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3-12 ここをまたぐのも、引き返すのも、その一歩は自分で自分を奮い立たせろ

 モーイン団はワグル人を中核とした混成人種50人前後で構成されており、プリマムの暗黒街を仕切る3大組織の1つらしい。


 ゾロスト伯爵は、貧乏貴族の子息にすぎなかったが、モーイン団の非合法的な助力を得た。


 成り上がっていくゾロスト伯爵を快く思わないワグル人もいたが、謎の集団からの嫌がらせ、あるいは謎の死を遂げている。


 ワグル人コミュニティの代表格となったゾロスト伯爵には、黒い噂が常に付きまとっている。おそらく、マントン伯爵はゾロスト伯爵の悪事を捜査していたのだろう。


 と、ここまではパブリース姐さんの情報。


「ヴァーバ君がそこまで足を踏み入れたって知ってしまった以上、私だって事の顛末を知りたくなってくるわ」


 姐さんは、白磁板片手に鼻息も荒い。眼鏡のレンズの奥を光らせながら、口元には不適な笑みを浮かべている始末。


「ビッグニュース。ギルドサイトに掲載したら、プリマム中がひっくり返るわ。ヘッヘッヘ。レンテス・パブリース、一世一代の大仕事よ」


 姐さんの私利私欲感はいなめないが、ライターの同行は都合がいい。


 危険なので付いてこなくていいと俺は言った。つまり、姐さんが巻き込まれようが殺されようが知ったこっちゃない。


 族長ネコは連れてきているものの、アニーの背中に担がれて、終始、怯えて丸くなっており、巨大な毛玉になっているだけ。


 一方で、俺の下僕どもは、葬式にでも向かうような真っ青な顔でいる。怒号の罵りが効くか効かぬか、そればかりをずっと不安がっている。


 プリマムの6番街に在するゾロスト屋敷に向かう道すがら、噴水広場でとうとう下僕どもは立ち止まった。


「あ、アニキ……、やっぱり、違う方法を考えたほうが……」


「先生、穏便に、平和的に解決するのも、賢いやり方かと……」


 噴水広場から向こう側は貴族エリア、こちら側は平民エリア、ここを通り過ぎれば敵地同然となる。


 俺は弱気な下僕どもを見つめる。


 まだ、プリマムの町は昼下がり。物売りのバアさんたちがそれぞれに商品を広げ、噴水を囲うようにして肩を並べている。


 天高く噴きあがる水が、無数の玉になって池に降りそそぐ。


「怖いのなら、怖いと正直に言え」


 アニーも、パブリースの姐さんも、じっとして凸凹を眺める。


 噴水がただただ飛沫を奏でている時間、ピンギもメシスも視線の先を足元にしてただただ押し黙る。


「お前は--」


 自分の声がいつものように尖らないよう、言葉を噛みしめながらゆっくりと口を開いた。


「初めて俺と会ったとき、こう言った、メディアドリームを実現させたい、と。今はしがない魔法使い、しかし、努力すればいつかはかなえられる」


 ピンギは薄っぺらい唇を噛みしめながら俺を見やってくる。その唇はかすかに震える。やがては、その瞳がかすかに揺らぐ。


「お前は俺に土下座してこう言った、俺の生き様を学ぶために弟子にさせてくれ、と」


「違うんです。こんなはずじゃないんです。こんなはずじゃ」


「俺と共に戦うのも勇気。俺と別れるのも勇気。自分の道を自分で歩むには、何事も勇気が必要だ。ここを跨ぐのも、引き返すのも、その一歩は自分で自分を奮い立たせろ」


 俺はマントの裾を翻し、貴族エリアへと足を運ばせる。


「ちょっと!」


 アニーが駆け寄ってくる。


「彼らが必要でしょ? 自暴自棄になっているの? みんなで一緒に行こう。ね?」


「フン」


 鼻で笑う。


「わああっ!」


 と、クソガキが叫び声とともに俺のあとへと突っ走ってくる。


「チクショウ!」


 と、巨大男がドタドタと俺のあとを追いかけてくる。


「アニー。俺は仲間を見捨てるようなボンクラとツルんじゃいないぜ」


 アニーは毛玉を背負ったままに呆気に取られている。ものの、すぐに頬を緩めた。目尻を優しく崩した。うん、と、軽くうなずいた。


「そうだね。レイジー」


 彼女のその表情は今まででもっとも穏やかなものだった。草原のど真ん中で思いがけずに出くわして、肩を寄せ合いながらメシを食って、酒に飲まれて潰されて、泣いて、怒って、罵って。


 たった何日間の出来事でしかないのに、古くからの付き合いのように思えてくる。


 俺は読んで字のごとく愚か者。強くなればなるほどに、言葉は汚くなり、性欲が増していき、獰猛にさえなっていく。そして、そんな自分自身に疑問も抱かない。


 しかし、今、プリマムの町の小綺麗なメインストリートを行く俺は、(なぎ)の日の湖水のようなフラットな心持ちだ。


 それはきっと、天下無敵国士無双ではなくなったからだろう。


 そう、俺は頂点にいない。山の頂を目指し、そこに足を踏み入れていくのだ。それは挑戦であり、冒険である。こんなに恐ろしくて、しかし、愉快なことがあるだろうか。


 殺し合いの果ての高見を目指す。愚者の道だ。


 王城を主にして、1番街から30番街まで、貴族エリアの路地は平民エリアと違って、隅々まで清掃されており、生垣には花が色とりどりに溢れている。


 すれ違う大半の人間は、兵士から召使いのオンナ、車を引く馬までもが身だしなみを整えており、冒険者風情の俺たちを一瞥(いちべつ)していく。


 そして、番地の数字が若くなっていくにつれ、住居は生垣に囲われた敷地とともに大きくなっていった。


 6番街の一角にそびえ立つゾロストの屋敷は、52番街のアニーやカンチェロのアパートよりもでかい。生垣の向こう、煉瓦造りの建物は背の高い木々に囲まれており、中の様子はとてもじゃないがうかがえない。


