表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機械少女と獣のロンド  作者: Noyory
4章 〜流滞/ロンド〜
16/24

4-3 impel rondo

 





ー1ー





 こいつに車を運転させて大丈夫なのか。

 儀依航(ヨシイ・ワタル)は本当に悩むべきこととずれた所に思考の焦点を当てていた。


 また車がハンドルを握る者に見合わない。自分と同じくらいのガキにしか見えない女が、8人乗りくらいのランドクルーザのハンドルを握っている。後部座席からその様を見ている儀依は、ちゃんと前が見えているのか本気で心配していた。そのくせ法定速度は無視しているので尚更だ。


「で、どこに行く気か知らんが口は動くな?なら事の経緯を道中で話せ。時間が勿体ない」

 同じく隣に座る刑事が言った。車内禁煙と忠告されてから露骨に苛立った強面は、昨夜自分と同じく一睡もしていないこともあり神経が尖っていた。

「うっさいなー、言われなくても話すに決まってるじゃん。これから“スカウト”しようってのに説明しないわけないでしょ」

 運転手…千笠愉迦(チカサ・ユカ)が口を尖らせる。こっちは元々神経が不安定なんじゃないかと思うくらいヒステリックだった。まだ出会って30分程しか経っていないが、刑事早鷹(ハヤタカ)とスローターズの雑談魔(チャット)、その正体である彼女の相性は悪いらしい。


 出会って30分。再会してから30分。


 自分が半日探し続けた背原真綾(ハイバラ・マアヤ)は助手席に座っていた。俯いて、こちらを見ようともしない。目が合ったのはチャットの残したメモに従い、あのマンションの一室に飛び込んだ直後の一瞬だけ。

 顔に傷と痣がある。体も動かすのが辛そうだ。儀依はそんな彼女にまだ声を掛けることができていなかった。

「わざわざメモを残し俺達と接触した理由がスカウトか。背原君が無事だったのには礼を言おう。だがその理由は解せないな」

「その話の前にさ、順番ね。あんた達はどうしてマーちゃんが“切り裂き魔”(リッパー)だって気付いたの?」

 その言葉に背原の肩がわずかに震えた。早鷹も儀依もそれに気付いた。だが早鷹はそれには触れず、淡々と質問に答えた。

「リッパーが宮崎花菜(ミヤザキ・カナ)の名前を出したことを知ってから、“復讐”の線は考えないわけじゃなかった。だが14の子供にあんな無茶ができる訳がないと、俺は自分でそれを否定した。その考えが変わったのはつい最近だ」

「病院で、宮崎の額の傷を見た時か…」

 深く、深く抉られた十字傷。思い出しただけでそれをやった男への暗い怒りが蘇る。

 多分背原も。親しかった分、より強く。

「あの傷が洗練されていく過程を見て、その線をもう一度考えるようになった。そうなるとあの傷を知り、それを意趣返しに真似る奴などその時点で限られる。我ながら非現実的だと思ったが、毎日見舞いに来る親友か、ずっと娘に付き添う母親くらいだろう。その後は現実的にどっちにそれをする時間があるか考えた結果…親友の方に絞られたってだけだ。あとはそれを裏取りするだけでよかった」

 早鷹は背原がそこにいないかのように喋った。あえて名を出さない客観的な説明に早鷹の配慮が窺えた。

「なぁるほど。優秀な刑事さんだ、想像力も逞しい」

 言いながら千笠は、その推察が正しいことを表すようにクラクションを2回鳴らした。

「おい」

「ニャはは。だってさ、マーちゃん。2人とももう知ってるって、あなたが何をしようとしてたか。どれだけ悪いことしてたのか」

 背原の体がぎゅっと縮んだような気がした。


 儀依にはそれで分かった。

 背原はをこっちを見ないんじゃなく見れないのだと。


 きっと合わせる顔がないとでも思っているのだろうが、それは儀依も同じだ。お互いが自分自身の不甲斐なさに恥じ入って、顔もまともに見れずにいた。

「でもさ、それを知った上で2人はマーちゃんを助けに来たんだよ。マーちゃんがどんなに自分勝手でも、たとえ誰かを殺そうとしていたとしても、あなたのことが心配で心配でたまらなかったってさ。だったらマーちゃんが返せる言葉はたったふたつしかないんじゃない?」

