1-12 天上天下唯我独尊
キャバレーの看板はネオン装飾にピカピカといろどられている。
これも聖魔力というもの……? もっとも、建物は木造平屋建て。
数ある疑問はさておき、メシス・セージはブルブルと震えていた。顔は真っ青でいる。
「ど、ど、どうするつもりなんです」
「乗り込むだけさ」
ドアを引くと、生バンドの音楽が飛び込んできた。ドラムとラッパとウッドベースか何か、夜を謳歌するにリズミカルな音楽。
あと、香水の匂いが鼻をつんざく。
「いらっしゃいませ。2名様ですか? ご指名は?」
音楽と香りをかき分けるようにして、チョッキを羽織ったボーイが歩み寄ってきた。
「冒険者と待ち合わせ。剣士と盗賊の」
その2人ならこっちだと店内へと導いてくる。
入口から中へ歩み入ると、そこは酒池肉林――ではないけれども、着飾ったオンナが20人ぐらい、男がやはり20人ぐらい、それぞれのソファで、身と身を寄せ合い、酒に酔いつつ、中身のない話を語らいあう。
「ごゆっくり」
案内されたソファ席には、小悪党の剣士と盗賊が、ドレス姿のオンナをはべらせていた。テーブルの上にはすでにボトルが何本も並んでいる。
しこたま酔っているのか、他人のカネで飲む酒が愉快すぎるのか、俺とメシスに、2人とも気づかないでいた。俺がソファに座ると、オンナが顔を向けてきたので、小悪党どももようやくこちらを向いてくる。
「ん? 席、間違えてない?」
「あなたたちに用があってね」
「は?」
小悪党どもはたちまち殺気立つ。悪事を働くだけあって、厄介ごとは日常茶飯事なのか、オンナと酒にだらしなかった顔つきが急にこわばっている。
しかし、彼らはすぐに棒立ちしているメシスに気づいた。
「なんだ、メシス。どこに行ってたんだ」
「座れ座れ。飲め飲め」
「センパイ、俺も飲んでいいですか?」
俺が身を乗り出すと、剣士らしきオッサンが目を丸める。
「なんだい、メシスの友達か。若えのにいいツラしてんじゃねえか」
「あと、メシスから巻き上げたカネ、返してくれないですかね」
剣士のオッサンは俺にかたむけていたビンの手を止め、目玉をギロリと剥きあげてくる。
「キミ、ナメてんの?」
盗賊のオッサンがおもむろに立ち上がる。メシスの胸ぐらをつかみ上げる。そのままソファに押し座らせる。震えっぱなしのメシスの鼻頭に自分の鼻をこすりつけんばかりに寄せる。
「どういうことだ、メシス」
「ちちち違うんです。こ、こ、この人が勝手に」
「なっさけねえな、メシス」
俺はせせら笑ってやる。
「言っただろう、お前に足りないのは何がなんでもやってやろうっていう気構えだってな」
「ナメてんじゃねーぞ、このガキ!」
剣士のオッサンが血相を変えて立ち上がってき、オンナどもは身をすくめる。
「俺たちに喧嘩を売ろうってのか。あ? コラ? ガキ、コラ? お前、どこのどいつだ、コラ?」
コラコラコラコラとイラつく言い方だったので、座興はここまでにし、ゆっくりと腰を上げ、怒鳴り散らす。
「コラコラ野郎! 耳かっぽじってよおく聞いとけ! 俺の名は天上天下唯我独尊レシピット・ヴァーバ様だ! お前みたいな、カネでオンナを買っているようなボンクラが生意気にコラコラ言ってんじゃねえぞコラ!」
途端に、コラコラ剣士は白目を剥いた。たちまち胸を押さえ、唇から唾液を垂らした。
「う、う、うう……」
無残にも膝からくずれ落ちていく。笑える。まったくもって笑える。ザコすぎる。
キャアッ、と、オンナどもの悲鳴が上がり、バンドの演奏が不協和音を鳴らしながらやんでいく。
「て、テッメー、な、な、何者だっ」
盗賊のオッサンがあとずさりの及び腰でナイフを抜いてきた。
