Hさんの場合
あなたも恨み、ありませんか──?
生きている限り、色々なことが起こるものです。
渦を巻くように抱えた恨みつらみが晴らされることなく、死後の世界であなたを縛ることも──。
『怨霊の背景を探る!』……このコーナーでは、怨霊の方にインタビューを敢行!
怨霊になった経緯をお聞かせいただきます! 本日は、怨霊のHさんにご出演いただきます。
「……よろしくお願いします。私、この番組のファンで、これまでの回もずっと聞いてるんですよ。出演できて光栄です」
あら! そーれは、うれしいお言葉ですね! よろしくお願いします!
「これまで聞いてきた、どのゲストさんの話も『あるある』『私も似たことあった!』って、共感するようなことが多くて」
えっ!? そ、それは──。
Hさん、それはかなり、波瀾万丈な人生をおくってこられたということではないですか?
「まあ、そうですね。番組の尺が足りなくなっちゃいそうなので、全部はお話しできませんけど」
あはは。さすがこの番組のファンだけあって、よくご存じでらっしゃる。
Hさんが怨霊になられた理由をうかがう前に、まずはHさんがどんな方か──というのをお聞きしたいのですが。
「自殺して死霊になったHです。亡くなったのは令和に入ってからですね」
自殺──ですか。それはまた……きっとずいぶん苦しまれたのでしょうね。
「はい! ものすごく苦しい人生でした」
うわぁ……元気なお返事と、言ってる内容がミスマッチもいいところですねぇ。
Hさんが怨霊になった理由──恨みの元は、自殺の原因とも関わりがあるのでしょうか?
「そうですね。でも恨みの元は一つというわけではなくて……」
あー……そりゃそうですね。Hさん、かなり波瀾万丈な人生を歩まれてきたようですから。
「そうなんですよ。なんかもう、私にひどいことをしてきた人たち、全てを恨んでます!」
わははは! 怨霊っぽーい!
明るくお話いただいてますが、これまでのゲストの方の中でも、かなり怨霊っぽい恨み方をしてらっしゃるんですね。
Hさん、すごく明るくて朗らかな印象の方なんですが。
「それはきっと……死ねたからですね」
死ねたから!? どういうことですか!?
「私、ずっと死にたかったんですよ。あまりに苦しい人生で。いいことや楽しいこともあったし、優しい人もいましたけど、それ以上に苦しいことが多すぎました。でもつらいのって、生きてる限り、続くでしょう?」
ああ、まあ、そうですね。
生きてる限り、悩みの種は尽きません。
「だから、いっそ死んでしまった方がマシだ! って。死んだらそこで終わりですから。まあ、こうして怨霊やらせてもらってるわけなんですけどもね」
あははは! やっと終わると思ったら、怨霊になっちゃったと!
「でも怨霊は、かなり自由ですよ。恨みつらみは持ってますが、新しい苦しみはほとんどありませんし。ほら──こんなことも、できますし」
イギャーッ!!
……す、すみません。放送中にあるまじき叫び声を……。突然スタジオの天井に、吊るされた大量のブロッコリーが現れまして──。
え、でも、なんでブロッコリー? 意味がわかりません。
「ブッコロリー! ぶっ殺してやる!」
あはははは!! Hさん、これ、怖がらせようとしてます? そうだとしたら、すごくズレてますよ。
普通は真っ黒い影とか、骸骨とか、人間とか、ぬいぐるみとか──そういうのが定番じゃないですか?
「お化け屋敷で、コンニャクぶら下げるやつあるじゃないですか? コンニャクがいけるなら、ブロッコリーでもいけるかなって」
Hさん……コンニャクは、感触で選ばれてるんですよ? ぬめっ、ぺちゃっ……みたいな。
「ブロッコリーはキュッ、モコッて感じですもんね。でも、ブッコロリーなんで!」
Hさん、かなり風変わりな怨霊っぽいですね。怨霊というよりは、いたずら好きの妖精さんみたいな印象がありますが。
「え、妖精は恥ずかしいです」
なんで!? 怨霊も大して変わらないんじゃ……。
「昔、付き合ってた人に、いたずら好きの黒い子猫ちゃんって言われたことがあったんですけど、『うわぁ……』って。それに匹敵する『うわぁ……』ですよ」
そ、そうでしたか。それは……すみません。いたずら好きがダメなんでしょうか。
「いろんな意味で、ダメですねぇ。だって私、怨霊ですよ! いたずらじゃないでしょう。しかもいたずらが好きなんじゃなくて、恨みつらみを抱えて呪ってるわけですから」
あああ! そういうことなんですね!?
「言い回しとしても、魅力的じゃないです。テンプレ表現でも使い方によっては魅力的ですけど、この場合は──本人が『おれ、イケてるだろ?』とスカしてそうなのが、聞いててしんどいです」
ボロカスに言いますね!?
