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6

 

 素材はいいのに。もったいない。

 それが専用占師の衣装に身を包んだエーファという少女へのノアの感想だった。


 占師でも、赤を含んだ衣装は王の占師、占師長、王族の専用占師しか着ることができない。

 現在は、王の占師アレーラ、占師長オルグ、カール王子の占師であるシャンティールだけだ。今日、晴れて、そこにエーファという少女が加わったわけだ。


 しかしやはり本物の銀髪は良い。鑑賞に堪えうる。年は十四だったか。

 少し痩せているきらいはあるが――どちらかというと、ノアは肉感的なほうが好みだ――顔立ちも悪くない。装いや化粧で大化けする類の容姿だろう。


 ただ、如何せん、仕草や態度、表情がせっかくの素材を殺している。出身を思えば当然だが、萎縮というか、自信のなさが、少女を台無しにしてしまっている。


 なんて娘だと思った、馬車から飛び降りていった時とは別人のようだった。


 格好は段違い。しかしあの時のほうが、娘は美しかった。銀髪が風に煽られ、澄んだ薄い灰青の瞳は、力強かった。髪の色に負けぬ、人を惹きつけてやまない、目には見えない何かがあった。


 実際、彼女は劇的に登場し、人々を湧かせた。

 何も知らなかったはずなのに、影武者だったドウルのいる馬車には見向きもせず、ガルシャスだけを見、しかも真の名を呼び、警告を発した。


 長年、弟の影に隠れ、噂だけが先行していたガルシャスもまた、剣の腕と、その瞳の色を、見せつけた。

 圧倒的な存在感を示した。


 両者は対極だ。かたや、キトリス人にとって、もはや銀髪信仰と言っても過言ではない全肯定の象徴。かたや、忌まわしいバスハ人の救国の徒の証――朽ち色の瞳を持ち、キトリス人にとっては否定の象徴。

 二人共へ、シェーンハン新街民の目は釘付けだった。


「銀髪の占師、ねえ……」


 ノアの呟きにはやや皮肉な響きが宿っていたが、ざわつく宮内で聞き咎める者はいない。


 占命式の後は、顔見せの場だ。新しく決まった専用占師を知らしめるのだ。

 急に決まったことなので、第二王子の際と比べ、駆けつけることのできる貴族たち来訪者は少なく、くわえ王都外ということもあって、ややこじんまりとしているが、それでも好奇心に目を輝かせた輩が集まっている。彼らは我先にとガルシャス、そして新しき専用占師に挨拶しようとしている。


 ガルシャスはさすが、腐っても王子だ。如才なく振る舞い、笑みを浮かべている。

 幸運に恵まれた――あるいは不幸か――少女は、強張った笑みを。

 だが、少女の本当の困難は、この顔見せが終わり、占宮に迎えられる時だろう。


 ――銀髪とは、類い希なる占師の生まれながらの証。


 そう、言われている。ノア自身、疑うことなく信じていた。

 占師自体が、キトリスでは居て当然の、いや、なくてはならないものであり、決定事がある時、彼らに占いを頼むのは常識だったからだ。


 人生の勝負に打って出るなら、必ず。


 ノアは下級貴族の出身だ。貴族とはいえ、上を見れば、生家はまだまだ金も地位も足りなかった。そんな時、父に持ちかけられたのが、バスハ人の商人が関わっている出資話だった。

 心情的にはバスハ人など信用できない。奴らは敵だった。その上、全財産をつぎ込むことになる。だが、うまくいけば、莫大な資産を得られる。資金を元手に、上級貴族と接近することもできるだろう。


 こんな時、キトリス人ならどうするか?


