第八話 期限のない未来 (完)
三か月は、もうとっくに過ぎていた。
それでも、朝になれば隣にいて、
夜までずっと一緒にいる。
それが、いつの間にか当たり前になっている。
寮の中庭。
午後の光がやわらかく差し込み、石畳をあたためていた。
ベンチに並んで座りながら、セレーナはそっとカイルの袖をつまむ。
「ねえ、カイル。一緒にいるの、今度こそ“普通”になったね」
「……離れるつもりはない」
カイルは視線を前に向けたまま、息を吐く。
それから、ゆっくりと言葉を続けた。
「卒業したら、官位試験を受ける」
「……私のため?」
「隣にいるためだ」
その答えに、胸が熱くなる。
カイルは、ほんの少しだけためらうように目を伏せた。
その沈黙が、合図みたいだった。
セレーナが息を吸うのと同時に、
彼の指が、ゆっくりと顎に触れる。
「……」
言葉はなかった。
距離が、溶ける。
唇が触れた瞬間――
世界が、ほんの数秒、静止した。
風の音も、遠くの声も、
午後の光さえも、すべてが薄く引き延ばされる。
ただ、そこにあるのは、
触れているという感覚だけ。
柔らかくて、あたたかくて、
確かに“選ばれている”という実感。
キスは深くない。
けれど、離れがたい。
時間が再び動き出したとき、
セレーナは、景色が少しだけ綺麗に見えることに気づいた。
色が澄んで、
空気が軽くて、
胸の奥が、静かに満ちている。
ゆっくりと唇が離れる。
カイルは、額をそっと重ねたまま、低く息を吐いた。
指を絡めたまま、二人はしばらく動かなかった。
さっき止まった世界の続きを、
もう一度、確かめるみたいに。
午後の光が、変わらず中庭を満たしている。
けれど、同じ景色なのに、少しだけ違って見えた。
指を絡めたまま、セレーナは小さく呟く。
「……これからも、一緒にいよう」
「当たり前だろ」
照れ隠しみたいな声で、カイルが答える。
三か月は、もうとっくに過ぎていた。
それでも、隣にいることは終わらなかった。
今度は、
期限なんていらない。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。




