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百合百景 ~二分で読める百合短編~  作者: 荒井チェイサー
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ユキガフル

 人類は冬眠するべきだと本気で考えたその日の朝は、深夜から降り続いた雪のせいで、一面が真っ白になっていた。

 窓を開けて手をかざすと、掌に大粒の雪が乗ってくる。くすぐったいような感触の中で、雪は体温で融けて、水になって私の肌を少し濡らした。

 壁にかけてある時計を見ると、スマホの目覚まし時計機能が起動する5分前を指している。

 この時間にしては人通りが少ない。

 国道近くのわが家は、私が起きる時間になると煩さが増していく。

 30分もすれば私も迎えに来てくれる智子とその煩さの中に飛び込んでいくのだけど、今日は飛び込む場所が無い。

 階下で母が叫んだ。

「由希ー、朝よー」

「はぁーい」

 起き上がり、部屋を出て行こうと扉を開けた瞬間に、窓の外からドサッという音がした。聞きなれないその音が、雪の落ちた音だと察しがついたのは、少し後のことだ。


 台所に行くと、いつも出発しているはずの父が新聞を広げていた。

「あれ?お父さん、どうしたの?」

「ああ、この雪で電車もバスも止まったみたいでな。自宅待機になった。参ったなあ……」

 少し困ったような声を出していたが、声が軽くて、嬉しさを隠せていない。

 急な休みが嬉しいようだった。

「へえ」

 その嬉しそうな声にツッコミをいれることもなく、返事だけをしておいた。

「もしかしたら由希の学校もそうかもしれないぞ。確認しておきなさい」

 父が咳払いの後にそう言った。

 そうか、交通機関が塞がれてしまったら学校にも行けないのだから、休みということもありえるかもしれない。

 目の前にあるパンを齧り、ゆっくりと噛みながらぼんやりと考える。

 今日が休みなら……どう過ごそうか。

 それを考えると口元が勝手に緩んでいく。

 私も父のことは笑えないようだ。


※※※


 朝食を食べ終えて二階へと行くと、学校からメールがスマホに配信されていた。

 案の定、学校は今日は休校となった。

 階下にいる母にそのことを告げ、パジャマのままでベッドに寝転がった。

 今日は二度寝をしても怒られない、そう考えると、体は勝手に弛緩していき、眠りに体を預ける体勢になっていく。

 上下の瞼が仲良くなる直前に、玄関の呼び鈴が鳴った。

 しばらくすると、階下で母が叫んだ。

「由希、智子ちゃんが来たわよ」

 閉じかけていた目が、一瞬にして開く。

 折角の休みに、智子は何してるんだろう。家で寝ていればいいのに。

 彼女は母に案内されて、階段を昇って私の部屋に入ってきた。

「おはよ」

「おはよ……って、どうしたの?」

「どうしたの、って。学校に行こうと思って」

「えっ!?トモ、メール見てないの?」

「メール?」

 彼女は首を傾げた。

 ああ、まただ。多分、智子はメールを読まなかったのだろう。

「鞄に携帯入れちゃったから、見れなかったみたい。どんなメールだったの?」

「今日、学校休みだってさ」

「なんで?」

「雪で交通機関が麻痺してるから、だってさ」

「そっか……休み……休みね」

「もうちょっと早く気付けば、トモも家で二度寝できたのに。もったいないねえ」

 笑いながらそう言うと、彼女は私の寝ているベッドに腰を下ろし、私の顔を撫でた。

「全然もったいなくないよ」

 着ているコートを脱いで、マフラーを取り、智子はベッドの上で正座をする。制服のスカートの腿の辺りを叩いて微笑む。

「こちらで二度寝はどうですか?」

 智子が微笑んだ瞬間に、私の顔は真っ赤になった。

「よっ……喜んで……」

 膝が見える程の長さのスカートが、太腿の辺りで窪んでいる。

「おいで」

「し……失礼します……」

 膝枕に頭を埋めると、智子がゆっくりと愛おしそうに頭を撫でてきた。

 気持ちよすぎて、声が出そうだった。

「どう?」

 上から覗き込んでくる彼女に対して頷く。

『出来ればこのままで冬眠したい』なんてことを考えながら、私は目を閉じた。

 そして、そのまま私達はキスをした。

 上唇と下唇がさかさまになる、不思議な感触で、雪が融けてしまいそうなほどの熱いキスを、いつまでも、いつまでも……。

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