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機械少女と獣のロンド  作者: Noyory
4章 〜流滞/ロンド〜
18/24

4-5 beyond/beyond of the rondo

 

 闇の中を走り抜けた廃列車(ゴーストトレイン)は、やはり真っ暗な闇の中に停車した。


 数人の足音が列車から降りていく。中途半端な路線の真上だが、どうやらここが目的の場所のようだ。

「レールを点検する為の連絡通路から地上に出られる。ここから上がるとすぐ近くに目的の場所があるんだ。何人かが先に様子を見に行ってくれてる」

 楯無茜(タテナシ・アカネ)がそう説明した。真綾にはその目的の場所がどこなのかすら分からない。分からないことだらけだ。

「使わなくなった路線なのにそのままなんですか?」

 口から出たのは意識の表層に浮かんだシンプルな疑問。しかし深層ではずっと友人の過去に心を囚われている。

「急激な発展の皺寄せさ。この都市の地下にはね、廃棄されてそのままにされたこういう“遺跡”がいっぱいある。僕らがいた“箱庭”も、今ではその仲間入りだ」

「箱庭は、もうないんですか?」

「うん。あそこでの暮らしはある日突然終わった。僕らはなんとか生き残って上に出られたけど、ほとんどの仲間はその時死んでしまった」

「死んだ?」

「そう。普遍的無意識の海に呑まれて」


「…無意識の海?」

 やけに核心的な言葉が真綾の深層に切り込むように届いた。楯無はまるで意味不明なその比喩が、全ての答えだとでもいうように口にした。


「おーじゃまっ」

 前方車輌から千笠愉迦(チカサ・ユカ)が現れ、その手に持ったペットボトルを楯無に投げ渡した。

「偵察組が言うにはまだ管理者関係の奴らは誰も来てないみたいだよ。しばらくここで待機だね」

「ならちょうどよかった。まだ肝心なところを話せてない」

 楯無はそう言って喉を潤す。千笠は真綾にもペットボトルを渡してくれた。

「あの、海というのは?」

 楯無は一瞬不思議そうな顔をし、やがて納得したように頷く。

「そうか。君は光災を外側から見たことしかないんだね。ならやっぱり、君は僕らと同じだ」

「どういうことですか?」

 千笠が指を立てて説明する。

顕現能力者(インカーネイト)の発現にも二通りあるんだよ。わたしらみたいな“生来の顕現能力者”(ナチュラルボーン)と、光災に巻き込まれて顕現する後天的な能力者」

 楯無が言葉を引き継ぐ。

「僕らは“覚醒者”(アウェイカ)と呼んでる。フォークロアにも何人かそういう能力者がいる。儀依くんみたいに、光災に呑まれて発現した人達のことだよ。“海”っていうのはね、インカーネイターが必ず見る景色の形容だ。後天的なアウェイカは全員がそれを経験する。人によって受取り方が違うけど、海ってところは共通してる」

「わたしら生まれつきもどこかで必ずそれを体験するんだよ。なんていうのかな…その海からもう1回生まれ直したというか…抜け出したような?まあそんな感覚を得るんだよ」

 首を傾げながら言う千笠の様子から、それが体験としての感触であることが窺える。だが真綾にはまだその体感がなかった。

「今から5年前、この都市を光災が襲った時箱庭も終わった。何故ならそこが“中心地”だったからだ。そして大多数の箱庭の生徒は、普遍的無意識の海に還っていった」

「無意識に、還る…」

「その日が僕らにとっての転換点だったといえる。彼女にとってもね。地上に放り出され、依るべき場所も人もいない僕らが生きるには、同じ境遇の者達の協力関係が必須だった。僕がフォークロアを作ったのはそれが理由だ。花菜の立ち位置は少し特殊だったけど、それでも彼女の意思は僕らの原動力としてかけがえのないものだった」

 楯無が再びその目を過去へと向ける。真綾もその眼差しを追うように視線を宙へと飛来させた。



 自分の知らない裏側の物語。宮崎花菜の見た過去へと。






 


ー1.pastー







 その日は朝から特別な出来事のオンパレードだった。


 カノンは箱庭(ザ・ガーデン)の野外グラウンドにいた。地下なのに野外とは矛盾しているが、見た目としてはその名称に違和感はない。

「渡した本はもう読んだか?」囁くように言った全身に黒を纏う男の言葉にカノンは頷いた。

「最初はなんであんな本くれたのかと随分考えました…でもお陰様でわたしの能力、だいぶ扱いやすくなりました」

 箱庭の者からすれば珍しい、笑顔のカノンが答える。男は燃えるようにたなびく長髪を気にもとめず頷いた。

「見せてみろ」

 カノンが手を伸ばす。そしてもう頭にまるごと入ってしまった機械の駆動系の知識に基づき、自分自身の手を“始動”させた。音を立てて手指の関節が割れ、内部から鋼鉄を覗かせる。そして肉の部分が折り畳まれ、代わりに歯車と発条仕掛けの腕が表面に形成された。得意気なカノンの腕を見て男が言う。

