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死霊術師は開拓村でスローライフをおくる  作者: 結城 からく


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第43話 死霊術師は祝福を受ける

 私は迫るレリオットを一瞥する。

 狂気に染まった剣聖は、入口を塞ぐような立ち位置にいる。


 随分と過激なお礼だ。

 私に断らせる気は皆無である。

 逃がさないつもりらしい。


「まさかとは思いますが……祝福を受けられない事情でもあるのですか?」


 レリオットが低い声で言う。

 殺気が滲み出ていた。

 今にも剣を抜かんばかりの雰囲気である。

 もし攻撃態勢に入られれば、私など少しの抵抗もできずに斬られるだろう。


 それはさすがに困る。

 この肉体での活動ができなくなると、村での生活を一からやり直さねばいけない。

 開拓村にはまだ私の力が必要だ。

 貢献できる余地は十二分に残っている。

 私の死によって発展を停滞させるわけにはいかなかった。


「まさか。高名なる剣聖のクロムハートさんに祝福を施していただけるなんて光栄です。ですが、私などに使っていいのですか」


「もちろんですとも。予防は大事です。不死者はいつどこに現れるか分かりませんからね。特に死霊術師共は、残虐で卑劣な奴らですから……もしかすると、既にこの村に潜伏しているかもしれません」


 レリオットは、私から片時も目を離さずに言う。

 きりきりと空気が歪みそうなほどに鋭い視線。

 絶好の獲物を狙う獣のようだ。


 対する私は自然体で頭を下げる。


「恐ろしい話ですね。それでしたら是非よろしくお願いします」


「――はい、分かりました」


 レリオットが一瞬だけ怪訝な表情をする。

 私があっさりと承諾したことが予想外だったようだ。

 彼はすぐに笑みを張り付けるも、目だけは狂気に浸り切ったままであった。


「祝福はすぐに済みます。そのままお待ちください」


 レリオットは異様な面持ちで両手を掲げる。

 水をすくい取るような動作だ。

 彼は小声で詠唱する。


 レリオットの手に集まった聖なる光が、膨れ上がって溢れた。

 それが音もなく宙を流れ、私に注がれてくる。

 全身が光に包まれた。

 私は身動きせずにされるがままとなる。


 やがて光は治まった。

 私は平然とレリオットを見上げる。


「ありがとうございます。気持ちがいいものですね」


「なっ、え……」


 レリオットは納得のいかないような表情を浮かべていた。

 信じられないとでも言いたげだった。

 しかし、私と目が合うとすぐに笑顔になる。


「――これで祝福は完了です。では、今度こそ失礼します」


 レリオットは釈然としない様子ながらも一礼すると、今度こそ部屋を出て行った。

 扉が閉まり、足音は遠のいてやがて聞こえなくなる。


 私はグラスに残った茶を飲んだ。

 その際、レリオットの分を見やる。

 彼は一口も飲んでいなかった。

 そのまま放置されている。


 私は自分の腕を軽く撫でる。

 肌に張り付くようにして聖魔術が施されていた。

 触れると僅かに痺れがある。


 レリオットは祝福と称したが、明らかに聖魔術の浄化であった。

 それもかなり強力な部類だ。

 一度の行使で、周囲のアンデッドを連鎖的に滅ぼせるものだった。


 瞬間的な火力もかなりのものだが、驚くべきはその持続力だ。

 確かにこれなら三日間は効力を保つ。

 上位のアンデッドでも、この魔術で延々と浄化の力を受ければ消滅に至るだろう。


 もっとも、私には通用しない。

 聖魔術を受ける可能性は想定済みだった。

 相手はクロムハートの一族だ。

 開拓村全体を聖魔術で覆うような展開だってありえない話ではない。


 なのでこの肉体には、入念な加工を行っていたのである。

 聖魔術への耐性を上げると同時に、アンデッドと分からないように何重もの偽装をしている。

 先ほどの聖魔術は、この肉体の表面にだけ作用していた。

 私の魂までには干渉しておらず、浄化の力を満足に発揮できていない。

 焼け爛れることもなかった。


 確かに中位や上位のアンデッドすら滅する魔術だが、その程度では私を滅ぼすことなどできない。

 仮に何の防御策もなしに食らったとしても、浄化されることはないだろう。

 精々、ほんの少しだけ魂が摩耗するくらいだ。

 それも自然治癒する範疇である。

 大した損害ではない。


 死霊術師にとって聖魔術は天敵だ。

 実際、私も数えきれないほど聖なる力を受けてきた。

 アンデッドである以上、避けては通れない要素である。

 故に対策を用意するのは当然の帰結だろう。

 完全な克服とまではいかないまでも、先ほどの聖魔術くらいなら何度でも無効化できる。


 それにしてもレリオットは、私のことをアンデッドだと疑っていた。

 何が根拠かは知らない。

 クロムハートの血統が直感的に理解させたのか。

 或いは村の有力者に対して、片っ端から聖魔術をかけているのかもしれない。


 この聖魔術は人間には無害だ。

 むしろアンデッドの接近を拒む浄化の力がある。

 感謝こそされど、迷惑に思う者はいまい。


 唯一の例外――すなわち聖魔術を施されて困るのがアンデッドだ。

 強引だが悪くないやり方だろう。

 アンデッドか否かを確かめるためと言われれば悪印象を抱く。

 しかし、英雄から祝福を受けられるということなら、喜んで了承する者ばかりだ。

 レリオットは滞りなく調査を進められる。


 やはり今代のクロムハートも凄まじい執念の持ち主だった。

 彼はアンデッドに深い憎しみを抱いていた。

 迷宮内のアンデッドを殲滅するつもりだろう。

 放っておけば必ず実行する。

 そして、実現するだけの力を有していた。


 私は手の付けられていないグラスの茶を飲み干す。

 二つの空のグラスを持って応接室を出た。


 油断ができない相手だ。

 より一層気を引き締めて待ち構えねば。

 迷宮へ入ってきた暁には、確実に始末する。

 追い出すなどという半端なことはしない。

 レリオットが攻略を諦めることはないだろう。

 彼の死を以て止める他ない。


 剣聖の到来は無視できない案件だ。

 しかし、焦らなければ確実に仕留められる。

 綿密に準備を重ねて対処しよう。

物語も終盤に入ってきました。

完結と同時に新作を始める予定ですので、よろしくお願いいたします。

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