 もちろん、占師の元を訪れるのだ。

 それも、できるだけ優秀で、評判の良い占師の元を。


 もぐりの占師などもっての他だ。叶うなら、占宮の占師がいいが、下級貴族程度の地位では門前払いをくらう。父は占宮外に目を向けた。試験を受けて占師になった者が占宮に入るか、占宮外で活動するかは、本人の自由だ。


 占宮内では明確な序列が存在すると言われている。血統か、傑出した能力か、もしくは銀髪であれば、そんなものは無視できるだろうが、普通は、長い下積みを積まなければならない。それは、どんな職でも同じだ。


 だからこそ、あえて、占宮外で名をあげようとする者もいる。そうして、占宮から招かれれば、当初から高い優遇を与えられる。


 父が選んだのも、そんな占宮外に生きる占師だった。評判は高く、公爵もわざわざ訪ねたことがあるほどだという。父と母、兄と自分、家族総出でその住まいを訪れた。


 占師は威厳も何もない、なまりのきついしわくちゃの老婆だった。


 老婆の答えは――出資するべし。


 父は喜び勇んでバスハ人の商人に話をつけた。


 結果は、悲惨きわまりない。ランガー家は没落した。破産し、名にしがみつくだけの貧乏貴族に転落したのだ。見事なまでの家庭崩壊だった。父はすっかりやる気をなくし、くだらない口論が原因で刺され、死んだ。


 反動で、ノアの兄はまるでバスハ人をさらに悪化させたような占師憎しの思考の持ち主になってしまい、家を出た。容色の優れていた母は早々に父に見切りをつけ、自分を養ってくれる愛人を見つけた。


 ノアはというと、一応貴族の名目で、王都の近衛隊に採用されることはできた。

 が、第五隊だ。

 望みがあるのは第三隊まで。四以下は、出世の見込みはない。努力などしても無駄。

 安い給金でくだを巻き、女遊びが仕事のような溜まり場だ。王族に会うことなど不可能。


 娼館でする自慢話もただの又聞き。ガルシャス第一王子の顔なんて、たまたま、今回の旅行列で数合わせに近衛隊からも人を出すよう命令があった時、偶然見れただけ。

 数合わせの人員としてシェーンハンにやってきたものの、重要な仕事はノアには回って来ない。

 王都でそうだったように、娼館に顔出すのが仕事と化していた。

 しかしその娼館も、もちろん、貴族のすけべ爺どもが通う体裁の整えてある高級店など高嶺の花だ。


 裏街にある、安い娼館に通い、鬱憤を晴らし――。


 しかし、何の因果か、ガルシャスたっての命令で、ノアは第一王子直属の部下になった。





 ――待ちな、あんたはね。


 当時、ランガー家の命運をわけた占師。完全に信じ切っていた老婆の言葉をノアは思い出した。


 忌々しいことに、一言一句、忘れられないのだ。


 当たらぬ占いでランガー家を崩壊させた老婆は、最後にノアに声を掛けた。


 ――あんたはね、いずれ、王の腹心となり、歴史に名を残すだろう。愛する者を殺し、救いを失う哀れな王の、だ。輝かしいかはわからない。けれど、一時代を築く立役者の一人になる。


 ふ、と唇が歪む。


 あの婆さんこそ、たいした役者だ。


 占師としては、三流以下だったのだ。でなくば、出資に父が失敗したはずがない。にもかかわらず、信じてなどいないのに、ノアは老婆の言葉に縛られている。


 あんな戯れ言に。それみたことか、と嘲笑いたいのに、戯れ言は甘い夢を含みすぎていた。

 自分が、歴史に名を残すような、王の側近となる。

 まさに夢物語だ。何故なら、いくらガルシャスの部下となったとはいえ、第一王子が王位に就く可能性は低い。


 まず、バスハ人の王としてなら熱狂的に迎えられたろう朽ち色の瞳が最悪だ。

 長年、舞台裏に引っ込み、公式行事にもほとんど顔を見せなかった。しかもなまじ、容姿に関する漠然とした噂は国民にも伝わっているので、心象の問題から、悪い尾ひればかりが後ろにつく。