 背原は俯いてしばらく動かなかったが、やがて顔を上げてこちらへ振り返った。顔の痣、傷、目には泣き腫らしたような赤みが混じっている。

「…ありがとう…ごめんね。刑事さんも」

 本当に申し訳なさそうな顔で謝る姿に、儀依は首を振って答えることしかできなかった。

 早鷹は逆に頭を下げ返した。

「こちらこそすまなかった。俺達警察がもっと早く対処していれば君がこんなことをする必要もなかった。本当に謝罪のしようもない」

「そんなこと…ないです。あたしが馬鹿でした」



 3人が3人とも俯いたまま沈黙が続いた。残る1人はそんな間に絶えきれず再びクラクションを鳴らした。

「はーい終了!お互いすっきりしたならさ、次の話に行っていい?一応目的地について補足入れときたいし」

 全てをぶち壊す能天気な声が車内に響く。早鷹は舌打ちしながら頭を上げると煙草に火を点けた。

「あー!ちょっと!」

「うるせえ、窓を開けてとっとと話せ。お前の言うスカウト先ってのは一体何処のことを言ってる。まさかスローターズってわけじゃあるまい」

 千笠は「くそ、後で箱ごと燃やす」とぼやきながら窓を全開にした。車内に風が抜けていく。儀依にはまるで止まっていた時間が動き出したように感じられた。


「まだよく分からないけどさ、あんたはつまりスローターズをスパイしてて、本当はまた別のグループに所属してるってことでいいのか?」

 儀依はおそらく本題であろう、“次の話”を千笠に促した。だが正直儀依にとっては今までのほうが本題で、むしろここからが蛇足でしかない。それもあまり関わりたくない類だ。

「まあそゆこと。でもグループなんてちゃちい呼び方やめてほしいな。ちゃんと“共同体”(ソサエティ)って言って」

「呼び方なんてどうでもいいんだよ。知りたいのはその共同体とやらの概要だ。言っとくが、聞いたあとで怪しげなもんだったら俺は降りるぞ」

 早鷹のすでに決めていたと思しき発言。

「俺も背原を助けるって目的は果たした。後の面倒には関わりたくないってのが本音だ」

 儀依もはっきりそう告げた。

 ついでに言うならもちろん背原も関わらせる気はない。そして今後は、引っ張ってでも“向こう側”に行かせる気はなかった。その彼女は何も言わずに、ただ千笠の話に耳を傾けていた。

「そうだねえ…怪しいっちゃ怪しいし、面倒事なのは間違いないよ」

「じゃあ話は終わりだ。背原君の無事を確認した時点で俺達の目的は果たしてるからな」

「でもね…他人事ではないんだなあ」

 そう言いながら千笠は振り返り、後部座席の2人を見て悪戯っぽく微笑む。

「問題。ここにいる4人の共通点ってなーんだ」

「共通点…?」

 意外な言葉に眉を顰める。各々ばらばらの目的でこの車に乗った自分達にそんなものがあるなどとは、儀依は考えたこともなかった。

「光災だろ」

 だが早鷹は当然のように言った。

「いいとこついてるよ。たしかにあんたから見ればそうなるね」

「どうもこの儀依も俺と同じ“身体異常者”らしいからな…待て、ここにいる4人と言ったな。ということは背原君もか?」

「身体異常?…あ…」


 思い当たった。いや、思い当たらなかったのがおかしい。何故か自分自身が当然のように受け入れすぎていて、おかしいとすら思わなかった自らの変化。

 その反応に千笠が頷く。

「そういうこと。マーちゃんの“蝶々”、ギイくんの“幽霊の手”、刑事さんの場合は“異常な身体能力”かな。ここにいるみんな、常識から外れた変な特技を持ってる。それを昔から知ってる人は、この能力群に“顕現能力”(インカーネイト)って名前を付けた」

