撤退
次の日も、そのまた次の日も無為に過ぎた。こちらからは動かないし、敵の攻撃もない。
司令官は混沌の領域に反攻する作戦を考えているようだけど、うっかり進むとゲリラにやられそうだし、補給路の確保も難しそうだし、猟犬隊員もリラクタントだから、こんな状態で無理矢理侵攻しても良い結果は期待できまい(大敗を招くだけだろう)。のみならず、敵方にキム・ラードがついている可能性もある。ここは退くのも、一つの手か……
5日目の昼前、わたしは遅い朝食を食べながら、
「ねえ、プチドラ、いっそのこと、猟犬隊を宝石産出地帯まで撤退させようか」
「撤退? 弱気だけど、どうして??」
「進攻してもうまくいきそうにないわ。ここに留まって無駄に時間をつぶすより、マシでしょ」
「そうだね。その方がいいかもね。この前は、宝石産出地帯に集結していた混沌の軍勢をまとめて撃破できたから簡単だったけど、今回は敵の姿も見えないんだから」
こうしてあっさりと撤退が決まると、陣内は、誰も口には出さないが、喜びに包まれた。司令官も口ではしきりに「残念、残念」を繰り返しているが、顔は笑っている。
猟犬隊はその日のうちに陣を引き払い、宝石産出地帯までの帰途についた。宝石産出地帯でドーン招集の予備の部隊と交替させ、とりあえず休養を取らせることとしよう。
わたしは隻眼の黒龍に乗り、早々に館に引き揚げた。ドーンはわたしの姿を認めると、
「おお、カトリーナ様、すごく早かったですね。こんな短期間で乱を鎮めるなんて、さすが!」
「違うのよ。結論から言えば、鎮圧は失敗」
するとドーンはギョッとして飛び上がった。わたしは、現状では進攻が困難なことや、なぜだかキム・ラードと出会ったことなどを話した。ドーンはとっても口惜しそうに、
「しかし、負けたまま引き下がるというのは、なんとも…… それに、カオス・スペシャルを敵に奪われたのは、財政的にも大きな損失です」
「混沌の勢力に少しの間だけカオス・スペシャルを貸してやると考えれば、腹は立たないでしょ。そのうち利子を付けて返してもらえばいい。それに……」
わたしは言いかけて口をつぐんだ。カオス・スペシャルによる利益は莫大な額に上り、今では、マーチャント商会への借金を完済しても、なお余りが出るほどになっている。宝石産業の再生に目途も付いたことだし、場合によってはカオス・スペシャルを捨てても惜しくない。ゾンビ化が問題になった時に、知らん顔をすることもできる。
「あの、カトリーナ様、『それに』の後は???」
「なんでもないわ」
今は言わない方がよさそうだ。ドーンはわたしよりも欲張りだから。




