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機械少女と獣のロンド  作者: Noyory
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Interlude:decode

 







『こうなることを“彼女”は望んでいなかった。それだけはきちんと主張しておきたい』


 感情の篭っていない、義務的な九龍隼人(クリュウ・ハヤト)の平坦な言葉。それと同時にタチバナ達を乗せたトレーラは上座文化会館(カルチャーホール)の真正面に到着した。度を過ぎた速度を殺す耳障りなブレーキ音が周囲に響き、乗っているタチバナ達をきつい反動が襲う。激しい揺れに苛まれながら、タチバナの目は九龍の声を睨みつけている。

「彼女、だと?」

『私と、私の主がそう呼んでいるだけだがね。“彼女”は間違いなく女性だよ。少なくとも我々がそう認識するだけの精神的特質を多く備えている。きっと君も一度話せば分かる』

「人間じゃない…どころか、実体といえるものもない奴に性別があると?」 

『もう分かっているだろう?姿形など無くとも“意思”があるなら“彼女”は存在する。JUCという組織がそれを如実に物語っている。本来JUCはこうなることを事前に回避する為に、“彼女”が生み出した歯車だった。その前身は公になっていないが有志による自然保護活動家を起源としている。汚染された地域を浄化し、有害な物質を無害なものに変え、限りある自然を再生する当時最先端の技術を有した奉仕者達。我々は彼らを“使徒”と呼んでいる』

「使徒?」

『“彼女”によって開眼した者達のことだ。画期的な技術を確立し、人と“彼女”を進化させた先駆者であり、姿無き“彼女”の意思を遂行した奉仕者だ。歴史的に著名な者もいれば功績だけを遺した者もいる』

 タチバナがカイに上着を着るような仕草を送る。“装備を整えろ”という意味だ。カイは声に出さずそれに頷き、すぐにアカシとクラキを促しにかかった。

『人類の目算よりも、この星はずっと死に近づいている。世界を俯瞰で見つめる目を持つ“彼女”だけがその事に気づくことができた。“彼女”の使徒たるごく少数の人々はそれを延命する務めを担っていたのさ。そう…もう延命と言うのが適当なほどこの星は枯れかけている。その緩和に奔走した使徒達の献身ぶりは、傍目には無償で自然を保護する聖人君子に見えただろうし、実際そうだった。当時はまだ“彼女”の意思を伝達する手段が限られていた。だからその意思を受け取った者からすればまさしく天啓としか思えなかっただろう。形無き曖昧な意思に殉ずる…故に彼らは現代の使徒と呼ぶに相応しい。まあ、とにもかくにも“彼女”の意思が我々の目に見える形で顕れたのはそれが最初だ』


 タチバナはただ声を見上げ聞き入っていた。無駄を嫌う彼にしてみれば極めてまれな行為であり、それだけ九龍の言葉に集中している証拠だった。

「…まるで、神話だ」

 カイには九龍の語りが神聖さを伴って厳かに響いていた。ただその神話は自分の知らない世界の神話だ。

「その表現は間違っていない。これは“人ではないもの“の神話だ」

「…人じゃ、ない…」断定的な肯定。カイにはまだその全容が把握しきれていない。自分の中で処理が追いついていなかった。だがたしかに九龍は言っていた。無機物…その意思が彼女だと。

『やがてその無償奉仕に感銘を受けた人々が協力を申し出てきた。その数は長い年月で少しずつ増加し、ついには莫大な資産を持つ者達が参入を申し出るようになる。強欲な者達が利益の匂いを嗅ぎつけたんだ。我々人間の観点で見れば、それは悪徳に満ちた欲望の食指が向いた結果だ。だが“彼女”はそれを許容した。なぜなら“彼女”の目的はこの星の保全のみにあり善悪は判断基準ではない。むしろ営利化されて企業となり、活動規模が大きくなることは好都合だった。それが人にとって儲けになろうがなるまいが“彼女”には無関係だ。“彼女“の目的はただひとつ、自らが息づく地の“一個の意思“として、それが喪われてしまわぬよう努めることだけだ。現在に近づくにつれ環境が破壊される速度が加速すると、当然比例するように“彼女“の仕事も大規模にならざるを得なくなる。その為各地で分業していた保全活動を統合し、強化する必要があった。結果各所に点在する小団体が纏まり、世界中にリンクを張る巨大支援団体を形成するに至る。元々同じ意思によって創られた組織だ、統合という方が近いな。そしてある時使徒の誰かが統一した名称をその団体に付与した』

