第3話 白い塔
目が覚めるとそこは見知らぬ天井だった。
ここは……どこだ?
「……ゴホッ」
声を出そうとしたが、上手く声が出ない。
どうやら口の中に管が入っているようで上手く口を動かせないみたいだ。
管は頭元の機械に繋がっていて、体内に空気を送っている。
おそらくこれが人工呼吸器とかいうやつだろう。
部屋の様子を伺うと、よくわからない機械が波形を表示していた。
波形が現れるたびに、電子音がピコンピコンと鳴り響いている。
体を動かそうとするが動かない。
何かで拘束されているようでほとんど動かすことが出来ない。
何も出来ないのでしかたなく、今の状況を理解することにした。
俺は何故ここにいるのだろうか。
たしか、救急車で白い塔へと向かう途中で何者かの襲撃にあったはずだ。
アイリ……あの男はアイリを連れ去って行った。
そして、俺を迎えにも行くと。
アイリは無事だろうか。
少しずつ思い出してきた。
ということはここは白い塔なのか。
ガラガラと扉の開く音がなり、白衣をまとった男と数人の女が入ってきた。
「目が覚めたようだね。体は動かせるかい?」
「むーむー!」
「あぁ、悪い悪い。管を入れっぱなしだったね」
男は私に近づき、俺の口から管を引き抜き拘束を解いた。
「ゴホッゴホッ!」
「名前とここがどこか、教えてくれるかな?」
「私は、カイリ。進藤カイリ。ここは白い塔ですよね?母さんは大丈夫ですか!?」
「名前と場所はよし。記憶に問題は無さそうだね。ここは白い塔だよ。君は緊急手術が必要な状態でね、ここに運ばれてきたんだよ。君のお母さんは残念ながら亡くなられたよ」
予想はできていたが、母さんの死が確定してしまった。
俺は辛くて泣きたい衝動に駆られたが、泣かないようにした。
泣く時はアイリと会えた時にしようと心の中で誓った。
母さん…あの時薄れいく意識の中で最後に母さんに助けられた気がする、ありがとう。
男は後ろにいた女たちにメモを取らせながらいくつか質問してきた。
質問自体は簡単で、俺に異常がないか確認してるみたいだった。
窓もなく、まるで隔離されているかのような病室。壁は1面白塗りで、四隅には監視カメラが取り付けられている。
外の様子を知るものは何も無い。
「俺のスマホはありますか?」
「ここにはないよ」
「テレビとかないですか?」
「ここは集中治療室だからね。そういうのは一般病棟に移らないとないんだ」
外の情報を知る方法は今のところ何も無い。
「君が病気をコントロールできたら一般病棟に移るからね。それまでの辛抱だよ」
先生と呼ばれる男は、俺を安心させようと優しく微笑んだ。
「何かあったら看護師さんに言ってね」
先生と呼ばれる男はそう行って病室から立ち去った。
「明日からリハビリですから、頑張りましょう。今日はもうお休みになってください」
看護師たちはそういうと、点滴に何か薬を注入し、病室から出ていった。
俺はだんだん眠くなっていき、意識が保てなくなっていた。
だが、どうしても引っかかることがあった。
先生の言葉を頭の中で反芻する。
一般病棟に移るための条件。
君が病気をコントロールできたら。
なぜ先生はそう言ったのか。
普通に考えるなら君”の”病気をコントロールできたら、だろう。
俺は薄れゆく意識の中でそれを考えるがこの時はなにもわからなかった。
翌朝、看護師に連れられてきた所はリハビリ室と書いてあった。
リハビリ室には何一つ機材はなく、病室と同じ作りで窓すらない。
そこには見知らぬ男が立っており、看護師から送りを受けていた。
送りが終わると、男はこちらに向き直った。
「リハビリを担当する、理学療法士です。まずどの程度動けるのか見せてもらいますね」
言い終わると同時に殴りかかってきた。
突然の出来事に反射で体が動き、後ろにステップして避ける。
「なっ、何をするんですかいきなり!?」
「体の動きの確認ですよ」
男はそういい、距離を詰めてくる。
放たれる拳の速度が先程よりはやくなった。
避け続けるごとに、男はギアを上げているのか加速していく。
俺は辛うじて避けるが、これ以上スピードがあがると避けるのは難しいだろう。
ならばと、あえて攻撃を受けて腕を掴むことにした。
相手の拳を頭で受け、左手で腕を掴んだ。
「最初からここまで動けるのは素晴らしい!ブランクを感じませんね」
男はそういい俺に腕を掴まれたことに驚いていたが、言い終わると同時に鋭い蹴りを脇腹に入れてきた。
「油断してはいけません。今のが実戦なら死んでいましたよ」
蹴り飛ばされた体を引きずりながら、俺は壁に背を預けて荒い呼吸を整える。
痛みはあるが、骨や筋を痛めた様子はない。
ただ、体の節々が悲鳴を上げていた。
「じっ、実戦ってどういう意味ですか?そもそもなんですかこのリハビリは!」
男は俺の問いかけに考え込んでいたが、突然笑いだした。
「何も教えてもらってないんだね。ならば、一つだけ教えてあげるよ。君はもう”病人”だよ」
病人、その言葉が脳に焼きついたように、俺の中に重く沈んだ。
そう、あの医者も言っていた。「君が病気をコントロールできたら」と。
だが、今の言い方はおかしい。
病気を“患っている”ではなく、“病人になった”と言った。
「……どういう意味ですか」
壁に背を預けたまま、俺は男を睨んだ。
息がまだ整いきっていない。
でも、それ以上に頭の中が混乱していた。
男はフッと鼻で笑い、ポケットからカードのようなものを取り出して見せる。
「君は“対象者”に選ばれた。治療、観察、強化、そして――選別。そのすべてのプロセスを経ることになるんだ。『白い塔』とはそういう場所だよ」
カードには見覚えのない記号が刻まれていた。
まるで数字と文字が混ざりあったような、読めない言語。
だが、どこか既視感があった。
「強化……って何の話をしてるんですか?俺は怪我をしてここに連れてこられたんですよね?!治ったら帰れるんですよね?!」
俺はこの男が何を言っているのか理解が追いつかなかった。
「君の“病気”は、そういうレベルの話じゃないんだよ。君の父親もそうだった」
男の顔つきが変わった。
さっきまで軽く笑っていた表情が、冷たい仮面のような無表情へと変わる。
「“病気”とは呼ばれているが、実際は能力だ。君は、発現しかけている。だから、ここに連れてこられた」
能力?それに、父さんも…。
「父は、父さんはまだ、この施設に居ますか!?」
男は静かに首を横に振る。
そうか、父さんはもう……。
「教えれるのはここまでだ」
そういうと男はどこかに電話をした。
すると看護師たちがきて、病室へ連れていかれた。
看護師たちに聞いても何も答えてはくれなかった。
白い塔、そして病人。
色んなことが起きすぎて、考えてる内に、眠りについた。




