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百合百景 ~二分で読める百合短編~  作者: 荒井チェイサー
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初戀の残滓

 本が好きで図書委員会になったのは良かったけれど、積み上がった本がこんなに重いなんて知りたくはなかった。

 本来ならば、私の他にもう一人図書委員がいる筈なのだけど、彼は今、この図書室から見えるグラウンドで、元気よくサッカーボールを蹴っていた。

 望まないで図書委員になった人間には、放課後に図書室にいるのは苦痛なのだろう。

 窓から差し込むオレンジ色の優しい光を背中に浴びながら、本を一冊一冊丁寧に返していく。

 最後に『初戀』と表紙に書かれた本を棚に戻し終え、貸出のカウンターに戻ろうとそちらに視線を移すと、そこに二年生の綾菜先輩がいた。

「亜美、これ、借りたいんだけど」

 彼女は無表情でカウンターの上に置かれた本を指差した。

「は、はい」

 お姉ちゃんの友達だったから面識はあったけど、未だにこの人には慣れない。

 表情をあまり変えないし、常に本を開いて、物語に身を任せているようで、現実には興味が無さそうだった。

 カウンターに入り、彼女が置いた本のバーコードを読み取ろうとしたら、エラーが出た。

「あれっ?」

 何度も挑戦してみたけれど、エラーがその度に出るだけだった。

 あたふたとしていると、綾菜先輩がカウンターの中に入り、二人羽織になるように体を重ねて、パソコンを覗いてきた。

 密着したことによって、彼女の髪の毛が私の顔の近くで、甘い匂いを放ちながら揺れていた。

「図書委員のコード番号入れ忘れてるわね。これ、皆、よくやるのよ」

 くすくすと笑いながら、パソコン画面の縁に貼ってある番号を入力し終えると、彼女は自分の借りたい本のバーコードをスキャンして、自分の図書カードもスキャンし、手続きを終えた。

 私は、彼女が後ろから覆い被さってきた時の感触が体に残っていて、何も考えることができなかった。

「本、借りて行くわね」

 本を自分の鞄にしまい終えた綾菜先輩は、そのまま図書室を出て行った。

 さっきの感触が徐々に薄れ始めると、頭の中が冷静になってきた。

 近すぎる距離が、少し怖かったのに、それ以外のドキドキがあった。

 触れ合いたいとすら、思った。

 できることなら、深く、深く。

 自分の気持ちがわからなくなって、深く息を吸い込む。

 吸い込んだ息の中に、彼女の匂いの残滓が混ざっていて、落ち着くどころか、余計に心臓の音が早くなりはじめてしまった。

 自分の胸を押さえながら、彼女が本を返す時に会えたら……パソコンに図書委員のコードを入れ忘れようと決めた。

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