 意外なことにその単語に儀依は聞き覚えがあった。

「インカーネイト…伏さんが言ってた、兵隊(ケルビム)がよく口にしてた言葉に似てる。たしかインカーネイターとか…」

「それはインカーネイトを遣える人の事を指した呼称名だね。ギイくん、意外と物知りじゃん」

 早鷹は煙草を窓から放り捨てると、すぐにまた次を咥えた。しかし火を点けようとしたその時、早鷹の前を凄まじい閃光が走り、一瞬で外へと抜けていった。

「禁煙だっつてんだろ、おっさん」千笠の恫喝。その指先から突然放たれた電撃に儀依も背原も驚いた。

「…」咥えた煙草はフィルタぎりぎりまで炭化していた。

 沈黙する早鷹に対し、千笠は苛々した顔を向けながら言った。

「今のがわたしのインカーネイト。わたしのは“電気”だから、ヤルとなったら一瞬だからね。気いつけて」

 早鷹は無言で消し炭と化した残骸をしばらく眺めた後、ため息をつき再び窓から捨てた。


 つられて儀依も外を見る。

 いつの間にか車は道幅の広い道路を走っていた。周囲の景色は大型の建造物ばかりになり、まだ日の高いこの時間でもほとんど人通りがなかった。

「ここは…東雲(シノノメ)区か?」

「そだよん。この時間、この街の大人達が一番集まるエリア」

 この都市の流通、産業の中核を担う経済特区、東雲。今ではほとんどの住民が単にE地区と呼ぶ、スーツを着こなすサラリーマンと企業制服に身を包んだ技術者の街。今ではそこに戦闘服に銃を担いだ異国の兵士が加わっていた。

 勤務時間である今は、その軍服姿の人間以外はめったに外に出ない。ほとんどの業務がこの都市のみで完結するシステムが構築されてから、職を持つ者、あるいは技術者達はその勤務時間のほとんどを社内で過ごすのが常態となっているからだ。

「ここに何の用がある」

「決まってるじゃん、オフィスに案内するんだよ」

「オフィス…?」背原も不思議そうに呟いた。彼女も行き先は聞いていなかったらしい。


「そう。“寓話の住人”(フォークロア)会社(オフィス)。わたし達みたいな“はぐれ者のインカーネイター”の集まる“共同体”(ソサエティ)のね」







ー2ー








 時刻は午後3時。有家一記(アリヤ・カズノリ)は待ち合わせの場所で2人を発見した。

 

「驚いたね…意外と真っ当な感じだな」

 指定した通りの場所。オープンテラスのコーヒーショップ、その一番右の屋外テーブルに、男女2人が向かい合って座っている。有家はそのテラスが丸見えの、通りの反対側のレストランから2人を観察していた。

 すぐに会いに行くような愚かな真似はしない。依頼してきた男の危険性を考えれば当然だった。可能性は低いがひょっとするとあの2人が自分を消しにきた人間である確率もゼロではなかった。


 今回の依頼には謎が多かった。

 蔵城義弘(クラジョウ・ヨシヒロ)、上座市最大手の複合商社のひとつであり、その前身にこの国の裏の顔役であった過去を持つ“蔵人”(クランド)の屋号を継いだ男の願い。有家は彼の父の時代から助け合い、時には敵対しあったこともある、一言では言い表せない奇妙な依存関係にある男だった。

 その蔵城からの依頼。有家の仕事に彼の身内を潜り込ませるという目的の知れない頼み。もちろん断るのは得策ではない。めったにあることではないが、向こうから頼み事をされた時は可能な限り受けるのが原則だ。なぜならそれは仕事の質を向上させることに繋がるし、このコネがあったからこそ今の自分の立ち位置が築けたのだと有家は理解していた。

 自分の仕事とは、結局のところ個人の才能というより、周囲との協力関係が強いかどうかに依る。その点で言えば蔵人コープと伝手を持てたのは、有家の人生で最良の財産と言えるかもしれない。それがいつ相手の些細な事情で崩れてもおかしくない伝手であると理解していれば。


 有家は彼らが席に着いてからすでに5分ほど観察していた。男の方はすっきりした今時の若者という感じだ。整った顔からして女に困ることは無さそうだと、どうでもいい感想が頭に浮かんだ。彼の向かいに座る女もかなりの上玉だと評価できる。まだ少女のようで少し幼すぎる感はあるが、有家の仕事では時々アイドルや女優を現場に同伴することもよくある。それを考えれば特に問題は無いし、むしろ相手の口を軽くさせるには好都合だろう。最近の流行では、知性(インテリジェンス)が容姿に反映されると勘違いされることが多々あった。しかし現実にはそこになんの因果関係も存在しない。


 どうやら危険はない。もっと人相の悪い奴らが来ると思っていた有家は少し安堵した。勘定を済ませようと端末を取り出した時、少女も端末を取り出していた。男のほうはやれやれといった感じで顔に手を当てている。

(なんだ?)

