68 出陣する男達
たった一人しかいない王子が継承権を失ってしまった為、王宮にて次期国王を誰にするのか検討する為の議会が開かれる事が決まった。
この国では、王太子の指名などは国王の一存だけでは決められず、必ず議会を通される。
大臣や有力な貴族家の当主は全て議員となっており、今回の様な重要な議題の際には、重病でも無い限りは必ず出席せねばならないと法律で定められている。
その為、クリストフもシャヴァリエ辺境伯も王宮へと出向く事になった。
ディオンも父である辺境伯のサポートとして同行する。
妊娠中のミシェルは長距離移動が出来ないので、ジェレミーと共にお留守番。
そして辺境伯夫人も、三人がこちらに戻って来るまでの間、ミシェルに付き添う為にデュドヴァン邸に滞在する予定だ。
「行ってらっしゃいませ、クリス様。お気を付けて」
ミシェルから頬にキスを贈られたクリストフは、ディオンに得意気な視線を向けた。
だが、その直後「お義父様とディオン兄も」と父と兄にも挨拶をしたミシェルは二人に軽くハグをする。
今度はディオンが得意気な顔を見せ、クリストフを悔しがらせた。
「あぁ……、行きたくない……」
妊娠中の妻を置いて出掛けるのが心配なクリストフは、最後までグチグチと不満を垂れ流した。
「父様、子供みたいな事言わないで下さい」
呆れ顔のジェレミーが、諦めの悪い父親の背中をバシッと叩く。
(最近ジェレミーが冷たい……)
しっかりした子に成長しているとも言えるが、そろそろ親離れかと思うとクリストフは少し寂しく感じた。
「分かったよ。サッサと終わらせて、すぐに帰ってくるからな。
ミシェルもジェレミーも、体に気を付けて。
特にミシェルは大事な時なんだから、無理をしてはダメだぞ」
「大丈夫です。母様は僕が守ります」
ミシェルは腕にギュッと抱き着いてきたジェレミーの頭をそっと撫でる。
「そうね、ジェレミー。
それに、安定期に入ったばかりなのですから、それほど心配は要りませんよ。お義母様もいらっしゃいますから心強いですし。
あまり無理せず、安全第一で帰って来て下さいね」
「そうですよ。
ミシェルとジェレミーくんには私もついていますから、安心してお任せ下さい。
それよりも、三人とも、私の分までしっかりお仕事なさいませ」
辺境伯夫人に発破をかけられた三人は、その『仕事』の意味を正確に理解し、黒い笑みを浮かべて頷いた。
「このタイミングになったのは、失敗でしたね」
王都へ向かう馬車の中で、クリストフは深い溜息をついた。
計画が順調に進んでいるのは喜ばしい事だが、今はミシェルのそばを離れたくなかった。
まあ、本音を言えば、今に限らずどんな時でも離れたくは無いのだが。
「だが、ミシェルとお腹の子の為にも、危険な要素はサッサと排除しておかないとな。
それにしても、まさかこんなに早く廃嫡が決まるとは思わなかった。
あんなに溺愛していたのだから、もっと長く葛藤が続くと思っていたんだけどね。
意外とアッサリと切り捨てたな」
辺境伯にとっては国王の早過ぎる判断は予想外だった様だが、ディオンの見解は違ったらしく……。
「そうかな? 俺は最初から直ぐに切り捨てると思ってましたけどねぇ。
陛下はアルフォンスを可愛がってはいましたが、甘やかしてばかりで全く本人の為を想っていなかったじゃないですか。
あんなの愛情とは言わないでしょ?」
「それもそうだな」
もしも国王が本当に息子を愛していたのなら、悩みながらも結局は彼を切り捨てられなかっただろう。
いや、そもそも怪文書を信じたりしなかったかも知れない。
そうなるなら、それでも良かったのだ。また別の作戦を考えれば良いのだから。
だが、国王は驚く程にアッサリと彼を捨てた。
「まあ俺も、ミシェルを残して義弟殿が領地を離れるのは心配だけど、鉄は熱いうちに打てって言いますからねぇ。
変にタイミングを遅らせると、奴等に勘付かれる危険性も増すし。
大体にして、何でこのタイミングで呑気に子作りとかしちゃってるんですか!?」
「う゛……それを言われてしまうと……」
痛い所を突かれて口籠るクリストフに、ディオンは呆れた視線を投げた。
「まあ、ミシェルが幸せそうだから良いけど」
馬車の中に沈黙が訪れると、サクサクという咀嚼音がやけに耳についた。
バターと砂糖の美味しそうな香りも漂って来る。
「……ところで、さっきからディオン殿は何を食べているんだ?」
紙袋から取り出した菓子を次々と口に放り込んでいるディオンに、怪訝そうにクリストフが問う。
「コレ? ミシェルの手作りクッキー。ナッツたっぷりバージョン」
「は? 何故、貴方がそれを?」
「作って欲しいなぁって、可愛くお願いしたら、『愛するディオン兄の為なら』って快く作ってくれたから」
飄々と答えるディオンに、クリストフはイラッとした。
「……返せ。ミシェルの作った物は全部私の物だ」
クッキーの紙袋を奪おうと手を伸ばすが、ディオンはヒョイッと鮮やかに躱す。
「え~っ!? ミシェルがわざわざ俺の為に作ってくれたのに酷~い。
横暴! 暴君!!」
ヘラヘラと笑うディオンは完全にクリストフを煽っている。
「うるさい! 寄越せっ!」
仲が良いんだか悪いんだか分からない二人が言い争っている隙に、横から伸びた辺境伯の手が、ディオンが抱えていたクッキーの袋をサッと取り上げた。
「二人共、落ち着きなさい。間を取って私が食べようじゃないか」
「「はぁっ!?」」
三人の珍道中は、王都に着くまでの数日間続いた。
※因みにこのクッキーは『馬車の中で皆んなで仲良く食べてね!』と、ミシェルがディオンに渡した物である。
ある意味、仲が良い……かも?