 しかし、門は、開いていた。


 閑静な屋敷街、辺りには人っ子1人いない。


「わ、罠じゃないんですか、先生」


「どちらにしろ、突っ込むしかねえんだ」


 息を深く吸い、大きく吐き出す。俺は向かう先に眼光を定め、小走りに門をくぐり抜ける。鞘から刀を抜いてくる。


「ピンギ! メシス! 覚悟を決めろ!」


 門から続く石畳の上、木立の中を駆け抜けていく。泣きっ面ながらも覚悟を決めたらしき子分たちが後に付いてくる。アニーが毛玉をパブリースの姐さんに預け、すぐに俺の隣に並んでくる。


「私だってやれるから!」


 木立が開けた。煉瓦造りの建物が眼前に迫った。


 大きな扉の前、大勢のならず者集団、ざっと20数名が待ち構えている。


「まとめてテメーらどけやあ! このならず者どもがあ!」 


 すると、俺はそういうつもりでもなかったのだが、怒号の罵りとなっていた。20数名のうちの7人ぐらいが胸を押さえて苦しみだした。


 だが、やはり、ワグル人には効果がない!


「望むところだ」


 俺は自然と笑った。瞳は熱くなった。体中を巡る血が煮え立ってくるようだった。


「まとめて殲滅してやる!」


 が、しかし、日本刀を振りかぶっていた俺は、突如、唖然として足を止めた。「待て!」と、俺を追い越していこうとするアニーの服を掴み止めた。「お前ら、待て!」と、駆け込みざまに詠唱しようとしていたメシスに足を突っかけて転ばせ、その転んだメシスに巻き込まれて、ピンギもひっくり返る。


 アニーが虎か猫みたいにしてフー、フー、と肩で息を切っている。瞳孔が広がりきっており、完全にバーサーカーモードとなっている。


 俺がこいつらを引き止めた理由、ならず者どものすべてが両手を上げたからだった。無抵抗をアピールしてきたからだった。


「ど、どうしたの」


 遅れてやって来たパブリースの姐さんも、族長ネコを抱きかかえたまま目を丸める。


 どういうことか、どうすることもできずに立ち尽くしていると、集団の中から銀髪パーマがのっそりと現れ、そのあとに黒装束のチビも、タンクトップ肉ダルマも。


「こいつらはネコさんの村から、さきほど救出させてもらったよ」


 小柄なオッサンが俺たちに悠然と歩み寄ってくる。


「初めまして、お騒がせのレシピット・ヴァーバ君。俺はチキ・モーイン。ここにいる連中の父親代わりだ」


挿絵(By みてみん)


「ヴァーバ君がプリマムに向かったとネコさんたちに聞いてね。無論、ネコさんたちには指一本触れていない」


 俺は腰を落とし、日本刀を構える。


「なんだい、親分さん、1対1で俺とやろうってのか」


「アーハッハッハッハッ! 威勢のいいガキめ! 今日はお預けだ!」


 高笑いしたオッサンは、右手を掲げるとパチンと鳴らす。途端、後ろに控えていた子分どもがマジカエっぽく消えていく。


「ブラカンド侯のご令嬢どころか、ギルドの姉さんまで連れてきやがって。そういうわけで、モーイン団はこの騒ぎから降りたってことだ。俺たちのクビまで危うくなる。お屋敷の中の政治家さんは怒り狂っていたが、フン、成り上がり野郎の尻ぬぐいにも愛想が尽きたぜ」


 親分は転んだままのメシスとピンギにそれぞれ右手と左手を差し伸べる。呆気に取られるままの2人は無防備に手を出すも、何事もなく手を引かれ、親分に体を起こしてもらう。


「あとは好きにしな、レシピット・ヴァーバ君」


 日本刀を構えるままの俺に訳もなく歩み取ってき、肩に手をポンポンと乗せてくる。


「だがよ、若造――」


 片目がない。隻眼(せきがん)だ。


「俺たちの稼業はよ、ナメられっぱなしにもいかねえんだ。そこんところ、よく覚えておけ。な?」


 ドスのきいた唸り声とともに、潰れた片目の奥底から、己の数々の修羅場をちらつかせるかのようだった。


 子分どもを引き上げさせても一人悠々としているということは、当然、腕っぷしは銀髪パーマや黒装束チビの比ではないのだろう。


「ギルドの姉ちゃん。書いていいことと悪いことぐらいわかるよな? ゾロストのオッサンがヘマをした。それだけだ」


 パブリースの姐さんがコクコクコクと素早く首を縦に振ると、親分は気障ったらしく右手を掲げると、パチン、と、指を鳴らしてそのまま消えた。


 静寂が訪れる。


 ふーっ、と、パブリースの姐さんが両膝に両手をつきながら大きく息をついた。 


「まさか、チキ・モーイン自ら登場だなんて」


「で、でも、あのヤバい人たちがいなくなったってことは、ボクたちは、生きて帰れる――」


 俺は刀を鞘におさめていく。ピンギが呆然自失のアニーの手を取って、「良かったッス」とはしゃぎ上げる。


 ゾロストはモーイン団に見捨てられたということか。


 いや、それだけ俺たちが追い詰めたということだ。


 ププンデッタ村で手をこまねいていたらどうなっていたかわからない。プリマム城のお膝元で殺傷沙汰の大騒動が起きれば、チキ・モーインは自分の身さえ危うくなると悟ったのだ。


 ホッと息が抜けていく。


 ピンギ、メシス、アニー。


「俺たちの勝ちだ」




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