 少女が端末を耳に当てる。その途端有家の携帯端末(QPDA)から呼び出し音(コール)が鳴った。

 驚いて画面を見ると着信元の名は無く、番号すら表示されていない。まさか、と思う。有家は自分の端末の番号は蔵城にさえ明かしていない。知っているはずがない。


 しかし少女は振り返り、まっすぐに有家を見た。不機嫌そうに、明らかに2階いる自分を睨んでいる。有家は少しためらった後着信を取る。


『いつまでそこにいるの?早くしてほしいんだけど』

 前置きもなく耳から聞こえる声と、少女の口の動きがシンクロしている。間違いなくあの少女からの通話だ。

「な…なんでこの番号を…」

 少女は答えずにすぐに通話を切った。そして徐ろに席を立つとそのままこっちに移動してくる。男の方も続く。有家は慌ててカウンターに行き、端末で勘定を支払った。


 レストランを出るとそこに2人が待ち構えていた。男はグレイのカジュアルスーツに身を包み、正装ではないものの、有家が事前に頼んだ通りフォーマルな場でも通用する格好をしていた。少し茶色が入った髪が絶妙に堅苦しさを緩和させ、ビジネスマンというより芸能関係者を連想させる。

 少女のほうも同じだ。同じく大人しい黒を基調にしたノースリーブのシャツとワンピース、腕に同色のアームカバー。膝より短いフリルスカートの下にフィットジーンズを履き、靴だけがやたらと大きく分厚かった。長いストレートロングの美しい黒髪の少女。しかし不機嫌な表情がその印象を台無しにしていた。