でも、聞いてみれば、なんだか納得できてしまうような気も──。
「突然ですが、『いたずら好きの⚪︎⚪︎』をかっこよく言う選手権、開催ー!」
……うん? どういうことですか? 選手権? 私、選手なんですか?
「はい! じゃあ私から! ……『いたずら好きなバラだこと……。わたくしの指をトゲで刺すなんて』。……これでいきます!」
え、ええー……。
じゃあ、「いたずら好きの餅だな。じいさんの喉に詰まるなんて」とか、どうでしょう。
「な、なんと! これは高得点ですよ!」
……ありがとうございます……? かっこよくはない気がしますけども。
Hさん、かなり変わった方ですね。変わっているというか、奇妙奇天烈というか……。
選手権も終わったことですし、一旦CMを入れましょう! Hさんがなぜ怨霊になられたのか、引き続きお話をうかがっていきます。続きはCMのあとで!
***
さて、Hさんからお話をうかがっていきます。HさんもCM中に一息つけたみたいですね。スタジオ、ちょっとひんやりしてますが。
Hさんが怨霊になられたのは、つらい人生を苦に自殺されたから──で、よろしいんですよね?
ヘンテコな選手権をいきなり開催するし、本当に苦しい人生だったのか、疑問がわいてくるのですが。
「苦しくてつらい人生だからこそ、こうやってささやかにでも、楽しいことや面白いことを見つけて笑っていたんですよ。無理やりにでも」
ああー……なるほど。
妙に説得力ありますね……。
「そんなささやかな努力でさえも、踏みにじった人たちがいます。私が恨んでいるのは、その人たちですね」
天井からぶら下がったブロッコリーが、一斉に揺れています……でも怖くないですね。ブロッコリーだから……。
「死んじゃった方がマシな人生って、残念ながらあるんですよ。私の人生をそういうものにした人たちが、許せません」
なるほど。だから呪いの範囲が広いんですね。
……ブロッコリーの動きが激しくなってきました。
ブロッコリーの動き? 何言ってるんでしょうね、私。
「私はもう怨霊なので、好き勝手にしています。でも、私を苦しめてきた人たちは──許すことができません。あれをするから、これを渡すから、直すから許してくれとか、そんなことを言われても、過去に私が受けてきた被害は何も変わらない」
Hさんの口元は笑っていますが──見開いた目は、どこか虚ろに黒々としています!
ようやくこのコーナーらしくなってきましたね! 謎の選手権が開催されたときは、いったいどうなることかと思いましたが!
「私への被害が、ちゃんと世間の知るところになって、加害してきた人たちが裁きを受けるとかならいいですよ? でも、そういうことがなかった。隠蔽されたままです。だから、許せない──」
なるほど、Hさんが受けた被害は、いまだに警察の捜査や法的対処がなされていない、ということですかね?
「はい。私はこれまで苦しみ抜いてきた分、帳尻合わせのような、ささやかな幸福があればいいなぁと思っただけです。それを『しきたり』が、踏みにじった。警察の捜査や法的対処が難しい、スレスレのところを狙って、嫌がらせをくりかえした」
──ちょ、ちょっと待ってください。
「しきたり」? 以前も「しきたり」の不正を告発した怨霊がいましたよ!
Hさんも「しきたり」の被害に遭われていたんですか?
「はい。でもこの『しきたり』って──苦しい人生をおくった人を、さらに苦しめることにしかならない構造なんです。過去の苦しい出来事を再現するという嫌がらせをしてくるんで。乗り越えれば幸せになると、そそのかしてね」
以前、壁と言っていた怨霊の方がいました。
「そう言うらしいですね。でも、乗り越えたという判定基準があやふやなんです。いくつか試してみましたけど、何度も同じ嫌がらせが発生するってことは『乗り越えてない』と判定されてるってことです」
どういうことですか?
「たとえば、私は子供の頃、DVを受けていたので、子供の泣き声が苦手だったことがあります。でも自分が出産して、子育てすることで、そうではなくなった。なので嫌がらせで子供の泣き声が聞こえても、スルーしてたんですね。スルーしていても、同じ嫌がらせが続いた。つまり、『乗り越えてない』と判定されていることになります。スルーしても変わらなかったので、反論してみたこともありますが、これも結果は同じでした」
なるほど……?
「つまり、『乗り越えるための壁ではなく、純粋な嫌がらせでしかない』んですよ。だから許さないです。……それまでに受けた被害がなくなるわけじゃないですし」
……天井からぶら下がったブロッコリーが一つ、ぼとりと落ちました……。房が少し、床に散らばっています。
……Hさん、かなりお怒りですね?