「見事だ。工学の知識がお前の能力の制動に役立つと考えたのは当たりだったな」男は指で機械の腕に触れた。その表情はなんの感情も表さない無のままだったが、カノンは素直に嬉しかった。

「だがあくまで機械工学は参考に過ぎないことを忘れるな。それは単なるベースだ。お前の意思が望むなら、物理的には不可能な駆動も可能となる。それが顕現能力だ」

「はい。“顕現は意思の形、そして意思には法も科学も適用されない”、ですね」

 前に男が言った言葉を返す。 

「子供のくせに、それだけ敬語を使えるお前に感心する」

「自分でも驚きです」そう言って笑う。

 カノンがこんな賢しげな会話をするのは彼に対してだけだ。それはカノンの敬意の表れであり、多くのティーチャの中で唯一彼だけに寄せる信頼の表れだった。

 不定期に箱庭を訪れる、ただ1人の“顕現能力(インカーネイト)教師(ティーチャ)”。それがサカキと名乗る、この無表情な男の肩書きだった。


「ユカにはもう会いました?あの子も早く先生に見せたいってそわそわしてましたよ」

「ああ。ユカには最初に会った。今はきっと“校長”(ウォーデン)と一緒だ」

「…校長と…?」途端にカノンの顔に猜疑心が拡がる。なぜならサカキが箱庭で一番信頼している人物なら、校長はカノンにとって、この世で最も信頼から遠い人物だったからだ。

「ユカの顕現もよく成長していた。あいつの能力は汎用性が群を抜いている。校長が目を付けるのも無理はない」

 その囁きには何か裏が含まれているようにカノンは思えた。何よりサカキの目が、カノンに警告を送っていた。

「先生、次は僕達のも見てよ!」

「ああ」

 グラウンドの遠くから数人の生徒が呼びかける。無口なわりに、サカキは箱庭の住人によく好かれていた。そしてその囁きは小声なくせに、誰1人聞き逃すことは無かった。

「先生、ユカは何をしに校長のところへ?」

 彼らの方へ向かうサカキに聞いてみる。するとサカキは逆に質問で返してきた。

「ユカという存在がいなくなると寂しいか?」

 何の感情も読み取れない無表情。その無にさっきまでの和やかな雰囲気は吸い込まれ、代わりにやけに切迫した危険の気配が湧いた。カノンは間を置かず首を縦に振った。

「お前が昔よくいた安定室。その奥にティーチャ達の“秘密の部屋”がある。普段は生徒達の入れない開かずの部屋だ。ユカはそこにいる」

 サカキは質問に答えない代わりにそう言った。たしかに中をみたことがないドアがひとつある。そしてそこは、入ったら二度と戻って来れないと噂される怪談めいた場所でもあった。カノンの感じた危険信号が胸の中で急速に膨らむ。

「先生…」次々に湧き出す疑問。それを口に出す前に、サカキが答えを囁いた。


「急げ。ユカの存在が大事なら」


 カノンは弾かれたように走り出した。焦燥と恐れに押されるように足を動かし、ここで一番の友人の無事を祈りながら。



 




ー2.presentー








 上座神遙学園は突然の轟音にパニックに陥っていた。

「じ、地震ですか!?」「先生方、クラスの生徒の確認を!」

「いや、学園内を手分けして見回ったほうが!」

 現状が掴めない教師達は慌てふためいて状況の把握と生徒の安否確認を急いでいた。しかし最初に彼らの頭によぎったのは、

 “ひょっとしてまた爆弾か?”、“もしかして例のテロリストの仕業では?”という過去の経験から募る危惧だった。当たらずとも遠からずなその予測により、彼らの多くが一番に取った行動は警察と消防署への連絡だった。おかげでその両方に寄せられた通報が次々に届き、両局の情報は錯綜し、混乱した。




 その音の根源である3階の理科実験室は、横一線に両断されていた。一番角の教室であり、外側に大きく傾斜がつけられたこともあり、盛大な音と共に上半分が滑り落ちようとしていた。この音はその摩擦によって起きる盛大な擦過音である。


 その教室の中に、人間の体がひとつ転がっていた。いや、正確には教室と同じく、真横からちょうど半分に切断された“ふたつ”の死体が。そしてその死体は心中で呆れ返っていた。

(やれやれ…相変わらず、無茶なことを平気でする…)

 徐々に空が見えてくる天井を見ながら、凛虎飛(リン・フーフェイ)は心中で苦笑した。実際の表情を変えるわけにはいかない。なぜなら自分は“死体”であり、この破壊の実行者がその顔を覗き込んでいるからだ。