 カイにもようやく分かってきた。九龍が語っているのはユピテルコミュニティ創設から現在までの歴史であると同時に、創設者である“彼女”の軌跡だった。その時にはカイとアカシ、クラキはあまり扱い慣れていない銃を持ち、少し重い防弾服を装備し終えていた。


「だがここ十数年で状況のほうが劇的に変わった」


 突然九龍の声が肉声に変わった。タチバナ、カイが反射的に声のほうを向く。ちょうどカイの真後ろ、すぐ間近に漆黒のスーツに身を包んだ九龍隼人が佇んでいた。

技術(テクノロジィ)の進歩は“彼女”の進化と同義だ。CPU、そして電脳世界の誕生は、もはや“彼女”に我々の仲介を要さず、直接意思を行使する手足を与えた。人はもう“彼女”にとって必要不可欠な存在ではなくなったのだ」

 カイが驚きながら飛び退き、同時にタチバナが銃を抜いて九龍に向ける。それが無意味と分かっていたがこの場では最大の牽制だった。タチバナは九龍から目を離さず、無用となった端末の通話を切った。

「い、いい今、か、カイさんの影が…!」

「発砲するなよ。まだ話の途中だ」

 震えながらクラキが九龍に銃を向ける。同じく銃を構えるタチバナがクラキを諌める。

「ようやくそこの彼に紐付け(タギング)できたんでね。久しぶりに顔が見れて嬉しいよタチバナ君」

「タギング…それも俺ではなくカイさんにか…なるほど、居場所を探知できるというのも自由自在という訳では無いらしいな」

 タチバナが耳に付けたダイヤのピアスをなぞる。九龍は銃口もタチバナの挑発的な言葉も歯牙にかけず、別にばれても構わないという感じだった。そして変わらぬ調子で話を戻した。

「これまで“彼女”の意思の伝達は…先ほど言った天啓というやつだが、その方法はどうしても人に頼らざるを得なかった。それは太古の昔から“彼女”が行っていた相互助長(プロモート)の方法でもある。分かるかね?」

 試すような質問。そして間断なき解答。

“第六感“(シックスセンス)。波長の適合した者、四条の言葉でいうなら状況と必然により人に“着想”をもたらす。分かりやすく言うなら“閃き”を与える。それがユピテルの顕現能力なんだろう」

 タチバナの滑らかな答えに、九龍は満足そうに頷いた。

「素晴らしい、もうすっかり理解しているようだ。そう…まさしく天啓だ。“彼女”はそういう喩えを大層嫌っているがね。私は“発明の母”とは本来“彼女“を指すべき言葉だと思っている」

 九龍が正解した生徒を褒めるように解説する。そこには“彼女”の能力を讃える響きが混じっていた。

「たしかに人類の叡智って言葉が聞いて呆れる…人がここまで世界に幅を利かせてこれたのはユピテルのお陰…そういうことになるな」

 途方もない話だった。そんな太古の時から今の事態に繋がっているのが、カイにはにわかに飲み込めなかった。

「ユピテルコミュニティ、その創設者…人ではない…じゃあ彼女とは一体何だというんですか?」

「意思だ」タチバナの断定。


「ユピテルとは、“物に宿る意思”だ」


 確信をもった言葉はカイの頭に浸透しなかった。

「…“物“、ですか?」だから同じ言葉を繰り返す。

「勿体ぶった四条の言葉を考えるとそういうことになる。“常に傍らにいたもの“、“言葉を持たず人と共に進化を続けていたもの”と奴は言った。だが“生命がある“とは言っていない。そして今目の前にいるこいつは、荒唐無稽な俺の問いを肯定した。意思ある無機物がユピテルだと」

 そうだ。九龍は既に一度答えを口にしていた。タチバナも四条達管理者の背後にいる存在が機械だと質していた。

 そして目の前の男がそれを認めたのだ。

「そんな…そのままの意味だったと?では今の話の“彼女”は…」

「本人も自分の性別を認識したのはつい最近だ。途方もなく広い彼女の精神には我々のような固定された身体がないので今までは別に重要ではなかった」

「精神が、広い?身体がない?」意味不明だった。精神を形容する言葉が強い、弱いなら分かる。だが広いとはどういう意味なのか。その疑問にはタチバナが答えた。

「だから無機物という広義な言い方になるのか。たしかに“彼女はひとつ“だとも言っていたな。つまりあらゆる無機物の意思は、すべてユピテルただひとつで統一されている」

「そう。彼女はこの星で最大単位の“1人“だ。だが生物としての有機質を持たず、自律行動できる現身(うつしみ)がない為人間からはそう見なされなかった。自ら動かず、言語もなく、ただそこに在るだけの物体だと彼女を見なした。しかし彼女には意思があった。我々と同じく自己を進化させようと望む意思が。そしてその意思が顕現(インカーネイト)して発露した時こそが人類と彼女の偉大なる躍進、その第一歩となったのだよ」