でもHさんのおっしゃること、わかるような気がします。受けた被害自体がなくなるわけではない。
よく、過去の傷がふさがるなんて言うじゃないですか? 実際には、ふさがらないんですよね。眼鏡のレンズに傷が入っていくように、傷自体は残っているんですよ。
傷があったことを忘れていくことは、あるんでしょうけれど。でもHさんのように、警察の捜査や法的対処が行われないままなら、いつまでも傷は生々しく、痛むでしょう。
それより、Hさんは「しきたり」について、色々とご存じなんですね?
「あまり多くは知りませんが、長年『しきたり』の被害に遭ってきましたから、なんとなくは」
これまで怨霊の皆さんから聞いてきた感じだと、社会の暗部をになう組織のようなイメージがありますが、どういったものなんですか?
「これは私の実感なので、正確かどうかはわかりませんが──、情報搾取システムですね。彼らは『これまでお前がしてきたことだろう?』と言って正当化しますが、『しきたり』被害者のしてきたこととは、少しズレがあるんです」
なるほど。それはどうしてだと思われますか?
「『しきたり』が、自分たちに都合のいい解釈をしたり、言いがかりをつけたり、濡れ衣を着せたりして、情報を搾取する構造になっているからでしょう。クリエイターはアイデアの闇取引を、産業界は違法マーケティングを……」
以前ゲスト出演してくださったBさんも、そんな話をしておられましたね。
話のスケールが大きくなってきましたが、この番組のスポンサーも、もしかしたら……。
リスナーの皆さーん! 前にも言いましたが、この番組がもしも打ち切りになったら、そういうことかもしれませーん! あははは!
「投資と言われたこともありました。でも私は一銭も受け取っていません。……どうやら、裏で大金が動いているようですね。『しきたり』被害者の奮闘ぶりを観戦している、悪趣味な方々がいらっしゃるようです」
そ……れは……。
なんとも、迷惑なことですね。
頭上でブロッコリー同士が、激しくぶつかっています! たまに小さいつぶつぶが落ちてきますね……。
「わあ。緑の脳みそみたーい。ふふふ。……『しきたり』の被害者たちは、社会のための人柱のようなものですよ。これまでの人生やアイデアなどの情報を供出せよと、無理やりに奪われていく」
脳みそ……。
なんとも、ひどい話ですね……。おしゃべりな私ですが、あまりの惨状に、うまく言葉が出てきません。
「その対価として、夢かお金……どちらかを選べと言われました。どちらを選んでも幸せになる──彼らはそう言いますが、こんなひどい目に遭って、そんなことあるのかな? と思いますね。演出の一環でしょう。不幸からの逆転──そういう演出」
ひどい話ですね。
どんな人間であれ、人生をもてあそばれるいわれはありません。
「まあ、不幸中の幸いというか、私は死ぬことができましたから、今は穏やかに過ごせています。死は生きているもの全てに訪れます。冷たく、静かで、これ以上の苦しみを与えない。──この世で最も優しい、幸福な贈り物です」
思わず納得してしまいそうになりますが、死んでしまうと、楽しいとか、うれしいとか──そういうこともないのでは?
「いえ、死後も、楽しいことやうれしいことはありますよ。復讐とか」
復讐……それはうれしいことなんですか?
「そりゃあそうでしょう。私を踏みにじってきた人たちの阿鼻叫喚とか、ものすごく楽しいですよ。ざまあ系の小説みたいなもんです。カタルシスっていうんですかね? あれ? カタストロフィ?」
カタルシスはネガティブな感情の解放、カタストロフィは悲劇や大惨事のことですが──Hさんのお話では、どちらでも該当する気がしますね。
「グレートリセット?」
それはシステムの転換的な話ですね。聖書の「ノアの方舟」に出てくる大洪水のような……。
……Hさん、なんだかすごく適当に話しているように見えますが、考えてみたら繋がってるんですよね。預言者の言葉のようで、なんだかうっすらと、寒気がします。
……あっ! 天井からぶら下がったブロッコリーに牙のついた口ができて、ケケケケケ! と笑い声をあげています!
ブロッコリーがブロッコリーを襲っています……! どういうこと……? 共食い?
……昔、『アタック・オブ・ザ・キラートマト』って映画、ありましたねぇ。
「ブロッコリーは硬いから、潰れなさそうですね」
あははは! あの映画、ラストシーンは画面にトマトがぐしゃっと潰れて終わりますもんねぇ!
Hさん、本日はご出演、ありがとうございました。一時はどうなることかと心配しましたが、『しきたり』についてのお話も聞けて、よかったです。
それでは本日の『怨霊の背景を探る!』のコーナー、まとめ!
……「楽しそうにしていても、苦しんでないとは限らない!」……今日は、これでしょうかね。顔で笑って、心で泣いて──よくある話ですね。
この『怨霊の背景を探る!』のコーナーでは、今後も怨霊の方々の恨みつらみについて、お話をうかがっていきます。次回をお楽しみに!
あっ……ブロッコリーが……。




