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Pさんの場合

 怨霊は、元人間である……。

 そんな彼ら・彼女らが、なぜ怨霊になったのか? どんな恨みがあるのか? 

 この『怨霊の背景を探る!』のコーナーでは、霊界通信を通して、怨霊の方にインタビューを行います。

 本日はゲストに、怨霊のPさんをお呼びしております!


「ああ……恨めしい……」


 Pさん、さめざめと着物の袖を目元にあてて泣いていらっしゃいます。

 私、パーソナリティには、霊界通信でPさんのお姿が見えております。

 一言で言えば、遊女──ですかね。白粉を塗って、かんざしを挿して、綺麗な着物を着ています。


「そうでありんす……」


 お生まれは江戸の頃ですかね?


「明治の頃でございんす」


 なるほど。明治のお生まれでしたか。

 現代を生きる我々にとっては、遠い時代の遠い存在……という気がしますが、割と近代まで、廓ってありましたからね。


「恨めしい……恨めしい……」


 Pさん、かなり嘆かれております。まさに怨霊──といった風情です。

 早速お話をうかがっていきましょう。

 Pさんは、おいくつですか? おそらくお若いんじゃって感じがしますが──。


「歳の頃は、二十いくつでございんす」


 やっぱりお若いですね。


「廓の中じゃあ、そうでもありんせん……。とうが立ってくると、肩身も狭いもので」


 ああ、そういうものなんですね。

 歳をとって遊郭を辞めたときは、故郷に戻られたりもするんですか?


「いいえ……いいえ……。歳をとってお茶を挽くようになる前に、大抵は身請けされるか、病気や怪我で死ぬか──。女衒に買われて故郷を出たらば、ほとんど二度とは戻れぬ身でありんす……」


 壮絶ですね……。

 ところで、お茶を挽くというのは?


「客のつかない廓の女は、お茶を挽くもので──お茶っ葉を石臼で、ごりごりと」


 そうでしたか。Pさんも、故郷には戻らなかった?


「あい。戻ったところで、後ろ指を差されるだけでありんしょう。もっともわっちは、そうなる前に、病で……」


 そうでしたか……。

 Pさんのお生まれはどちらで?


「わっちの故郷は──。いいえ、それを言うのは、野暮でありんす」


 え、そうなんですか?


「廓言葉は、故郷の訛りを隠すものでございんす」


 そうなんですね!?

 今もメイド喫茶とか、コンセプトのあるお店なんかがありますが、イメージとしては近い部分があるのかもしれませんね。


「北の……雪国の方……とだけ」


 ああ。何度かそういった話は聞いたことがあります。

 経済的にあまり豊かでなかった農村に、女衒──簡単に言うと人買いですね……、そういう人が来る、と。


「恨めしい、恨めしい……!」


 えっ!? さめざめと泣きながらお話されていたPさんの背景が、突如として揺らいでいます。

 空気の歪み? 蜃気楼? いや、陽炎のような……Pさんご本人は泣きじゃくっておられるのですが……。

 もしかして恨んでいるのは、女衒ですか?

 ちょっと核心に迫るようですから、ここで一旦CMをはさみましょうか。

 CMの後、引き続きPさんのお話をうかがっていきます。続きはCMのあとで!


***


 はい。本日の『怨霊の背景を探る!』のコーナーは、Pさんにお越しいただいております。

 Pさんは明治の頃の遊女で、病気で亡くなられたそうです。

 怨霊になった理由はまだうかがえていませんが、どうやら女衒に恨みを持っているようですね。


「恨めしい……恨めしい……」


 CMの間に、少し落ち着かれましたかね。

 Pさんが怨霊になられた理由をうかがってもよろしいですか?


「あい……。わっちの家は、決して裕福じゃございんせんけれど、生活に困っていたというわけでもありんせん……」


 ……え? じゃあどうして売られたんですか?

