第4話 夜明け前の死闘
AM2:00。
白い塔・当直室。
そこはドクターが身体を休める部屋である。
いくら命を扱う現場とはいえ、ドクターといえど24時間働き続けるわけにはいかない。
交代制の当直勤務。
その一角に身を置いていたドクターは、ベッドに体を沈めていた。
――プルルル。
耳障りな電話のベルが、静寂を裂いた。ドクターは重たい瞼をこすりながら、受話器を取る。
「急患か? ウチは今、手が――」
その言葉の続きを、ドクターは飲み込んだ。
電話口からの声に、眠気が一瞬で吹き飛んだ。
「……至急、他の塔にも緊急要請を出せ。今ここがやられるわけにはいかない」
白衣を羽織る音もそこそこに、ドクターは当直室を飛び出した。
廊下で看護師が待っていた。
無言で差し出された武器、それは長柄の薙刀。
汎用性装備――“メス”。
「先生、よろしくお願いします」
その一言に、ドクターは頷いた。
⸻
防御陣営に到着すると、白衣を着た若者が一人、震えながら待っていた。
名札には「研修中」の文字。
「新人には重すぎる現場になったね。でも安心して。君は僕から離れなければいい」
「は、はい……!」
看護師たちに後衛を任せ、ドクターと研修医は前線へと進む。
「先生、“アベンジャーズ”って、何者なんですか?」
「忌まわしき組織だ。幾人ものドクターが、あいつらに殺された。彼らは“病人”の集まり――ただの患者ではない。思想も、行動も、過激すぎる」
震える声で質問する研修医に、ドクターは冷静に応じる。
その時だった。
「なんだ、ドクターと研修医の二人だけですか」
暗闇の奥から、男の声がした。
そこにいたのは一人の男。
細身だが異様な気配を放ち、無数の傷跡が体中に浮かび上がっている。
「見たところ、内科のドクターだな。研修医くん、悪いがここで死んでもらうよ」
言い終わるや否や、斬撃が飛んできた。
ゆっくりとした一撃。
素人でも避けられるほどの遅さ。
「先生、避けられます!」
研修医が身を引こうとした瞬間、ドクターが彼の肩を引き倒した。
尻もちをついた研修医が文句を言いかけたところで、斬撃が通過したのは“今、自分が立っていた位置”。
「……やるねぇ、あんた」
「経験が違うし、これが僕の専門分野だ。今ので確信が持てた。お前、多重人格だな」
「多重人格、ですか?」
「今は“解離性同一性障害”と呼ぶ。複数の人格が入れ替わるごとに、攻撃のテンポも速度も変わる。あれは、一撃じゃない。いくつもの人格が織りなす多重攻撃だ。注意しろ、目の前の動きに騙されるな」
ドクターはそう言い放ち、闇に飛び込んだ。
⸻
斥候部隊と思われる敵は一人――だが、その動きはまるで別人が交互に戦場に現れているかのようだった。
ドクターは一度目の斬撃を“払う”ようにメスを薙ぐ。
まるで音もなく、敵の攻撃が空を切る。
「……人格、交代したな。今度は“暴力衝動型”か」
次の一撃は先程とは比べものにならない速度でドクターに襲いかかる。
刹那、メスが閃き、火花が散った。
「さすがドクター……でも、まだまだいくよ!」
敵の目が赤く染まる。次の瞬間には性格が“冷静分析型”に変わっていた。
「無駄な動きが多いですね。あなた、外科ですか? 内科医ならもう少し慎重に……」
「僕は“精神科”だ。ある意味君の天敵だよ」
ドクターは刃の柄を握り直し、回転するように斬り込んだ。
敵は交代した人格でそれを受け止めるが、その瞬間、動きに一瞬の隙が生まれた。
「今だ!」
研修医の叫びと同時に、ドクターの薙刀が敵の肩を捉える。
しかし次の瞬間、敵の人格が“痛覚鈍麻型”に切り替わり、笑いながらこちらを見る。
「……効かないよ、それぐらいじゃ」
「効いてないフリだろう?」
再び飛び込むドクター。
敵は交代のタイミングを見誤った。
次の人格が切り替わる“ほんのわずかなタイムラグ”。
その一瞬に、ドクターの薙刀が敵の腹部を薙いだ。
「ぐっ……!」
血飛沫が舞い、敵の膝が崩れる。
「まだ……まだ人格は残ってる……!」
「研修医くん、後退! これは仕留め損なうと危険だ」
ドクターは研修医を下がらせ、敵にとどめを刺すため一気に距離を詰めた。
敵の目がぐるりと回転し、最後の人格が現れる。
「“逃走型”か。自己防衛に特化しているな」
敵は叫びながら後退する。
瞬間、爆発的な速度で逃げようとしたが、ドクターの薙刀が風を斬り、足を斬り裂いた。
「逃げ足だけは早い……でも、足を失ったら意味がないだろう」
敵は地面に倒れた。
「人格が崩壊している……もう使い物にはならない」
そう呟いて、ドクターは立ち尽くす敵を見下ろした。
⸻
戦いが終わった頃には、夜が明けかけていた。研修医は地面に座り込み、肩で息をしていた。
「先生……これが、ドクターの戦場なんですね」
「違う。これが“白い塔”の現実だよ。僕たちは人を救う者であり、時に人の手で人を裁かなくてはならない」
ドクターは血のついた薙刀を拭い、背負うようにして立ち上がった。
「忘れるな、研修医。命は重い。だがその命を狙う者がいる限り、僕たちは白衣を血で染めるしかない」
朝の光が、ようやく塔の窓を照らした。
――戦いの夜が、終わった。
―――
「戦いのどさくさに紛れて白い塔に潜入成功しました。オペレーションを開始します」
闇夜の戦闘に紛れて1人の兵士が白い塔内部へ潜入していた。
「待っててね、お兄ちゃん」




