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死霊術師は開拓村でスローライフをおくる  作者: 結城 からく


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第28話 死霊術師は特需を知る

 私は予定されていた診療のすべてを終えて帰宅する。

 今日も特に大きな問題は無かった。

 ついでに噂話などから村の情報も取得した。

 これが案外馬鹿にできない。

 なかなかの情報網である。


 やはり村人たちの間でも迷宮は話題の中心となっていた。

 そして概ね肯定的に受け入れられている。

 今の暮らしに満足している者などは、変動の予感を好ましく思っていないようだが、それでも生活水準が向上することは嬉しいようだった。


 自宅への移動中、村に入ってくる馬車を発見する。

 馬車の周りには護衛らしき男が数人いた。

 行商人である。

 この辺境で見かけるとは珍しい。


 開拓村は主要な街道から外れており、地理的に不便なのだ。

 何かのついでに通りかかる、ということは滅多にない。

 つまり行商人は、この村に用があるのだろう。

 少し興味が湧いたので、私は見に行くことにした。


 馬車は村の中央部で停まった。

 私が追いつく頃には人だかりができている。


 村人たちだ。

 滅多にできない買い物に盛り上がっているらしい。

 大抵、商人の運んでくるものには、村では手に入らないものが混ざっている。

 無駄遣いはできないものの、見るだけでも気分転換になる。


 開拓村は娯楽が乏しい。

 こういう機会は大切だった。


 私はしばらく遠巻きに眺める。

 途中、私に気付いた人々が挨拶するのに応えつつ、じっと待ち続けた。


 やがてようやく人の波が途切れた。

 買い物を終えた村人たちが去ったのである。


 商人は満足そうだった。

 馬車に詰んだ商品がかなり減っている。

 良い商売ができたようだ。

 村の需要に合わせたものを用意していたのだろう。

 事前調査を行ってからここへ来たに違いない。


 私は馬車へ歩み寄る。

 すぐに商人が笑顔で話しかけてきた。


「いらっしゃい。ずっと待ってたようだが、何をお求めだい?」


「そうですね、特に決めてはいなかったのですが」


 私は商品を見て悩むそぶりを取る。

 その際にさりげなく質問をした。


「この時期に商人の方が来られるなんて珍しいですね。どうしてこの村に来られたのですか」


 商人は声の大きさを落として答える。


「……この近くに迷宮ができたという噂を仕入れたんだ。その真偽の確認だな。ここの人たちの反応を見るに、噂は本当のようだ。実は既に仕入れルートも確保済みでね。いつでも出店できる。これから村長に許可を取りに行くつもりさ」


 得意げに語る商人に、私は素直に感心する。


 随分と情報が早い。

 ギルドへ報告に行く冒険者パーティとすれ違ったのだろう。

 そうでないと辻褄が合わないタイミングだ。


 そして行動力もある。

 商機を期待して即座に行動したようだ。


 確かに早い者勝ちという面はあった。

 迷宮が周知された頃には、確実に他の商人が参入している。

 それを見越したこの商人は、こんな時期からやって来たということだ。


 この男はなかなか良い商人である。

 商売に関わる勘が鋭く、利潤の匂いを逃さないタイプだ。

 仕入れルートの確保や出店を視野に入れられるということは、規模の大きい商会に所属しているのだろう。

 開拓村にはそれだけの価値があると判断された証拠であった。


 迷宮の恩恵がさっそく可視化された。

 素晴らしい流れだ。

 思ったよりも幸先がいい。


「それで、お兄さんは何を買いたいんだい? かなり売れちまったが、まだまだ目玉商品はあるよ」


 商人の言葉で意識を戻す。


 情報収集だけできればいいと思ったが、確かにここで何も買わないのは礼を欠く。

 彼は商売をしに来たのだ。

 この村に出店するつもりもあるそうなので、多少なりとも貢献して損はあるまい。


 私は少しだけ買い物をすることにした。

 幸いにも懐にはいくらかの金がある。

 今日の治療の報酬としてもらった分だ。

 この村は貨幣が不足しているので何らかの物品で代用する場合もあるが、現金払いの時も少なくない。


 馬車に積まれた商品を吟味して、日用品と食糧を少し購入した。

 どれも消耗品なので邪魔にはならない。

 値段も割安だった。

 この村の経済状況を鑑みた価格設定なのだろう。

 良心的かつ周到な商人である。


「他に何か欲しいものはあるかい? 希望があれば仕入れるが」


「それでしたら、調合用の薬草を何種かと医療品をお願いしたいですね」


 私は具体的な品種を商人に伝える。

 薬草は森で採取できる分でも事足りるが、他にもあると便利なのだ。

 不測の事態にも備えられる。


 商人は私からの依頼を羊皮紙に書き記すと、私のことを目利きするように観察する。


「お兄さんは薬師か。しかもこの注文を見るに、調合技術も高いと見た」


「いえ、それほどでは。ただの医者です」


「はっはっは、そいつは謙虚なもんだ」


 商人はおかしそうに笑うと、辺りを眩しそうに見渡した。


「――今後、この村には迷宮目当てに冒険者がやってくる。怪我人が増えるだろうから忙しくなるな。分かった、希望の薬草と医療品はすぐに仕入れておく。応援しているよ」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 私は感謝の言葉を告げて、商人のもとを立ち去る。

 村長に出店の許可を取りに行くと言っていたので、あまり長居するのも迷惑だろう。

 あの商人ならきっと問題ないはずだ。


 私は自宅へ戻りながら思案する。


 村外の反応が予想以上に早かった。

 迷宮による特需は侮れない。

 この分だと冒険者もすぐに訪れるだろう。


 残念ながら迷宮化は間に合わない。

 そこは別によかった。

 しばらくは私が手を施せばいいだけなのだから。

 迷宮内で死者が出れば、どのみち迷宮化は高確率で発生する。


 迷宮の修繕は既に完了していた。

 今後のことを考えて、難易度調整用のアンデッドをいくつか用意したい。

 あまりに攻略困難だと挑戦する冒険者が減る。

 強いアンデッドばかりを揃えればいいということでもないのが面倒だった。


 大勢の冒険者が同時に侵入してくる場合に備えて、通路の構造や罠の配置も見直しておいた方がいい。

 拠点防衛などは私の専門外であった。

 経験が無いとは言わないが、軍事知識に長けた者と比べれば素人同然だ。


 この辺りのことは、ルシアに意見を仰ぐべきだろう。

 彼女はつい最近まで現役の冒険者だった。

 迷宮攻略という観点においては、私よりも詳しいはずだ。

 そして、最初に人工迷宮に潜った冒険者でもある。

 彼女の感想は知っておきたかった。


 迷宮管理の仕事は山積みだ。

 されど大まかな流れは、私の計画通りだった。

 順調と評してもいい。

 まだまだ焦る段階ではない。

 着実に消化していこう。

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