「…口のわりにあっけなかったね、SOS。ううん、あなたはいつもそうだったか…口ばっかりで、自信家で…」

 凛の“化けた”死体を見ながら宮崎花菜(ミヤザキ・カナ)が言った。既に警戒は解き、その身は普通の少女の姿に戻っている。彼女が自分の殺害を確信している証拠だ。

「…それがあなたの本当の顔、なのかな。なんかイメージと違って…笑っちゃう…」

 その言葉とは反対に、彼女は泣いていた。声も出さず静かに、ただ涙を流していた。やがて哀しみで顔が歪み、顔を手で覆い肩を震わせ出した。凛は虚ろな死者の眼差しでそれを見つめ続けながら、久しぶりに罪悪感というものを自覚した。

(…まだ、友人だと思ってくれてたわけか。裏切り者と呼ばれてもしょうがない僕なんかを)

 花菜はそれから数分間泣き続けた。あまりに無防備な彼女に対し、凛は何をするでもなく死体のふりを続けた。実は今の顔も凛の本当の顔ではない。いつか何処かでコピーした、事故で半身を失った青年の姿だ。ちゃんと“換装“できたところをみると、彼はまだ存命らしい。そして死すらも偽装する自分の浅ましさが、凛自身に不意を打つことを思いとどまらせていた。

 天井が落下する。わずかの静寂の後、人々の悲鳴を掻き消す程の破砕音が谺した。天井が無くなった教室で、花菜は覆っていた顔を上げた。涙は止まっていた。空が映るその目に、再び強い意思の力が宿る。

「しっかりしろ…大事なのは、まだこれから…」

 花菜は自分に言い聞かせるように呟くと、立ち昇る砂塵の中へと身を投じた。



 それからしばらくして、崩落現場の様子を見に来た教師らが恐る恐るドアを開けた時、そこには割れた器具や切断された設備が散乱するばかりだった。

 宮崎花菜の姿はおろか、半分になって転がっていた凛虎飛の姿もとうに消え失せ、ただ混沌だけが残されていた。





『残念だがお前の気遣いは無駄になった。真綾は己の顕現能力(インカーネイト)を自覚した』


 榊終一(サカキ・シュウイチ)が補填と共に花菜へ送った情報、その最初に意味を為した一文(フレーズ)。それは花菜に衝撃と絶望を与え、その実“やはりこうなった”という運命じみた諦念を感じさせた。

 そして真綾が能力を発現させるに至るまでの復讐の道程を知った時、花菜を本当の後悔が襲った。これでは結果として、花菜が彼女を裏側の世界に引き込んだに等しい。その逆を心から願い、祈るように手を汚し続けていた自分が。

 裏側の世界と言っても、異常者や犯罪が蔓延る暗部などではない。花菜が身を置く裏側とは、虚構が現実を超越した“人の意思”が支配する狂気の世界だ。


『実際に真綾を揺り動かしたのは愉迦だが、それはフォークロアの存在理念に基づくものだ。愉迦を、そして彼らを責めることはできない。お前が1人で抱え込んでいた真綾の秘密など、彼らは知らないのだから』


 その通りだ。悪いのは自分だ。

 管理者達と敵対し、仲間達(フォークロア)さえ欺いて、たった1人で真綾を守ろうした自分のせいだ。

 そしてその挙句に失敗し、死の淵に突き落とされた。守ると決めた少女を残し、先に1人だけ死を享受しようとした。榊がいなければきっとそうなっていただろう。しかし今、花菜は生かされ、真綾を“世界”から救えるぎりぎりの間際に動く機会を得たのだ。


『管理者達がことを起こそうとしている。今なら管理者に知られずに身を隠すことができるだろう。お前のその気高い意思は、そろそろ報われてもいいと俺は思う。管理者、インカーネイター、そして真綾。全てを忘れてこの都市を出ろ。この世界から失われるには、お前の意思は貴すぎる』


 そんなわけにはいかない。真綾に、あの白雪のような精神に、“この世界の未来”など背負わせるわけにはいかない。四条巽、あの男に真綾の精神を玩具になどさせられない。


『上座市は間もなく次の段階(グレード)に移行する。そうなればもう、この都市から出ることは誰にもできない。もしかすると俺にも。それを見届けるため、管理者達は今日、都市のある一点に集中する。その隙にこの上座市という舞台からお前は退場しろ。たとえそうしたとしても、誰もお前を責められる者などいない』


 いいや、いる。

 彼女を1人にすることなど、わたしがわたしに許さない。


 榊は花菜の精神を貴いと言ってくれた。価値があると。しかし花菜は、自分より遥かに貴いと思えるものを真綾の中に見つけてしまったのだ。だから退かない。



 そして今、花菜は榊の忠告と真反対のことをする為に都市の上空を駆け抜けていた。

 花菜は機械化した四肢をワイヤー代わりにして、ビルからビルへ移動していた。その最中に管理者の集まる舞台、その場所を凛虎飛の死体から奪ったQPDA端末で検索する。抽象的な榊の情報を思い出しながら、マップを見て情報と照らし合わせる。そして、見つけた。

