そしてエタった作品をどうするか
【つまりエタったらどうするか?】
ここまでつらつらと述べてきましたが、きっと作品をエタらせた作者さんが、このエッセイを読んだ時、知りたいであろう内容には触れていません。
エタった時にどうするか、です。
……と言っても、自分が書ける内容など、大してありません。
個々の作者さんが、エタらせた作品をどうしたいのか。それがわからないと答えようがないですから。
執筆を諦めるのか。
足掻き続けるのか。
当然ですが、この二択を選ばない限り、話なんてできません。
執筆を諦めるのならば、早々に諦めましょう。
ただ忘れてはならないのは、読者への謝罪です。
このサイトに投稿しているのであれば、サーバーからデータが消去されない限り、あなたの作品は世の中に残り、人の目に触れ続けるのです。
作品を読み、続きを楽しみにする読者さんも、少なからずいるでしょう。
その人を永遠に待たせていい理由は、ありません。
なにも失礼ではないと思うのは、間違いです。
だったら『今の自分の能力では、この続きを書くことができません』と認めて謝り、読者さんに見切りをつけてもらうことです。
それで文句を言われようと、仕方ないことです。
でも、苦情を真摯に受け止めれば、終わることができるのです。
書けなくなった作品をどう続けようかと、悩む必要はなくなります。
そして次の作品に取り掛かるのか否か、創作活動そのものを続けるのか辞めるのか、改めて考えればいいことです。
不意に続きを思いついて書きたくなれば、再開すればいいだけです。
諦めるのは嫌でしょうか?
多くの作者さんは、エタった作品をなんとかしたいと考えるでしょう。
でしたら、徹底的に足掻いてください。
そう言うと『具体的になにをすればいいか』という話になるのではないかと思いますが、そう問われても、少なくともこのエッセイでは、自分に言えることはありません。
個々の作者さんに相談を受けて、作品を読んだならば、なにがエタった原因か想像でき、なにか言えることがあるかもしれません。
でも全てのパターンに当てはまる話は存在しませんから、『足掻いてください』以上の話を、ここで行うことはできません。
しかも『これが原因でエタった』と指摘しても、作者さんはまず受け入れないでしょう。
それが小説家に限らず、クリエイターという人種です。自分が正しいと思った道を突き進もうとし、他人の親切は理にかなっていても『大きなお世話』と思ってしまう。そして親の小言と冷や酒のように、後になって理解できて、後悔と共に効いてくるのです。
エタった原因がわかっているなら、それをなんとかしてください。
原因がわからないなら、その解明から務めてください。
なにがいいか、なにをすればいいかなんて、その人次第ですから、手当たり次第に試してください。
作者さん自身が納得できるまで、あらゆる事をしてください。
極論に思われるかもしれません。
でも、エタるということは、その極論を選ばないとならない事態なのです。
なぁなぁで続けて、作品が書けるわけないのです。