 遊女の多くは、生活のために売られると聞いていますが。


「悪い男に……」


 ああー……悪い男に騙された、と。

 そういう理由だったんですね。


「わっちは恋仲だと思うておりんした。それはそれは憧れの人で。そこからはじまって、まさか女衒に売られるなんて、思いもよらず……」


 着物の袖で目元をおさえて、しくしくと泣いておられます。

 ……たまに聞く話ですね。

 今の時代で喩えるなら、なんですかねぇ……ホストクラブにハマってお水の世界に足を踏み入れる女性?

 いや、違いますね。Pさんはホストクラブに行ったわけじゃありません。悪い男に騙された──それが全てでしょう。

 それでは、Pさんの恨みは、元恋人と女衒に?


「女衒は恨んでおりんす。でも恋仲であった人は──」


 ああ、情が残っている?


「いいえ。……わっちは身を引きんした。集落で笑いものにされ、辱められ、嫌がらせも受けて、身を引いた。あの人は、わっちが邪魔だったんでありんしょう。……けれど、身を引いたにも関わらず、女衒に売られて──解せないところが多すぎて、死んだ今も、わからぬまま──」


 それは──。

 元恋人が手引きした可能性はありますか?


「わかりんせん……。わっちにしてみりゃ、目隠し鬼に化かされたようなもの。鬼さんこちら、手の鳴る方へ……そうやって方々の男が、わっちを買いんした。ただただ、女衒が恨めしく……」


 おっと……紫色の布が、ひらりと宙から滑り落ちてきました。反物を広げるように……。焚きしめた香がふわりと漂ってきます。

 しかしそうやって騙されて連れていかれたなら、恨みもひとしおでしょうね。

 廓は苦界といいます。それで苦界に落とされたなら、恨みを持ってもおかしくはない。


「わっちが恨むのは女衒でありんす。人さらいのような真似をした女衒……。わっちを売った金を、誰が受け取ったのか──」


 その恨みは当然でしょう。

 利益を受け取った人が憎い?


「当たり前でございんしょう。……傷ついたわっちに甘い言葉をかけて、こちらに来い、金を払えば助けてやると言った者たちが」


 え!? それで行ったんですか?

 あきらかに甘い言葉で騙されて、もっとひどい目に遭うやつじゃないですか!


「いいえ、わっちはあの人以外には、小指の先ほども、なびいておりんせん。なのに無理やり──」


 そ……れは……ひどい話ですね……。

 Pさんはさめざめと泣いておられます……。

 どうもお話をうかがっていると、Pさんがなびかないから、腹いせに女衒に売られた……そんな可能性を考えてしまいます。

 方々に利益を得た人、いるんじゃないですかね?


「わかりんせん……。方々でこづいて笑いものにして──ああ、恨めしい。恨めしい……!」


 Pさんのお顔に塗った白粉が、でろりと溶け出して──えっ!? ちょっと……これ、顔面まで溶けてません?

 肖像画の油絵の具をかき混ぜたみたいに、Pさんの目も鼻も……お顔が溶けていきます……!

 お話をうかがう限り、Pさんが怨霊になるのも当然でしょう。

 Pさん、本日はお話を聞かせてくださって、ありがとうございました。

 怨霊ですから心安らかにとはいかないでしょうが、せめて今は、ゆっくりとお休みください。


 さて、それでは本日の『怨霊の背景を探る!』のコーナー、まとめ!

 ……「怒るべきときに、怒りましょう!」……これですかね。

 自分の権利が侵害されたとき、きちんと怒るということは、とても大切なことです。

 おそらくPさん、元恋人に詰め寄らなかったから、こんなことになったんじゃないですかね?

 今なら警察や弁護士を連れて怒鳴り込むところでしょう。まあ、警察や弁護士も、割と腰が重いところがあるのは難点ですが。

 でも怒るべきときにきっちり怒っていたら、きっと、後から「お金を払えば助けてあげるよ」なんて甘い声をかけてくるような人たちも、いなかったんじゃないでしょうか。


 この『怨霊の背景を探る!』のコーナーでは、今後も怨霊の方々の恨みつらみについて、お話をうかがっていきます。次回をお楽しみに!

 三味線の音が、遠くから聞こえてきます……。

参考資料

森光子著『吉原花魁日記 光明に芽ぐむ日』

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