文化会館(カルチャーホール)…そこに来るのね」

 全ての元凶となる進化欲の怪物、四条巽(シジョウ・タツミ)。花菜はこの拾った命を全て使い切ってでも、その怪物の息の根を止めると決めていた。

 

 時間がない。打開策はもうそれしかないのだ。







ー3.pastー






 カノンは社交室(サルーン)と呼ばれる箱庭の住人達の住居兼研究施設(ラボ)へと飛び込んだ。1階にいた同胞達が驚いてカノンを見たが、それを無視して2階へと走る。

「カノン、どうしたの?」

 その姿に気付いたアカネが声を掛ける。

「優等生は関わらないほうがいいよ」言いながらカノンは顕現能力を顕し、自身の両腕を機械化した。

「ちょっと、何する気?」

「2階に行くのよ。ユカを助けに」

「ユカを?…たしかにさっき校長(ウォーデン)やティーチャ達と一緒に上がっていくのを見たけど…でもそこはティーチャ達が許可しないと上がれない…」

 言葉の途中で鋼鉄の歪む音。力任せに開けられたエレベータの上げる悲鳴に、そこにいた全員が驚いた。

「カ、カノン、ちょっと!」

「ユカが死んじゃうかもしれない。校長を止めてくる」

 そう言ってこじ開けられた扉にカノンは飛び込んだ。呆気にとられたアカネは状況に追いつけず、ただ見送ることしかできなかった。




「今の音は?」

 2階、ラボにいるミツルはエレベータから聞こえた異音に反応した。だが目の前の男は全く気にかけず、体中にケーブルを付けられたユカの様子から目を逸らさない。

「この子の友達かな。どこで聞いたのか、ここで抽出作業が行われているのを知ったらしい」

「カノンか…また厄介なやつに気づかれましたね」

 忌々しそうに呟くミツルに男が聞いた。

「あまり記憶にない名だ。どんな能力を遣う?」

「頑固な頭がそのまま顕現したようなカテゴリCです。自分の体を機械化します。呼称名“生ける歯車”(ライブギア)ですが、本人はそう呼ばれるのを酷く嫌っています」

「ほう…名前の価値を知っているのだな。頭がいい」

「直感と感情で生きているような問題児です。多分ユカを助けにここまで上がってくるでしょう。それくらいのことは平気でやります」

「会うのが楽しみだ」

 ミツルは本当に楽しそうに笑う男に呆れた。それはこの抽出が中断されることを意味するのだが、男はそれよりもカノンのほうに興味を惹かれた様子だった。


 エレベータドアの中央が凹んだ。隙間から金属音とともに鋼鉄の爪が生える。

「着いたようですよ」

 男は微笑んだまま振り返る。そしてドアをこじ開けたカノンを見た。

「こんにちはカノン。元気がいいな」

 それがカノンと校長(ウォーデン)こと、四条巽のほぼ初めての接触だったが、カノンはその奥に見えるユカの姿にそれどころではなかった。

「ユカ!」

 悲鳴のような声を上げて呼びかけるが反応はない。それどころか今のユカの状態は、まだ生きているのかすら怪しい。


 体中に太いケーブルを付けられ、手術台のような椅子にユカは座らされていた。無数に繋がるケーブルは容赦なくユカの皮膚を貫き、身体内部に突き刺さっていた。頭、胸、肩、腕、腹、腰、脚。そのすべてを黒い線が貫いていた。ユカの顔に生気はない。痛みを感じているようではなかったが、小さな体は激しく痙攣していた。

「あまり見せたくない光景だったからこっそりやっていたのだが…余計に心配させてしまったかな?」


「お前ぇぇ!!」

 我を忘れたカノンが腕を振るった。その意思に呼応して鉄屑(ジャンク)化した巨大な塊が四条を襲う。怒りによってもはや腕の形状をとっていない、まさに鉄傀となった右手は物理的な機巧を超越した速度で射出された。

 砲撃のような轟音を伴ったそれは、しかし四条に届くことはなかった。四条の前方に沸いた“闇”が、靄のように凝り、寸前で衝突を押しとどめていた。

「素晴らしい…我を失ってなお、これほどはっきりと意思を形に顕わせるとは。そう思わないか?」

「まったくです」

 四条の称賛にその“闇”が答えた。徐々に大きくなる闇が人の姿を形取る。やがて闇の色はそのままに、黒いスーツに身を包んだサングラスの男がカノンの眼前に立ち塞がった。

「おっと…?」謎の男の出現にもカノンの攻撃意思はぶれなかった。男の手で抑えられた格好になった鉄傀は止まらない。歯車(ギア)推進機(プッシャ)に後押しされて、更に男を圧し潰そうとし続けた。

「うあぁぁああ!!」猛り続けるカノンの勢いは凄まじかったが、男の片手の闇は微動だにしない。

「埒がないな。ミツル」

「はい」

 四条の横にいた女が返事をし、目を閉じた。指先を自らの頭に当てる。

“伝導”(トランスミット)