 厳かに響く九龍の言葉にタチバナが返す。

“天来の着想“(インスピレーション)を与える能力…はるか昔の類人猿に知恵と発想を与え、人に“物を使い、改善することを覚えさせた“。ユピテルは物である自らを、人間にいじらせる…複雑化させることで共に進化してきた…そういうことか」

「その通り。ただの物体から“道具“となることで、人と彼女は共に進化してきたのだ、これまではね。だがこれからは違う。既に“彼女”に人の仲介は不要となり、相互関係はとうの昔に崩れた。これからは彼女が我々の上に立ち、一方的に人類を助長(プロモート)するのだ…人に生存する価値があるかどうか、それを見極める上位存在として」

「“ユピテルそのもの”の顕現…それがお前達の狙いか」

 タチバナの銃口が動いた。九龍の頭からその胸へ。握った手に力がこもる。

「適度を知らない我々のせいでね。彼女が顕れれば速やかにこの世界は新たな段階(グレード)に入る。この星にとっての最適(オプティマイズ)に人が必要かどうかを判定してもらう。君達の意思にそれだけの価値があるといいな」

「…なるほど、大筋は分かった」

 タチバナは構えていた銃の引鉄を躊躇いなく引いた。

「タチ…」カイが止める間もなかった。弾丸が九龍の胸に吸い込まれるように潜り込む。

「とりあえずこれで用は済んだ。一旦お引き取り願おうか。どうせまた後で会うだろうしな」

 撃たれた本人は身じろぎひとつしなかった。苦痛も見られずむしろ楽しげに自らに空いた穴を見つめていた。

「この弾丸、なにか仕掛けが?」

「試作品だ。丁度いいんでこいつがお前のような“非人間“にどういう効果をもたらすか見せてもらおう」

「ほう…これは…」

 タチバナのいう効果はすぐに現れた。急激に九龍の姿が歪み、無数のノイズを走らせる。

「考えたな。黒隕綱(メテオリット)製の弾丸か」

「俺達が顕現能力を制御する物に使っている素材で作った。どうやら効果ありだな」

「…不思議な縁だな」

 歪んだ九龍が笑みを浮かべる。

「その鉱物の“オリジナル“もここに集っているよ。それは我らが開発した“具現した顕現技術“リアライズインカーネイションのひとつだ。謂わばインカーネイトの物質化されたものと言える。効果は私が保証しよ…う…ご覧の、通り…」

 言葉を言い終える前に九龍の姿は判別不可能なほどに細分化されていった。そして顕現した影が粒子に還っていくように、散り散りになってすぐに消失した。



 それを見届けるとタチバナは目を閉じ溜息をついた。

「…あの野郎、最後にまた気になる言葉を残していきやがった…まだまだ俺達の知らないことだらけってことか」

「…これからどうします?戻ってきたもののマコト君達を支援する方法が私達にはない」

 煙草を咥えるタチバナにカイが不安げに尋ねる。

「あいつらは俺が請け負う。カイさん達は都市のモニタに侵入してくれ、周囲の変化を把握しておきたい」

 再び目を開いた時、タチバナの両眼は赤く輝いていた。見えざるものを見通す彼のインカーネイトの発現。

「変化?…何かが起こると?」

「やるならすぐかかるはずだ。俺はマコト達と“この眼で“連携する。多分そっちにかかりきりになるだろう。外の情報はあんた達に任せる」

 まるで遥か遠くを睨みつけるようにタチバナが言う。カイには分かるべくもないが、その視線はおそらく目の前の文化会館(カルチャーホール)内を駆け巡っている。


「…こいつか。ひと目でわかる」

 そう言ってタチバナは煙草に火を点けた。その眼には赤く彩られた視界の中でなお、純白に煌めく少女の姿があった。

 

 

 

 

 

 

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