第35話 死霊術師は可能性を感じ取る
「初めて迷宮の戦いを見た感想はどうだろう。君の意見を聞かせてほしい」
一息ついたテテに私は尋ねる。
彼女は天井を仰ぎながら、言葉を選ぶように答える。
「……迷宮の仕事がなんとなく分かったわ。手加減して、互いに得をする結果に持ち込むのね。簡単すぎると素材ばかりを持ち帰られて損。難しすぎると冒険者が恐れて近寄らなくなる。あなたは開拓村を発展させるのが目的だから、ちょうどいい具合を模索している。そうよね?」
「ああ、その通りだ」
私はテテの答えに舌を巻く。
なかなかの考察力だ。
私の端々の言動と、此度の戦いから正解を導き出せている。
迷宮の管理者が何をすべきかを理解していた。
特に修正点もない。
無邪気な面が散見するものの、年齢からは想像できない聡明さをテテは備えている。
今回の観戦を彼女なりに糧にできたようだ。
気分が悪くならねば御の字、といった具合で考えていたが、テテは予想を軽々と超えてきた。
迷宮を任せられる日は意外と遠くないのかもしれない。
小さな監督者の成長に満足した私は、中層のルシアのもとへ移動した。
最寄りのアンデッドに意識を移して近付く。
壁にもたれかかるルシアは、強い魔力と瘴気を兼ね備えていた。
初めての吸血を経験したことでアンデッドとしての格が上がったようだ。
彼女の場合、その精神性と魔物の特性が合致しているため、急速な成長が起こったのだろう。
この調子なら順調に変貌を繰り返す可能性も高い。
ルシアには素質がある。
努力と狂気次第では、死骸騎士を凌駕する魔物になってもおかしくなかった。
そんなルシアに私は話しかける。
「どうだったかな。吸血鬼として人間と戦った気分は」
ルシアはすぐに笑うと、口元を濡らす血液を拭う。
「スカッとしたね。これが性に合っていると確信した。血も美味かった」
そんなルシアの背後には、眷属のアンデッドたちが控えていた。
これといった特殊能力はないものの、十分に有用である。
数を増やすほど冒険者にとって脅威になる。
「満喫したようで良かった。ところで調査隊の遺品の収集を頼んでもいいかな」
「気に入ったものがあれば貰っていいか?」
ルシアの手には指輪がった。
魔術の補助具となるものだ。
見覚えが無いので調査隊の誰かが着けていたものだろう。
気に入ったようだ。
「好きにするといい。余った分は最下層に運んでもらえると助かる」
今回、二十人弱の死体と遺品が手に入った。
かなりの収穫だ。
こちらのアンデッドはそれ以上に倒されたが、ほとんど使い捨ての個体ばかりである。
加えて実験的に投入した個体も多く、性能を確かめられたのは大きい。
今後、何のアンデッドを量産するかを決める指標になった。
そして倒されたアンデッドはいくらでも再利用ができる。
迷宮の損耗は微々たるものだった。
ルシアと別れた私は、各所にある調査隊の死体を残らずアンデッドにしていく。
ひとまず最低限の術式で蘇らせて、迷宮内を徘徊させておいた。
改良に関しては、時間がある時に実施する予定だ。
私は開拓村へと舞い戻る。
椅子から立ち上がった私は、窓の外に目を向けた。
調査隊はまだ戻ってこない。
人数が少なくなったので、森の野生動物や魔物に襲われているのかもしれない。
さすがにやられはしないだろうが、時間はかかりそうだ。
仕方ないので、ポーションの調合を行いながら待つことにした。
まだ余裕はあるものの、一部の材料が少なくなってきた。
空いている日に森へ採取に行った方がよさそうだ。
リセナを呼べば薬草に関する指導もできる。
切れかけていたポーションの補充が済んだところで、怪我だらけの調査隊がやってきた。
事情を話そうとする彼らを押し留めて診療所を開放する。
悠長な会話をしている間に死んでしまいそうな兵士が何人もいたのだ。
協力を申し出た村人と、調査隊の中にいた回復魔術の使い手と協力しながら治療にあたる。
その中には寝癖がついたままのリセナもいた。
本当は私一人でも対応できるが、今回は人数が多い。
不自然に思われないためにも手分けすることにしたのである。
調査隊には生きてもらわねばならない。
私は彼らに一切の恨みも敵意もないのだ。
医者として治療に尽力する。
夜通しで処置を施した結果、調査隊に追加の死者は出なかった。
四肢や片目を失った者、まだ容態が安定しない者はいるが、幸いにも命に別状はない。
彼らはそのまま夜明けと共に出発した。
領主に早急に報告へ行かねばならないらしい。
大変なことだ。
私にはとても真似できない。
国家という組織には、ほとほと愛想が尽きていた。
疲弊した調査隊を見送った私は、朝日を背に帰宅する。