「車は?」単刀直入。用件以外に喋る事を疎んでいる様な簡潔な言葉。

「ああ、裏の駐車場に…」言った時には少女はスカートを翻しすでに向かっていた。

「有家さんだよな?今回はどうも」

 男が握手を求める。有家は手を握りながら、裏に消えた少女について聞いた。

「いや…こっちこそ覗いたりして悪かったかな。一応安全を確認したかっただけなんだが、まさかバレてたとは。それでお怒りなんだろ、彼女」

「ただ恥ずかしがってるだけだから気にしなくていい。できるだけ今の格好を人に見られたくないんだ、あいつ」

「格好?」

 別におかしなところがあるようには見えなかった。ついでに言うと恥じらっているようにも見えない。少女はほとんど無表情で、わずかに眉間に皺が寄っているだけだ。

「俺のことはアオイ、先に行ったあいつはマコト。呼ぶ時はそう呼んでくれ」

 アオイはそれだけ言って少女の後を追って行った。1人取り残されたような気分の有家も、彼らに続いて駐車場へ向かった。







ー3ー







「あいつめ、待てと言ったのを無視しやがった」

「まあまあタチバナさん、変装してくれただけ良しとしましょう。さすがに恥ずかしいんですよ」

 タチバナが毒づくのを横に座るカイが宥める。2人は今コーヒーショップの駐車場に停車した車の中にいた。運転席のハンドルはヨイチが握っている。


「ホント、よく似合ってんのにねえ。どこが恥ずかしいのかなあ?」そのヨイチの素朴な疑問。

「いや、マコト君も男の子ですから」

「古い。ふっるいなぁカイさん。今の時代そんな常識流行らないんだから」

 カイは苦笑いで返すしかなない。

「マコト、聞いてるな」

 タチバナがインカム越しにマコトに詰問する。

「お前のお陰でこっちも相手を観察する時間が無くなったぞ。もしそいつが管理者側に抱き込まれていたらどうするつもりだ」

 沈黙が返ってくる。聞いていないわけではないだろう。おそらくマコトなりのささやかな抗議の意思表示。

「…このガキ、いい加減にーー」

『大丈夫だよ、この人にそんな裏ないから』

 タチバナが怒鳴る寸前を見計らったような応答。

「なぜ分かる」

『“害意”がない。あるのは失敗しないかっていう不安だけ。あとはできるだけ素直に従って好感を得ようと思ってるくらい』

「…“心象回路”(サイコ・サーキット)の分析か。お前まさか、もうピアスを外してるのか?」

『着けててもそれくらい“解る”。車が動くよ』

「ほいよ」

 タチバナが顔をしかめる中、ヨイチが車をパーキングから出して通りに出た。

「マコちゃあん、色は?」

『白の軽自動車。見た目がクラシックなやつ』

『中々いい趣味してる。もしかしたらガソリン車じゃないかこれ?やけに揺れる』

 アオイの感想に従いヨイチが通りを見渡す。

「オッケ、見ぃつけたあ」

 ヨイチ達の乗る車の3台先に有家の運転する車があった。乗り込んだ2人の感想通り、かなり昔の外車によくあるデザインだった。

「とりあえず潜入までは問題なくいきそうですね。あとは直接四条に会ってから…どうしました?」

 タチバナは火の点いていない煙草を咥えたまま何かを考えていた。

「さっきマコトが言ったことが気になる…制御装置(ピアス)付きでも能力が顕現しているようなことを言っていた」

「言っていましたね、解ると。何か問題が?」

「分からん。だがこのピアスは簡単に言えば“絶縁体”なんだ。身体の内側に作用が及ぶ性質で、着けてれば静電気どころか通電中のコンセントを握っても電流を遮断できるはずの代物だ。それでも能力が遣えるとなると…」

「もしかして、マコト君の能力が強くなっているのでは?それらしきことを昨夜の段階で口にしていた」

「もしくは電子以外に媒介できる何かがあるのか…どのみち今は確認しようがない。九龍の探知能力を阻害する効果が喪われていないのを祈るばかりだな」




 

 有家は運転しながら後部に座る2人をミラー越しに見ていた。先程からぶつぶつと何か言っているが2人で話している様子はない。ここにいない誰かに声を送っているのだろう。

 やはり他にバックアップがいる。もしかしたらこの2人は単なる囮で、本命が裏で操っているのかもしれない。

「なあ、聞いていいかな」

 そこで有家は探りを入れるために踏みこんだ。

「何を?」アオイのほうが返事をした。マコトは頬杖をついて外を見たまま微動だにしない。

「市長に直撃対談するジャーナリストに同伴したがる理由さ。蔵城さんからの頼みにしては珍しい部類なもんでね」

 マコトに習い単刀直入に聞いてみる。長年ジャーナリストとして働いている有家の直感では、この2人は“口が軽い”タイプだ。正確に言えば情報というものに重きを置いていない“行動型”の人種だと当たりをつけていた。

「別に市長のファンってわけじゃない。有家さんの邪魔はしないようにするよ」

「うん。でもどうせ今日蔵城さんも市長に会うのに、君らをわざわざ俺に付けるのはなんでだろう」

 少し深くつつく。アオイは少し斜め上を見上げながら普通に答えた。

「んー…悪いけど俺には答えられないかな。きっとうちのボスに怒られるし、有家さんの為でもあると思う」

「ああそう。ならいいんだ」

 有家はそう言うと即座に撤退した。


 今の短い会話だけで充分だった。


 彼らはチームだ。おそらくボスとやらが後方支援役で、この2人は実働班のようなものだろう。こっちが蔵城の名を出しているのにあえて“うちのボス”と返したということは、彼らには蔵城とは別に指示を出す奴がいるということだ。マコトの容姿を見ると判断が少し揺らぐが、つまり使い捨ての囮などではなく、蔵人から目的達成を託されるに足るチームなのだろう。

 肝心の目的も市長と接触する自分に近づいたということで大分絞れてくる。まさか都市の現状を鑑みて不満を訴える程度の話ではあるまい。この2人は言葉による伝達などに意味など見出していない。直接会うことに意味があるのだ。つまり彼らの用事は、物理的に市長と接触する事でしか果たせないのだろう。


