怪力を生かしてオーガーを抱え上げ、固い地面に向かって垂直にたたきつけた。オーガーは、ぴくりともしない(首が妙な方向にねじ曲がっている)。
オーガーがやられたのを見ると、オークやゴブリンは一斉に逃げ散っていった。
勝負は、結局、ツンドラ候の圧勝に終わった。ゴブリンやオークのみならず、それなりに重武装していたオーガーも相手にならなかったのだから、確かに、ツンドラ侯の強さは並ではない。そのことは認めるにせよ……
「やっつけてやったぞ。やはり俺様は最強、『無敵のエドワード』だ!」
ツンドラ侯の雄叫びが、スラム街にこだましていた。




