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 朝の光が差し込む中、自室で、エーファは皮袋に石を詰めていた。占具の石は毎日拭いて、手入れしなければならない。十二個目を磨き、袋に入れたところで、最後の一つを右手でつまみ上げる。左の手のひらの上に、落とした。


 いびつな、赤い石だ。


『……それは?』


 無言で石を見つめるエーファに、声がかけられる。


 首無しだった。


 セルジークと会ったときこそ、様子がおかしくなっていたが、次に会ったときには、普段の首無しに戻っていた。むしろ、心配性なのが悪化している気がする。


「わたしのじゃないの。一時期に……預かってる、のかな。首無し、気になるの?」


 首無しは、エーファの占いの練習相手になってはくれるが、占いにも占具にもとくに興味を示したことはない。それに、エーファは、首無しに関して何かを占えたこともなかった。死者が相手だから占えないというわけではない。ただ、占いにくい。占いの結果も、とても読みづらい。


『そう、だな。昔……。昔……?』


 近寄ってきた首無しが、エーファの手のひらの赤い石を覗き込む。頭がないのに、そんな風にしたように、エーファには見えた。

 首無しの透明な手が、石の上に載せられた。

 しかし、まるで弾かれたようにその手が跳ねた。


「……首無し?」

『占具になんて、興味を示すもんじゃないな』


 部屋の外から、ジルレアの声がした。


『ちょっと首無し! 黒いのがあんたに会いにきてるわよー!』

 首無しが肩をすくめた。

『悪いな。エーファ。行ってくる』

「うん」



 ――朽ち色の青年と出会ってから翌日まで、怒濤のように流れた時間が嘘のように、一見、変わらない日常がエーファに戻ってきていた。

 ただ、あの日の後遺症のようなものは幾つか存在していた。


 父との関係が、悪化した。


 これまでは、どちらかというと父がエーファを避けていたが、今はエーファも、父を避けるようになっている。

 あれ以上詳しいことは、父は口にしなかった。失言だったとでもいうかのように、黙り込んでしまった。


 結局、エーファが、母について新しく聞き出せたことは、一つだけ。

 母が銀髪の占師だったということ。


 そのことから、どうやら、やはり、銀髪と占師には、深い関係があるらしいと推測できた。

 ……でも、他にも、父は、まだ何かを隠している。


 そうは思ったが、追求して「出て行け」と言われるほうがエーファは怖かった。父の姿を見かけるたび、身構えてしまう。父も父で、そんなエーファの態度のせいか、エーファをよそへ行かせる話を切り出すのを引き延ばしているようだった。それがほんの少しの救いのようにも思えてくる。


 父も、好きでエーファを追い出そうとしているわけではない――。


 もし、どうしても必要なら、ここに居続けることで、父の負担となるのなら、今のような状態を長く続けるわけにはいかないことは、わかっている。


 出て行くしかない。それなら。


 せめて、理由が知りたい。


 それとは別に、父が頑なに口を閉ざす、己の母についても不安があった。


 エーファは、フランツに自分の特異性ともいえる一面を、話してはいない。


 幽霊が見える、ということ。


 刑場には、何故か霊は居着かない――首無しやジルレアぐらいだ――が、刑の直後は、亡くなった罪人の霊がごく短期間、徘徊していることはある。エーファ自身は、霊が見えることを厭うたことはないが、職業柄、父にとって霊の話など、好ましい話ではないだろう。


 彼らは――優しい、とエーファは、知っているけれども。


 霊は地上に留まれば留まるほど、生前の記憶を失う、とエーファはジルレアから聞いた。

 そうして真っさらになった彼らは、優しい。


 少なくとも、エーファの心を傷つけることはない。

 この目が母譲りなのだとしたら、このことを母には感謝したい。


 だが、もう一つ、エーファにだけ『視え』るもの。


 これは――。


 きゅっと、唇を引き結ぶ。目を閉じ、かぶりを振った。心の中ですら、そのことを考えるのを長らく自分自身に禁じていた。

 先日『視た』光景のせいで、それが揺らいでいる。


 ……母も、『視え』ていたのだろうか。だから、自分にも受け継がれた?


 だったら、母はどう対処していたのか。

 エーファが、その重大さも、意味もわかっていなかった頃、ジルレアは「『視た』ものにかかわるな」と言った。

 自分にない能力を持っているから、占師だったジルは嫉妬している、と幼かったエーファは唇を尖らせ、無視した。


 まだ自分が占師にはなれないと理解していなかった頃。


 自分は万能の占師になれるに違いないと疑いもしなかった。

 この力で、きっと周囲からの嫌な視線もなくなる。皆が感謝してくれるようになる。


 わたしはまるで、かみさまみたい。


 そんな驕りを抱いていた。

 愚かだった。


 ジルレアは正しかった。

 だが、そう思おうとしても、『視て』しまうと、割り切れない。


 エーファは薄い青色の瞳を開けた。


 手のひらの上の、いびつな赤い石。朱石。


 半ば、押しつけられたものだ。


 エーファがジルレアに習った占術は石を用いる。朱石は、主にバスハで出土する鉱石だ。あれは占術によく馴染む石だ、とジルレアがよく言っていた。

 が、それだけではなく、朱石は非常に高価なのだ。エーファが一生働いたとしても、手に入れることは不可能だろう。


 元の持ち主は、朽ち色の青年だ。

 彼が、エーファに渡した。


 『視た』ものに、かかわるべきではない。


 そうすれば、決められていたとおりに、ものごとは流れるだろう。


 それに逆らい、エーファは忠告してしまった。あの時は、あれが自分の役割だと思った。

 けれどやはり、わからない。後悔している。


 ――あれで、正しかったのかどうか。


 母がもし『視える』人間だったのなら。

 母なら、どうしていたのだろう。

 数日前、帰ろうとする朽ち色の青年に「占いをしないか」と声を掛けたときのことを、エーファは思い返した。



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