 すぐに思いつくのは誘拐、或いは殺害。


 それくらいのことはやるだろう。現在の隔絶された都市環境が市長の方針だと考えているなら、蔵城が秘密裏にそんな暴挙に出ても不思議ではない。


 そこまで考えて、有家は俄然やる気が湧いてきていた。ジャーナリストなら誰でもそう思っただろう。何しろ自分の目の前で、世界中から注目される閉鎖都市を揺るがす大事件が起こるかもしれないのだ。

 世界は情報が断絶されたモデル都市の空白の時間(ログ)を知りたがるだろう。もしもこの閉鎖環境が終わりを迎えた時、自分はこの目で見たことを誰よりも先に発信できる立場にいる。有家は自身の危険など省みず、これほどの幸運をもたらしてくれた蔵城に内心で感謝した。



 車が網状高速(フリーウェイ)のひとつに入った。速度を上げる。有家の期待と共に加速する。

「じゃあ、簡単に打ち合わせをしておこう。まずは君らのようにそれっぽい人が来てくれたことでひと安心だ」

「それはよかった。でもあんたの出した“業界人に見える男女1人ずつ”って条件、何だったんだ?」

「それが管理者側に取材を受けてもらえた条件なんだ。最近市長の周りにはJUCが必ず纏わりついている。あの無国籍の兵隊が来てからセキュリティがかなり厳重になった」

「じゃあやっぱり有家さん1人のほうがよかったんだろうな」

「ところが1人ってのは逆に警戒される。ほら、最近は自爆テロなんか多いだろう?そっちの線を疑われる」

「ふうん…物騒な時代になったもんだ」

「だから逆に1人の場合はなるべく接点の薄いメディアと合同取材って形を強制される。俺みたいなフリー記者にはテレビの連中とかね。だからそれっぽく見えるに越したことはないんだ」

「だってさ。納得したか?」

 そうアオイが言ってもマコトは外を見て無言だった。

「今回君達はカメラマンと売り出し中のアイドルって設定で行こうと思う。マコトさんなら文句なーー」

「うるさい」マコトの顔がさらに不機嫌になった。有家からすれば先程のフォローのつもりだったが完全に逆効果のようだ。

「ごめん有家さん、あいつの見た目には触れないでくれ。あんたのオーダに合わせてなんとか着させたんだ、ここでごねられたらめんどくさい」

 アオイがマコトを窺いながら耳打ちする。なぜかこっちと向こうの認識に微妙な齟齬を感じる。

「あ、ああすまない…褒めたつもりだったんだが」

 その言葉にマコトがはっきりと有家を睨んだ。その瞬間急に車内が凍えるほど冷えたような寒気が走った。

 身体中に鳥肌が立つ。明らかにマコトの意思の変化が原因に思えた。だが有家には訳が分からない。そもそも容姿を褒めて喜ぶどころか怒りだされた経験など初めてだった。アオイが慌てた様子で有家に再度耳打ちする。


 その言葉に耳を疑う。


「男?嘘だろ?」


 思わず漏れた言葉に空気が固まった。マコトが腰を浮かすのをアオイが急いで抑えにかかる。

「マヤちゃんの為だ、こらえろ」


 マコトはしばらく有家を睨み続けた。その間ずっと氷点下の如き寒気が有家を襲い、それはマコトがため息をつき再び元の体勢に戻るまで続いた。


 混乱していた。アオイの話が信じられず、つい後ろに目が行ってしまう。それにあの“冷たい怒り”。横に座るアオイが首を横に振り、声を出さずに「見るな、構うな」と口を動かした。


 有家は言われた通り前だけを見て運転に専念する事にした。だが思い返されるさっきの現象で、震える腕を抑えるのは思いのほか重労働だった。







ー4ー






 建ち並ぶ大きなビルの狭間にその入口はあった。

 先の見通せない暗闇へと伸びた階段は、光災以前にあった地下鉄のホームへの入口のようだ。復興後新たなレールが敷かれ、沿線から外れてしまったこの駅は、その後も埋める手間を惜しまれて放置されていたらしい。今は再利用の目処も立たないまま、立ち入り禁止の看板と鎖で簡単に塞がれただけだった。