 言葉と同時に指先から発した粒子がミツルの頭を真横から撃ち抜く。その衝撃がそのまま“カノンの頭の中”を襲った。

「がっ…!」突然脳内を貫くような衝撃にカノンの意志が途切れかけ、物理的にも真横から殴られたように体が舞った。すぐ横の何かの器具をぶちまけてカノンが倒れる。意思の途絶に機械化した部分があっという間に折り畳まれて消えていった。


「中々凄い能力じゃないか。特性をよく理解し応用もできている。優秀だ。なぜ今まで報告に上がらなかった?」

「本人の反抗的態度のせいでしょう。ティーチャの要請にもまったく協力的ではありませんし、能力のほうも汎用性があるとは思えません」

「だが私の集めている部隊(チーム)には使える。この子のインカーネイトはかなり戦闘向きだ」

 校長、ミツル、闇の男の会話が途切れ途切れに聞こえる。

「裏…切り、ものぉ…!」

 ミツルと呼ばれた女に呪詛のような怒りをぶつける。カノンと同じ青い衣服を着た女は、アカネと並ぶ箱庭の最上級生の1人だった。彼女は倒れて動けないカノンを見下ろして言った。

「どっちが。ずっとここの理念に反しているのは自分だってこと、いい加減理解したほうがいいわよ」

 理念?そんなものはここにはない。あるのは隔離され、実験動物のように扱われる閉塞感と息苦しさだけだ。

 この箱庭は、もともと普通でない者からさらに普通であることを奪い去る。それどころか普通という概念さえも忘れさせようとする場所だ。その証拠にカノンやユカ、そしてほとんどの住人がここに来る以前のことを覚えていない。おそらく入所の時に飲んだ薬のせいで、地上で生活していた記憶は誰もが霞のようなおぼろげなものでしかなかった。

 校長が膝をつき、カノンに顔を近づけた。

「友達があんな姿になっているので驚いたろう。だが仕方がないんだ。なんせインカーネイトというものは“どこ”に宿っているのか皆目見当がつかない。頭の中なのか、胸の内なのか、それとも血の中を巡っているのか。彼女の“意思を電子に融合する”能力がどうやって顕されるのか…それを解明しようと思ったら、ユカを構成する全てを模倣する必要がある」

「な…にを」

 この男は何を言っているのか。意味が分からない。分からないがすぐそばの校長の顔は真剣そのものだった。カノンにはそれが怖い。この男は“正常のまま”狂っているのでは、という矛盾した認識がカノンを怯えさせた。

「実際ユカには酷いことをしている。申し訳なく思う。だかおかげで彼女の脳波はもちろん、生体電気のパラメータ、顕現時の身体、精神状態の変化兆候を得られた。物理的には皮膚組織、血液などのサンプルも。これらを元になにをするか分かるかね?」

 分からない。分かりたくない。直感的におそらくそうだという解答が浮かんだが、それはカノンの幼い倫理観ですら理解することを拒否していた。

「ユカの人形を造るんだ。依り代と言い換えてもいい、あるいはダミーとも。自律意思のないその人形にユカの情報をトレースする。そうしてユカと全く同じ条件を備えた人形で、インカーネイトの再現を試みる。それを我々が観察し、その仕組みを解明していく。もしよければ、君にもお願いしたいが」

 その状況を想像してカノンは吐き気を覚えた。ユカと、あるいは自分とそっくりのなにかが、目の前の男の玩具にされる。考えたくなくても、勝手にその場面が脳裏に浮かんだ。

「校長、彼女は無理です。彼女の意思が、私達の側にない」

 サングラスの男が言った。四条は肩を竦め「だろうな、残念だ」と言うとカノンから離れた。

「この光景を見れば当然だな。安心していい。もうユカには何もしないよ。必要なものは得られたし、君に無理強いする気も無い。何よりも大事なのは“意思”だ…それを覆すつもりは私にはない」

 それだけ言うと四条は何かの装置を操作し、部屋の電源を落とした。急に真っ暗になったカノンの視界に、今度はサングラスの男の顔が寄る。

「全て忘れてほしいところだが、生憎私にそんな力はない。せめてもうしばらく、大人しく眠っていてくれたまえ」

 男の手がカノンの目を塞いだ。その手の中に、闇の中でもはっきり見える真の黒があった。


 それを感じた瞬間、男の手中の闇に呑み込まれるように、カノンの意識は急速に遠のいていった。

「我々はもはや、人であるだけでは立ち行かない…意思だ。我々の持つ意思だけが、その運命に抗う可能性だ」


 カノンが最後に聞いたのは、やけに切迫した響きを伴った、四条巽のそんな言葉だった。







ー4.presentー







 上座市立文化会館(カルチャーホール)のエントランスは、かつて例を見ないほどの職員の姿で溢れていた。無駄に広い真っ白のホールを暗い青の制服が忙しく動いている。アオイとマコト、そして有家はそれをよけながら受付に辿りついた。

