なんとなく:評価されない作品を読む
【なんとなくでエタった場合】
このサイトを利用する作者さんの多くは、読者でもあると思います。
しかしランキング上位の作品、しかもその中でも、自分と波長の合う、似通った作品しか読んでいないのではないかと思います。
しかしエタに関わらず、小説が上手くなりたいなら、ランキングからかけ離れた、全く評価されていない作品を読んでみてください。
このサイトのランキングはちょっと特殊なので、全国の書店で幅広く売られているプロの作品に置き換えて考えます。
売れているということは、その作品は世間での成功例です。
作者さんの多くは、そんな成功例を読んで触発され、『自分もやってみよう』と小説家への道を歩み始めたと思います。
しかし成功から学ぶものは少ないのです。
成功例から学ぶことができるとすれば、応用のできる基礎力を持つ人に限った話です。
本屋に行けば、実用書というジャンルがあります。
その棚に、仮に『億万長者になる方法』という本があったとします。
その本を買えば、自分も間違いなく億万長者になれると、本気で思いますか?
もしも本気で思うのであれば、残念ながらあなたは『おめでたい人』と世間の人に判断されることになります。
その本の筆者は書かれた内容に従って、本当に億万長者になったかものしれません。
しかし同じことを繰り返そうとしても、筆者の環境とは違うため、別の人間にはまず不可能です。
筆者が文章を書いた時期と、読者の読んでる時期、株価や金相場は同じでしょうか?
筆者が会社を起業して成功したと書かれていたら、同じ業種で同じ規模の会社を興せば成功するでしょうか?
もっと端的に『競馬の万馬券で億万長者になりました』と書かれていたら、競馬場で超大穴狙いの馬券ばかり買えば当たると考えますか?
その手の本の正しい使い方は、自分の環境と照らし合わせても使える、成功へのヒント探しです。
同じ実用書でも、書かれた通りにすれば失敗しない、園芸や料理の本とは違うのです。
成功例を参考にしても、自分が成功するヒントはほとんどないのです。
だから逆にランキングとは無縁の、評価されていない作品――ありていに言えば『失敗例』から学び取るのです。
こういう言い方をすると、その失敗例を作った作者さんに失礼でしょうが、特定の名指しをするつもりはないので、ここではそのまま進めさせて頂きます。
さて、なぜこういう事を言うかというと。
作品が評価されていないのは、相応の理由があるからです。
作品設定が矛盾してるからかもしれません。
誰の目にも明らかなほどの矛盾を放置していたら、設定を定められずに常にひっかかってるわけですから、物語が破綻して当然です。
題材がマニアックからかもしれません。
流行から外れていると考えると、その作品の悪い部分と言えるかもしれません。
しかし一般標準の感覚から離れても、マニアな読者層は必ず存在します。それでも評価されていないならば、なにかしら内容に問題があるはずです。
退屈だからかもしれません。
それも延々と平坦な道のりを歩いているような退屈さと、状況が理解できずに置いてけぼりにされている退屈さは、異なるものです。前者はある程度は『作風』と判断できますが、後者は決定的に説明が不足してるということです。
『どうしてこれが評価されていない?』と思う隠れた名作があったなら、その作者さんの広報活動が悪かったということです。
そんな作品を見つけたなら、『オレが代わりに広めてやる』くらいの気持ちで、是非ともレビューなり他の方法なりで、作品を広めてあげてください。感謝はされど、文句を言われることはありません。
人間は不思議なもので、自分の悪い部分はなかなか気づけませんが、他人の悪いところはすぐに気づきます。
なので失敗作を読んで気になる点を見つけたら、ご自分の作品に当てはめてください。
すると『いや、これはこういう理由で~』などいう言い訳が思い浮かぶものがあるはずです。
それがあなたの作品の欠点です。欠点ではないなら、擁護する理由はないのですから。
直そうにも直せないことは多々あるでしょうから、『直せ』とは言いませんが、直す努力は必要でしょう。
作者の視点と読者の視点は、表裏一体です。
作者の考え方では許容できることでも、読者の考え方では許容できないのです。
あなたの読んだ失敗作と、あなたの書いた作品は、他の人間から見れば、同じ欠点を抱えた作品なのです。




