58 告白記念日
そして、翌日から旦那様の猛攻が始まった。
『私が愛しいと感じるのも、触れたいと思うのも、ミシェルだけだ』
『必ず幸せにする』
『どうか、これからもずっと、私のそばにいて欲しい』
『ミシェル、愛してる』
四六時中そんな風に口説かれ続け、私はあっという間に白旗を上げてしまった。
チョロい?
いや、だって、彫刻の様に整った顔の彼に毎日情熱的に迫られたりしたら、免疫の無い私には抗う術など無いでしょう?
きっと私は、自分の事を、婚約破棄をされた魅力の無い女だと、心の何処かでずっと思っていたのだ。
別にアルフォンス殿下の事が好きだった訳じゃ無いし、彼と結婚しなくて済んだのは僥倖だった。
実際、婚約破棄を言い渡された時、私は喜んだ。
けれど、罪をでっち上げてまで一方的に婚約破棄をするほどに嫌われていたのだという事実は、少なからず私の心の傷になっていたらしい。
自分でも気付かぬ内に見えない部分に負っていた傷は、少しずつ……、だが、確実に、血を流し続けていたのだ。
だから、旦那様が私に向けてくれる想いを、簡単には信じ切れなかった。
それでも旦那様は、めげずに何度も愛の言葉を贈ってくれる。
その度に心の傷は少しずつ癒えて行き、いつの間にか、彼の言葉を素直に受け止められる様になったのだ。
「……私も、旦那様が好きですよ」
ヘタレな私が勇気を振り絞って初めてそう告げた時……、
なんと、旦那様は泣いた。
「えぇっ……? 旦那様、泣いて……?」
「………………嬉しくて」
私を強く抱き締め、ポロポロと透明な涙を流しながら幸せそうに微笑む彼を、ちょっぴり情けなくて、そしてとても愛しい人だと思った。
私達夫婦の関係が変化した事は、瞬く間に使用人達の間で共有された。
その日の晩餐には料理長の粋な計らい(?)により、ちょっとしたパーティー並みの豪華なメニューが供された。
「今日って、何かの記念日でしたっけ?」
不思議そうに首を傾げながら、デザートに出て来たケーキの苺にフォークを刺すジェレミー。
「さあ? 料理長の機嫌が良かっただけじゃ無いかな?」
と、旦那様は、涼しい顔ですっ惚けた答えを返した。
部屋の隅に控えている使用人達は微笑ましそうにその様子を見守っている。
食後はお茶を飲みながら、ジェレミーと旦那様と三人でカードゲームに興じた。
「あ゛~~っ! また私の負けだわ」
手元にある残っていたカードを、ポイッとテーブルの上に投げ捨てた。
三戦やって、三回とも私の負け。
旦那様はともかく、本気でやってもジェレミーにさえ勝てないなんて……。
「ふふっ。母様は、素直で分かり易いですからねぇ」
ジェレミーの言葉に旦那様も深く頷いている。
「違いますっ。私が弱いんじゃ無くて、お二人が強過ぎるのですよ」
「では、グレース達にも参戦してもらって、もう一戦やるか?」
だが、そこでジェレミーが大欠伸をした。
旦那様がチラリと時計を確認する。
「……と、思ったが、どうやら時間切れだな。
ジェレミー、そろそろ就寝だ」
「え~っ……。せっかく盛り上がっていたのに。まだ遊び足りないです」
「そうは言っても、もう眠そうじゃないの。
明日もまたやれば良いのよ。次は絶対に負けないからっ!」
グッと拳を握って宣言すれば、ジェレミーは楽しそうに笑いながら、私に指切りを求めた。
「じゃあ、続きは明日。約束ですよ」
手を振りながら自室に戻っていく彼を見送ると、急にダイニングが静かになった。
「……」
「……」
旦那様と二人きりになった途端、変に意識してしまって、何を話せば良いのか分からなくなった。
いや、正確には使用人も部屋の中にいるので、完全に二人きりでは無いのだけれど。
昨日まで、どんな話をしていたっけ?
思い出せない。
気まずい沈黙が満ちる中、緊張を誤魔化す様にティーカップに口を付けたのだが……
お茶を飲み込む際の『ゴクリ』という音さえも酷く大きく響いた気がして、なんだか余計に緊張感が増してしまった。
とうとう居た堪れなくなって、席を立つ。
「……今日は、少し早めに休みますね」
そう言って部屋を出ようとした瞬間、大きな手に手首を掴まれた。
「待って、ミシェル。
その……今日から一緒に寝ないか?」
今、なんて言った?
───キョウカラ イッショニ ネナイカ?
「……えっ? ええーーっ!?」
動揺して大きな声を上げてしまった私に、旦那様は苦笑する。
「そんなに驚かなくても」
いや、驚きますよ。
そりゃあ、一応夫婦ではあるけれど、私達は今日漸く想いが通じ合ったばかりなのだから。
品の良い調度品で落ち着いた雰囲気に纏められた寝室の真ん中には、大人四人は並んで寝られるくらいに大きな寝台が鎮座している。
初めて足を踏み入れた夫婦の寝室。
その寝台の上で、私と旦那様は膝を突き合わせて正座していた。
「本当に……、二人で、ここで寝る気ですか?」
おずおずと問い掛けると、旦那様は少し悲しそうに顔色を曇らせた。
「ミシェルは、私と一緒では嫌か?」
「う゛……、嫌では無いですが……」
ズルい。
そんな顔をされたら、嫌だなんて言えないじゃ無いか。
ジェレミーが私にお願い事をする時にたまに見せる、少し悲しそうな顔にそっくりだ。
多分、二人共、私がその表情に弱いと知っていて、態とやっているのだろう。
全くタチが悪い親子だ。
胡乱な目で旦那様を見ると、苦笑いが返された。
「心配しなくても、直ぐには手を出さないよ。
少しずつ慣らして行こう。取り敢えず、今日は一緒に寝るだけだ」
「そう……、ですよね。
私も心の準備が必要ですし、旦那様もリハビリ期間があった方が良いですものね」
ずっと女性を嫌って接触を避けて来た旦那様だから、きっと、徐々に慣らす期間を必要としているのだろう。
「あー…、いや、ミシェルに対してはリハビリは全く必要無いんだが……。
リハビリって言うより、どちらかと言えば修行に近いかな」
ポソっと零された呟きは、考え事をしていた私には殆ど聞こえなかった。
「今、何か仰いました?」
「いや、何も。そろそろ寝ようか」
そう言った旦那様の顔が素早く近付いて、その唇が私の額に優しく触れた。
え? 今のって……キス?
「……なっ!?
一緒に寝るだけだって言いませんでしたっけ?」
驚いて勢い良く後ろに退いた私は、旦那様が触れた額を片手で隠した。
頬がジワジワと熱くなる。顔から火を吹きそう。
「そうだったか? では、訂正しよう。
今日の所は、お休みのキスをして一緒に寝るだけだ」
「~~っっ!!」
動揺のあまり抗議の声も上げられず、口をハクハクと開閉させる私の頬をスルリと撫でて、旦那様は甘やかな笑みを見せる。
「お休み、ミシェル」
「……お、お休みなさい」
旦那様は余裕そうなのに、私の方は額に口付けをされた位でこんなにも動揺してしまうなんて、少し悔しい。
広い寝台の端に寝転んだ旦那様に背を向けて、私も反対側の端に横になったのだが……。
当然ながら、睡魔はなかなか訪れてはくれなかった。
※カッコつけて余裕ぶってるだけで、旦那様も実は心臓バクバクなはず(^^;