「失礼ですがお連れ様のご登録がありません。メディア関係の方は事前に登録が無ければご入場頂けませんが」

 にこりともせずに、PCモニタと有家達を見比べて受付の女性が言った。

「別口なんです。彼らはテレビの方で、そちらから取材は合同でと打診があったので一緒に来たんですよ。市内のローカル局からアポが入っていません?」伊達で生やした顎鬚を撫でながら、有家は後ろの2人を指しながら言う。

「確認しますのでお待ちを」


 全く愛想のない受付の女の対応に、有家(アリヤ)は強い違和感を感じた。何度か取材でここを訪れたことはあるが、こんな緊張感をまとった人間に出会ったことはない。いつもはもっと年配で、おっとりした職員ばかりである。

 おそらく今ここにいる人間に、本当の職員はいないのだろう。1人として見覚えのある顔はいないし、いつもいる天下り丸出しの定年過ぎの館長もいない。全員が鋭い目で自分達3人を品定めしているような視線を感じる。職員全てがまるごと入れ替えられているとして、それが警察なのか管理者に関係する者なのかは微妙なところだ。

(まあ、それだけ今日のイベントがスペシャルだってことだ)

 そう考えて有家のやる気はさらに高まった。往々にしてこういう場合、主賓達の口は軽くなる傾向がある。

 秘密とは大きければ大きいほど喋りたくなる、というのが有家の持論だ。永遠に隠し通せる者などいない。秘密にはそういう相反する側面がある。たとえ誰にも知られたくない秘密でも、実際はそれを喋りたくてたまらないという欲求が必ず付き纏う。きっと秘密が大きくなればなるほどその圧力は強い。

(そして、それを肩代わりするのが俺の仕事だ)

 有家はそう考えている。本人の持つ暴露願望を代理して叶えること。それが有家のジャーナリズムの根幹(ベース)にあった。それはただの後ろめたさの言い訳ともいえるが。


「確認ができましたのでご入場頂いて結構です。ただ、市長が来られるまでは控えの部屋から出ないでください。市長の準備が整いましたらこちらからお呼びします。よろしいですか?」

「わかりました。しかし今日はやけに厳重だ」

 眼鏡に指で触れながら軽い嫌味をこぼす。

「ここ最近のテロ対応の為です。ご了承ください」

 受付の女は最後まで笑顔を見せなかった。控えの部屋への案内に現れた男も同じく、にこりともせず無言で待合室と表示された部屋まで案内した。ドアを閉める際に初めて発した言葉が「外におりますので、何かある時はノックを」だった。つまりドアを開けるのは自分の仕事だと言いたいのだろう。


「ふう…とりあえず第一段階はクリアかな」

 扉が閉まるのを確認して、有家は2人を振り返る。

「ああ、助かったよ有家さん」そう言ったアオイと無言のマコトはすでに小細工に動いていた。

 マコトが部屋の四隅に何か小さな機器を設置している。設置といっても電源らしきものを入れて放っているだけだが、室内の天井に設置する際には驚かされた。マコトは巧みに壁を利用し、4メートルほどの高さを軽々と跳躍して部屋の最上部に接着していったのだ。

「…えっと、なにをしてるのかな?」

「質問はちょっと待ってくれ」

 アオイは手に持った端末を操作し、マコトの設置した機器と無線で接続しているようだ。機器の設置が終わると、この部屋の角の八辺を囲っていた。

「オッケー、この部屋の隔離はできてる。有家さん、うちのボスと繋げるから話してくれ」そう言ってアオイは端末を中央のテーブルにおいた。

「君達のボス?」

『とぼけなくていい。あんたが俺の存在に気づいてるのは分かってる。無駄な会話は省きたい』

 テーブル上の端末から知らない男の声が言った。

『今マコトが設置した機器で、この部屋の盗聴は不可能にしてある。侵入できるのは俺の声だけだ。怪しまれるんで大した時間は稼げないが、その空き時間に俺達の目的を話しておきたい』

「目的…って、やっぱり四条巽かい?」

『そうだ。上座市市長、そしてJUC首席地域管理者の四条巽を、あんたのインタビューの最中に拉致する。結果としてあんたの仕事の邪魔をすることになるな』

 声の主は有家が半ば予想していたことをはっきりと明言した。それを聞いても有家が不満を覚えることは無い。それどころかむしろどう転ぼうが特ダネには違いないことが確定して安心したぐらいだ。