 字も読めないだの、占師いびりが趣味だの、田舎風の発音しかできないだの、それは多彩だ。


 ノア自身、それに感化されていた。娼館で王子だと何とか気づき、慌てて敬ったのも、相手の第一王子という身分に対してだ。王子自身になど興味はない。むしろ軽蔑していた。


 ――だが、字はもちろんきちんと読めるようだし、言葉の発音にもなまりなどない。むしろ、あの王子は、外国語を含め、キトリス内の地方言語も幾つか話すようだ。たまに、こちらが聞き取れない言語を呟く。

 占師いびりは、占宮との不仲からくるものだろう。これに関しては、いびりをやりそうではあるとノアも思うが。


 対し、弟のカール王子のほうは、二番目に生まれた、という点を除けば非の打ち所がない。

 幼い頃から知己であったというシャンティールを早々に専用の占師に選び、見栄え良く整った、キトリス人に好まれる容姿を持っている。王となるべく厳選された教育を受け、頭も良いという。

 良い尽くしだ。負の評判は聞こえてこない。

 しいていえば、ひがみ根性で、恵まれすぎていて鼻につく、といったところか。


 つらつらと、そんなことを考えていたノアは、エーファ――生贄の少女が価値を見定められている様子を眺めながら欠伸をかみ殺した。


 この場に兵として配置はされたが、自分に警備の能力など期待されていないことはわかっている。腰に帯びている剣は正真正銘の飾りだ。

 何せ、元第五隊だ。稽古も訓練もしない。

 老婆の言葉を間に受けていた短期間と、近衛隊入隊の直前だけ、猛訓練をした。


 注目は主役たちに集まっている。今度は、気兼ねなく欠伸をした。


 ついでに、今夜のことに思いを馳せ、だらしなく鼻を伸ばす。


 ノアは連日、裏街の娼館「駒鳥屋」へ通っている。

 命令で、だ。


 ガルシャスからのお墨付きももらっているので、気兼ねする必要はない。娼館には、上客として、だいぶ気を許されてきている。成果のほうも、そろそろ出る頃合いだろう。


 殺されたゾフィーネという娼婦に、ガルシャスは興味を持ち、調べるようにノアに命じた。幽霊が出るとかいう噂は気味が悪いが、国の金で娼館通いができるのだから悪くない。


 娼館では副産物としてエーファの話もよく耳に入った。


 ――死刑執行人の娘。


 さすがに、後で知ってノアも驚きはした。

 娼婦たちには、あの娘は誰もいない部屋で一人で話していることがあるだとか、関わると不吉なことが起こるだとか、鏡が勝手に割れただとか、たっぷりと聞かされた。ガルシャスにも一応伝えておいたが。


 そういえば、と思う。ガルシャスが知らないようだったので、報告がてら、『エーファ』という少女の名前を自分が口にしようとした時、あの王子はわざわざ「言うな」と遮った。


 あれは解せない。自分の容姿――朽ち色の瞳であることを逆手に取り、誰もそうは思わないという理由で、シェーンハンの裏街をそのまま歩いているような王子だ。確かに、ガルシャスを見て、真っ先に第一王子を思い浮かべ、そうだと看破する者は少数だろう。普通は、バスハ人らしいバスハ人だと思われるのが席の山だ。そもそもガルシャスの顔を知っている者自体が少ない。


 とにかく、裏街にも平気で行くようなのがガルシャスだ。

 汚らわしいから執行人の娘の名前など聞かない、という意味でもないだろう。


 第一、死に触れるから穢れ云々など、へとも思っていなそうだし、それなら最初からエーファを自分の占師にしようなどと考えないはずだ。


「――ノア」

「はいっ!」


 ぴんと背筋を正し、ノアは飛び上がった。

 自分に声をかけてきた人物の姿を認め、ぶわっと冷や汗が吹き出た。


「これは、セルジーク様!」


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