 躊躇なくその封鎖を跨いだ千笠に続き、3人は暗闇を降りた。すぐに深い闇に視界を奪われたが、しばらく降りると天井に薄く青い光が灯った。

「この光は?」

「ルミナスラインが牽いてあるの。結構降りないと点かないから、知らない人は大体途中で引き返すけどね」

 早鷹が周囲を見ながら尋ねる。

「お前らの資金源はどこが払ってるんだ?これだけの長さのルミナスラインを敷くにはかなりの費用がかかるだろ」

「もうすぐうちの“企画者”(プランナー)に会えるからその人に聞いてみて。教えてくれるかどうかは分からないけど」

「元プラットホームをオフィス替わりに使ってるのか?」

「そ、文字通り(ホーム)として。もしくは基地(ホーム)としてね」

「基地ならベースだろ」

「そ、ホームでベース。まさにホームベース、なんちゃって。まあそういうとこだよ」

 そんな軽口を聞き流しながら、早鷹は周囲を見回しながら長い階段を降りていた。


 儀依は背原の背中だけを見ていた。言いたい言葉は募る一方なのに、いまだに気まずさを引きずっていて声を掛けられない。

 まごついている内に、ふいに背原が振り向いた。

「…なに?」

 何か言いたげなのを察したように問い掛けられる。儀依はそれに促されるように意を決して言った。

「戻ろう。これ以上付き合う理由ないだろ?」

 儀依が至極当然だと思っていた意見に、しかし背原は意外そうな顔を向けた。

「どうして?」

「だって、これは宮崎の復讐と無関係だろ」

 背原は儀依を見つめたまま首を振り否定した。

「そんなことない。愉迦さんは花菜もわたし達と同じ顕現能力者(インカーネイター)だったって言ってた」

「宮崎が?」

「うん。だったらわたしは、この能力がどういうものか知りたい。もしかしたらそれが花菜があんなことになった原因かもしれないから。それに…」

「それに?」

「兄もそうだったの。わたしの兄もそのせいでいなくなってしまった。わたしが大事だと思う人達は、この力のせいでみんないなくなった。だから、その理由が知りたい」

「兄…?」

 背原はそう言って階段を再び下りはじめる。


 儀依は何も言えなかった。彼女に兄がいることだって今初めて知ったのだ。しかもその兄までもが顕現能力者だという。何か言うには、彼女のことをあまりに知らなすぎることを痛感した。

「くそ…どれだけいるんだよ、インカーネイターって…」

 儀依からすれば急に怪物のような連中がそこら中に湧き出したような感じだ。自分の知らない世界に迷い込んだ感覚と共に、仕方なく儀依も後に続いた。


 途中でコの字に曲がった階段を降りると、現れたのは予想通りの駅のホーム風景だった。ポスターや広告類が剥がされた壁に何本ものルミナスラインケーブルが走っている。それがゆっくりと発光し、ホームの中を照らした。照らされた地下の景色の中には、驚いたことにまるまる一両分の車輌がそのままあった。

「あの中だよ」

 たしかに中から僅かな光が漏れていた。窓にはばれないようにだろうか、全てに黒い布が掛けられている。千笠が入口に立つと、馴染みのある空気の抜ける音と共に両側に開いた。途端に中の光が待ちかねたように車外に溢れた。


「おかえり愉迦。久しぶり」

 まだ歳若く見える男が1人、屈託のない笑顔で4人を出迎えた。どこにでもいるような、明色の前髪が目元を隠した、線の細い優男だった。

「ただいまー茜。ちゃんと連れてきたよ」

「ご苦労さま。後ろの皆さんも色々あって疲れたでしょ。騒がしくて申し訳ない」

 車輌の中には想像した以上に人がいた。今見えているだけで10人はいる。その次の車輌にも何人かが動いているのが連絡窓から覗けた。車内は座席が取り外され、代わりにデスクやロッカー、何台ものPC、FAXやプリンタが備えられ、千笠の言葉通りオフィスのようだった。彼らは来客に目もくれず、皆忙しそうに何かの準備をしている。