『一応話しておくのが礼儀だろうと思ったんで伝えておく。別に手伝えという気はない。四条と接触したらあんたはじっとしてるだけでいい』

「ああ…その、市長を拉致する目的なんかは聞いてもいいかな。無理に聞く気はないけど…」

「ただのついでだよ」

「え?」マコトの意外な呟きに思わず聞き返す。しかし彼女…いや、彼は有家と目も合わせずにストレッチをしている。会話をする気はないらしい。

『そこの2人にとってはたしかにそうだ。だが俺と蔵人、そして外にいる“別働隊”の主目的はあくまで四条だ。奴には聞きたいことが腐るほどある』

「ねえ、もうこれ着替えていい?動きにくいんだけど」

「まだだよバカ、市長に会えるまでの我慢だ」

 マコトの不満をアオイが制する。マコトは不機嫌そうな顔で体を動かし続け、言った。

「その市長を捕まえたら、あとは勝手にやるからね」

『構わない。せいぜい奴らを掻き回してやれ。そういうことだ有家さん。邪魔だけはしないように頼む』

 電話の男は簡単にそう返し、通話を終わらせようとした。

「ああ、ちょ、ちょっと待ってくれ」

『何か不満が?聞く気はないが』

「いや、市長の件は了解した…ただその、あんたの名前を聞いておきたいと思って」

『もう二度と関わることもないのにか?』

「これもなにかの縁と考えてほしいな。あんたらみたいなのとこれでさよならは勿体ない。俺は仕事がら、できるだけコネクションを拡げときたいんだ。つなげる手は多いに越したことはないからね。そういうのが何かの折に命綱になる事を、俺は経験で知ってる。今回みたいに手助けできることもあるし」

 それは有家の本心だった。真っ当な連中でないのは間違いないが、彼らが今この街で起こる異変と関係している、或いはそこに干渉しようとしているのは間違いない。彼らは単なる一発屋ではなく、今後もニュースの顔となる素材だと、有家の直感は告げていた。

『どうかな。それはお互い共倒れになる危険も孕んでいるってことだが…まあ、俺のサインだけ教えておく。連絡を取りたい時は“赤目の梟”(レッドオウル)宛に書き込め。ネット上ならどこでもいい』

「…レッドオウル…!?」

 有家が驚いている間に通話は一方的に切られた。

 そのサインを有家は知っていた。いや、レッドオウルのサインは有家のような情報関係に身を置く者なら誰もが知っている。

 “赤目の梟”。深い闇に覆われたネットの世界を見通し、あらゆる情報を盗み取る、超級と位置付けられるハッカー。存在すら疑われるほどの正体不明の大物だ。有家は自分がそんな都市伝説のような存在と会話をした事実に、狐につままれたような気分を味わった。



「あの人に説明する必要あったの?」

 マコトは有家から離れたところで、インカム越しにタチバナに呟いた。

『下手に動かれたり固くなったりされても厄介だからな。なにが起こるかあらかじめ知らせておくほうがましだろう。それよりお前達にも説明が必要な動きがあった』

「ここの中でか?」マコトと同じく有家と距離を取ったアオイが聞いた。2人は有家を中心に室内の対角線上に位置していた。

『いいや、外側でだ』

「外で?何か関係あるのか?」

 インカムを通して話す2人が顔を見合わせる。

『都市外辺の修繕に当たっていた派遣兵達がいただろう』

「ああ、ケルビムとかいうユピテルの軍隊だろ」

『そうだ。そいつらが修繕の現場から一斉に撤退した』

「撤退?道路が直ったってことか?」

『依然として交通不可能な状態だ。それどころかより堅固なバリケードが築かれているそうだ。でかでかと通行不可の文字付きでな。警察関係の知り合いに確認したんでたしかな情報だ』

「それが僕達となんの関係がある?」

 マコトの言葉にアオイも首を傾げる。聞いたところ自分達に関係がある気はしない。

『その知り合いがケルビムの、おそらく本部への報告を盗み聞きした。“移行プランGの事前準備完了。以後はメインプログラムに帰属する”、だそうだ』

「完了って…まだ通れないままなんだろ?どういうことだよ」

『おそらくケルビムは、最初から修繕などしていなかった。俺が考えるに、修繕のふりを装って全く別の仕掛けをしていたんだろう。それが移行計画とやらなんだろうな』

「Gっていうのは?」マコトの質問。

『さあな。移行というからには世代、段階あたりだろうが…なんのことかは不明だ。メインプログラムというのも謎だな。ただ何を示しているのかはよく分かる』

 タチバナは間をおいて、少し楽しげに言った。


『要は本番はこれからってことだ。その前に四条と話しをするってのは、タイミングとして悪くなかったな。分からないことは全部あいつに喋ってもらおう』







ー5.pastー







 カノンは自分のベッドの上で目を覚ました。


 しばらくは何も考えられず、なぜこんなに頭が痛いのかすら思い至らなかった。徐々に覚醒するに伴い、気を失う前の出来事が蘇ると、カノンは跳ねるように飛び起きた。

「ユカ!」

 周囲を見回す。社交室の1階フロアで一番面積を占める、巨大な宿舎の一室。もう見慣れてしまった、延々と連なる簡素なベッドの列。箱庭の住人には部屋などなく、全員がこの部屋で共に眠る。今は誰もいない。右隣のベッドを見る。そこにはいつもユカが陣取っていて、幸いそれは今日も裏切られることはなかった。