メシスにやったみたいに、すぐに俺の首に飛びつけば、Lvの低い俺は対応できなかっただろう。しかし、俺のほうがすでに気迫でまさっているので、オッサンは弱気に支配されてしまっており、闘争心が空っぽだ。
「何者だろうとお前に関係あるか! このブサイク野郎!」
無個性ぶりに何も思いつかなく、はなった悪口が弱くて心配になったが、盗賊のオッサンは苦しんでくれた。
おのぼりさんから巻き上げたカネで、この世の春を味わっていた小悪党2人は、俺の足元で芋虫みたいに悶えている。オンナどもはすでに逃げていた。メシスは呆気に取られている。俺はオッサンたちが身に着けているものを力ずくで剥いでいく。
「メシス、手伝え。こいつらの武器と防具、売りさばきに行くぞ」
メシスは何がなんだかわかっておらず、いまだ、表情だけをあたふたさせて棒立ち。
「お客さん」
ボーイがうなりながらやって来た。
「もめごとなら、さっさとGを置いて外に行ってくれませんかね」
「ああ、悪い悪い。ただ、カネならこいつらから取り立ててくれ。俺は酒の1滴も飲んでないんだから」
「おぅ、あんちゃん――、ナメてんじゃねえぞ」
と、ボーイはイキがりながら俺のむなぐらを掴み上げてくる。
俺はもう怒鳴りたくなかったのだけれど、うんざりしつつも、息を吸い込み、そして吐き出した。
「イキがってんじゃねえ! ゴミ!」
ボーイはすっかりシビれた。「ゴミ」の2文字で俺の足元にひれ伏すだなんて、あわれな奴。
オッサン2人を下着1枚だけにし、剥ぎ取った代物はメシスに押しつけて、帰り支度。セフレにでもしてやれそうなのはいないかと、立ち尽くしているオンナどもを見回していく(男どももいるが)。いや、出会いの場にカネが絡んでいるのは好きじゃない。
暴れただけで帰るのは恰好がつかない。バッグから金貨を取り出し、たまたま手に取った10G金貨1枚。ボーイの背中に放り捨てる。
「行くぞ、メシス」
「は、はい――」
衆目の的となりながら、俺とメシスは店をあとにする――。
ところが、
「モーイン団の縄張りで暴れてるようなバカ野郎は、どこのどいつだってぇ?」
ちょうど、店に入ってきた大男が、俺とメシスをふさいだ。イノシシグマ並みの巨体。いや、顔もどちらかというとイノシシグマ並み。右手には巨大な斧を持っており、たぶん、用心棒。
誰かが叫んだ。
「そこの灰色赤目の小僧です!」
「あー? このガキかー?」
さすがにプロを相手にして、気構えとか気迫とかでやり合おうはずがない。
「どけえっ! このイノシシグマっ!」
「げえっ!」
巨体だけあって、さすがオーバーな苦しみ方だった。げえげえ言いながら倒れていくさまがおもしろかった。なので、からかってやりたかったが、プロの仲間が来ると面倒なので、とっとと脱出する。
髪先を撫でていくような夜風だった。心地よい風だ。けれども、すっかり酔いはさめてしまった。きっと、アビトレンヌの頬の火照りも冷めてしまったに違いない。
「あのオッサンたち、セフレの1人もいないだろうな。俺はそんなオッサンにはなりたくない。お前もそう思うだろ、メシス」
メシスは付き人みたいにして、荷物を抱えながら俺の後ろを付いくる。付き人はうんともすんとも答えず、俺の顔をじいっと見つめてきている。
「あの……、ヴァーバさんって、何者なんですか」
「そんなどうでもいいこと訊いてくるんなら、さっさと歩け。俺はセフレと約束しているんだ。いつまでも油売っている時間はないんだ」
そう、俺はアビトレンヌと約束している。バカとかアホとかガキなどに付き合っている時間なんてどこにもないのだ。




