恐怖症の神様
「『明日は目が覚めないといいな』って歌った人、誰だっけ?」
「……誰だっけ」
「もう、綾ったら忘れてたの?」
「奈々もでしょ」
「私は綾が聴いてたのを隣で聴いてただけだから、覚えてなくて当然よ」
「そう」
「ああ、でも、なんだか黒い髪がすごく綺麗な人が歌っていた気がする」
「そっか」
私は奈々の細くなった手を握る。
強い薬のせいで、現実と夢、過去と現在もわからなくなっているか弱い彼女の手を握る。
「ねえ、奈々。なんで、いきなりそんなことを言うの?」
「その歌詞が素敵だと思うからよ」
「そう」
辛い現実よりも、素敵な夢を奈々は選びたがっている。
「じゃあ、奈々……私と一緒にそういう世界に行く?」
彼女が手を握り返し、頭を私の胸に預けた。
「綾となら……いいかもね」
胸にある死の色をした染みが広がって、優しく心を撫でるのがわかる。
2人で死ねたなら、幸せかもしれない。
神様が与えた試練に抗うための愚かで甘美な手段を、選びたくなる。
「馬鹿」
「綾こそ」
胸の中で奈々はそう言って眠り始めた。
彼女をベッドに寝かせて、その唇に口づけをする。
あの歌詞の後に続く言葉を彼女は思い出せないようだった。
歌詞は、こう続く。
太陽が昇った『明日』が来て、私を笑ったーーーと。
その歌詞に願いを込めながら、恐怖を与えようとしてる神様を呪った。