「…目が覚めたかい?手足に痺れとかはない?」

 ベッドのすぐ横にはアカネの顔があった。前髪で隠された目が心配を形作っているのが覗けるほどの近距離。ユカは彼の背後のベッドで穏やかな寝息を立てていた。

「ミツルの“魔弾”(フライクーゲル)にやられたんだね…後遺症が心配だ。たぶん手加減してると思うけど…」

「わたしのことより、ユカは?」

「彼女は大丈夫。僕の“促進”(シグナル)で治療した。小さい針穴だらけだったけど、あれくらいなら代謝を促進するだけですぐ塞がる。跡も残らないよ。起きた時お腹がぺこぺこだろうけどね」

 アカネは安心させるように微笑む。しかしカノンの心のざわつきは収まらない。

「…やっぱりあの校長、頭おかしい。ここは学校だなんて言って、結局わたし達のこと実験動物くらいにしか考えてない」

 握りしめた拳を震わせるカノンの言葉にアカネは無言だった。

「なのにあいつ…ミツルはなんで校長の味方をするの?同じ箱庭の住人なのに。わたし達は外の世界にも出られない化物の集まり。ここ以外に仲間はいない。その仲間があんな目に合わされるのを手伝う理由が分からない」

「ミツルは…誰にも頼らないと決めてるみたい。彼女だって君と同じで、本当はここから出たがってる。ただ、選んだ方法が違うだけだ。ミツルは校長に自分の価値を認めさせて、真っ当にここから抜け出そうとしてる。リンと同じようにね」

「その為にユカを見殺しにする気だったのよ、あの人。そんなのわたし、絶対に許せない」

 思い出すだけで腹が立った。ミツル、校長、そして今日初めて見た、闇から立ち現れたスーツの男。

「校長達が何をしようとしてるのかは僕も知らないけど…もしかしたら、それだけ大事なことなのかもしれない。人の命と天秤にかけても上回るくらいに。まあ、僕は関わりたくないかな」

 その言葉に、カノンは首を傾げながら聞いた。

「前から思ってたけど、あなたはなぜそうしないの?ミツルやリンと同じ“最上級クラス”なんだから。やろうと思えばできるんじゃない?」

 アカネは首を横に振って答えた。

「僕はここでの生活もそう悪くないと思ってる。この能力のせいで気味悪がられることもないし、誰にも迷惑をかけないで済むし。勉強だってティーチャが教えてくれるしね。元々の性格かな…あんまり活動的なほうじゃない」

「わたしは、出たい」

 カノンはベッドから地に足を下ろした。

「わたしは普通に生きたい。薬のせいで地上にいた頃の記憶なんてないけど…それでも、自由がいい。もっと広い世界で生きていきたい」

「そうだね。それが普通の考え方だと思うよ」

 アカネは素直に肯定した。実際自分のようにここに馴染むほうがどうかしていると思う。



 突然、静寂を聞き慣れない破裂音が破った。



 少し間をおいて生理的に恐怖を覚えさせる悲鳴。それは聞こえたと思った矢先、再び破裂音が谺してぶつ切りしたように途絶えた。

「…なに?誰の声?」

「…サルーンの外じゃないな。これだけはっきり聞こえたってことは建物の中ーー」

 言葉の途中でまた破裂音。今度は重なって連続で鳴り続け、その合間に悲鳴が上がっては消えていった。

「カノン、ユカを起こしたほうがいい。ただ事じゃない」

 急激に沸き上がる不安を抑え、カノンはユカを揺すった。その顔にはまだ泣き腫らした跡が残っている。

「ユカ、起きて」嫌がるように眉をしかめたユカも、響き続ける音に薄く目を開いた。近付いてくるように徐々に大きくなる音。その時にはアカネもカノンも、その音が何であるかを悟っていた。自分達に死を運ぶ、いくつもの銃口が吐き出す発砲音だ。次々と増える悲鳴と叫びがそれを正解だと言っている。

「なんなの、一体…」

「カノン、まずいよ。もう向こうはこの部屋のすぐ前だ」

 アカネはドアを見据え、自らを抱くように腕を回していた。アカネの能力、呼称名“信号を描く者”(シグナルアート)の準備動作だ。


 ひとつしかない出入りの扉が火花を散らした。


「カノン、身を守れ!」

 焼き切られた扉があっさりと倒れ、黒い装備に身を包んだ兵士が一斉にベッドの並ぶフロアになだれ込む。統一されたフルフェイスの目が青い光を放ち、暗い部屋を埋め尽くすように散開する。それと対をなすような赤外線の赤が、彼らの携えた小銃からカノン達の姿を捉える。


 カノンは咄嗟に能力を顕現し、ユカを守るように四肢を機械化させた。


 冷たく青い眼光が無数にカノンを見ている。


 まるで揺らめく魂の群れ。


 急にすぐ間近に迫った“死”が、顕現したような印象。(イメージ)


 そう思った直後、無数の弾丸が火花を散らし、3人を襲った。  







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