「なんだここは…いや、その前にお前らは何者だ?」

 早鷹が刑事の顔になって言った。

「なにって、顕現能力者(インカーネイター)ですよ、あなた達と同じ」

「ここにいる奴ら全員がか?」

「…あれ、愉迦から聞いてない?」

 男は千笠に向き直り咎めるように言った。

「説明は?」

「ちゃんとしたよ、寓話の住人(フォークロア)の会社だって」

「こいつの説明じゃ謎が深まるばかりだ。そもそもここが何をする会社かすら聞いてないぞ」

 茜と呼ばれた優男は困ったように頭を掻いた。

「参ったな…こっちも忙しくて説明する時間が惜しい。本当ならコーヒーでも飲みながらゆっくり話したいとこだけど」

「あの、これから何かあるんですか?」

 背原の問いに男が素直に答える。

「うん。この都市の管理者達が、どうやら今日を次の段階(グレード)に移行する日に決めてるみたいなんだな。おそらくまた光災並の事態が起こる。だから彼らの動向を見張らないといけない」

「光災だと?グレードってのはなんのグレードだ」

「人の、かな。はっきりしたことは分からないんです。わずかに聞こえてくる管理者側の情報を繋ぎ合わせた結果、どうもそういうことじゃないかってくらいしか僕達にも分からない。だからこそ見に行くんだけど。因みに今は第一段階(ファーストグレード)らしい」

「都市の封鎖と関係しているのか?」

「もちろん。それと無数のインカーネイターの誕生、このふたつが第一段階だと僕らは考えている」

「それを確認して、お前ら一体何をしようとしてる」

「自分達の身を守りたい。ただそれだけですよ。残念ながらその目的を邪魔する敵がとても大きいってだけで」


「…世界が敵、ですか?」


 真綾は千笠の言葉を思い出し、思わず茜に聞いていた。茜は頷き、真綾達3人を見ながら困ったような笑顔で答えた。

「本当に残念ながら、その言い方は正しい。だから僕らは助け合い、この共同体を作った。ユピテルの意向に背くインカーネイターの共同体、フォークロアを」

「ユピテル…5年前、この上座市を光災から復興させた慈善団体のことだな。今もおおいに恩恵を受けてるが、その裏にはインカーネイターが絡んだ目的があった、と…」

 早鷹は下を向いて少し思案し、すぐに顔を上げ言った。

「俺達の排除か?」

「だったらよかったのにな、とは思いますね。でもユピテルはそんなに優しくない。むしろ彼らは、“僕らに死んでもらっては困る”側だ」

「…じゃあ何が問題なんだ?」

「管理者の目的はどこまで行っても“管理”ですよ。インカーネイターなんて危険な存在なら尚更、ね……彼らは僕らを管理し、家畜化し、支配しようとしてる。愉迦に聞けばそれがよく分かる」

「冗談。口にしたくもないっての」

 千笠は舌打ちし、顔を背けながら言った。


楯無(タテナシ)さん、準備できたよ。早く行こう」

 先程忙しく電子機器類を弄っていた1人が茜に言った。

「時間は?」

「16時を回った。会議まで2時間を切ってる。ヤツらが到着する前に陣取りしないと」

 楯無は頷き、彼らに出発を指示すると、早鷹らに向き直る。

「申し訳ないが話は向かいながらにしよう。今日の地方物流会議がおそらくグレード移行の起点だ。僕らはそれを見届けなければならない」

「おい、身を守りたいだけなんだろ?なぜわざわざ奴らに近づこうとする」

 楯無は早鷹の制止を聞き流し、踵を返し前方の運転席に入る。

「今はもういない、かつての仲間が言ってた。“ただ隠れるのは愚か者の選択、無知こそが本当の危険”だって。だからだよ」

 レバーを引く。列車が振動をはじめ、前方をフロントライトが照らしだした。トンネルが姿を現し、前方へ進む一本限りの選択肢を開示した。

「花菜の言葉だよ、今の」

 千笠の言葉に真綾が頷いた。

 知っていた。

「あたしらも見習わなきゃね。相手がどんなにでっかくても、あきらめるなんて絶対嫌だから」

「花菜…」

 真綾はその言葉を前に一度花菜から直接聞いたのだ。その時は冗談のように聞こえ、2人で微笑みあったことを思い出す。彼女がここにいたことが、真綾の中で急に実感として理解された。


 列車がゆっくりと動き出す。それを見届けてから、楯無茜が振り返り、真綾を見ながら言った。



「君には話しておかないと。花菜がどうして君に近づき、命をかけて守ろうとしたのか。それが僕らにできなかった“彼女の復讐”を担ってくれた、せめてものお礼だ」


 

 

 



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