79話「ノーヴェンのデート!(後半)」
上半身下半身両断された死屍累々なレストランを出たノーヴェンと乙牌々の前に戦車隊がぞろぞろと並んできていた。次いで機動隊もぞろぞろと現れる。
下手な映画よりも臨場感あっていいなぞ。
……ってか、こんな大かがりなの映画撮影なんじゃねーのか?
《ふはは! ここで乙牌々を始末さえすれば、我々ヤクザ連合軍は復讐を果たせるのだ!!》
《我らが抱える軍事系創作士は世界の中でも指折りの猛者!》
《我らが組めば、乙家も今日で終焉よっ!》
なんか音響放送してきた。
物々しい戦車隊は、複数のヤクザ組織が手を組んで引き連れてきたのだろうか?
戦車が爆音を轟かせて砲撃して、周囲にドカンドカン爆発が広がって本物だと改めて思い知らされた。
どんだけ恨み買ってんだよっ!?
「徹底排除モード!! 直ちに排除を敢行します!」
乙牌々は指鉄砲、胸ミサイル、目ビームなどで応戦するが、機動隊がすぐさま六角形連なる半透明バリアを張って防いでしまう。
攻撃側の戦車と、防御側の機動隊と二重布陣か。手馴れているな。
「ウウウ……エネルギー切れ! エネルギー切れ! 直ちに休止します!」
数十分もすると乙牌々がガクガク震えだし、糸が切れた人形のように頭を垂れて機能停止した。プツッ……!
ノーヴェンは苦い顔で無数の『分霊』メガネを浮かせ、ビビビビッとビームの弾幕を放つが相手は軍事系創作士。
そこもしっかり隙間なく防ぎきってしまう。
ノーヴェンの能力まで対策した戦い方してるぞ……。マジ手強い。
「シット!」
とは言え、インフレしてしまった今やノーヴェンは威力値二万そこそこの創作士でしかない。二万ってだけでも相当なもんだけど、一〇〇万オーバーの四首領との差があるって点においちゃ一般人と変わらねぇもんな……。←何気に戦力外通告!
「ナッセェ! 早く助けないと!」
「あ、やべ!」
オレたちも手助けに駆け出そうとしたが、足を止めた。
気付けば、周囲が薄暗くなっていき歯車が幾重も重なって回っている妙な風景が広がっていたからだ。
ギシギシギシ……ギシギシギシ……!
「これは精神生命体が展開するイメージ具現空間……?」
すると乙牌々を包んで、歯車連ねる模型の馬がニョキニョキ生え出していく。
頭部は模型の馬のような無機質なもので、タテガミを模した背中の内側で連ねる歯車、ムカデのような無数の足は模型の馬の足っぽい。
「『偶像化』!!」
「ええっ! って事は完全にロボットじゃなかったんだ??」
ヤマミはコクッと頷く。
そう、高次元の精神生命体となる『偶像化』は元々は人間の持つ欲望を具現化している。
つまり完全なロボットでは生み出しようがないモノなのだ。
中の人がどんなヤツか知らないけど、れきっとした人間なのだろう。
ギシギシギシギシギシギシ……!!
「な、なんだこれは!? 不気味なヤツだ!!」
「何をしている!? 早く始末しろっ!!」
戸惑っている軍事系創作士も我を取り戻し、爆撃を再開する。
しかし歯車が左右からキュラキュラ阻んで射線を遮った。それを前に爆発がドドンドンと轟くが歯車に傷一つつかない。
精神生命体の具現化する物質は、いかなる物理的影響を受け付けない。
逆に真っ暗な空から歯車の雨が降ってきて、ことごとく戦車や軍事系創作士を挟み込んでベキベキ潰していく。
機動隊のバリアすら薄氷みてーに砕けるし、戦車も粘土みてーにグニャグニャ潰されていくから身震いしちまう。やべー!
「あ、あぎゃああああああ!!」「ぎええええあああ!!」「ぐぎゃー!」
為すすべもなく阿鼻叫喚が轟く地獄絵図に成り果てた。
なんつーか血祭り殺戮ショーを見せられてる気分だ…………。
潰れたトマトのようにあちこち肉塊やら血やら散乱……。グロ……うえ……。
ギシギシギシッ……ギシギシギシッ……ギシギシギシッ!!
より軋み音が強くなり、危うい気配をひしひし感じる。
まるで暴走しているような……?
「でも制御できてないわ!」
「ならオレがッ……!」
光の剣を出して駆け出そうとすると、ノーヴェンはギャグマンガでありそうなエロ目を見せて自身の唇をニューッとホースのように伸ばして乙牌々の唇に吸い付きズキュウウゥ────ン!!
その後ハートマークの嵐を上昇乱舞させていく!
すると溶け込むように歯車の風景が薄らいで、元の梅田大阪に戻っていた。
緊張してたのが解けて、呆然とするしかなかった。
な、なんなんだぞ…………?
「説明してくれぞっ!」
とあるレストランでオレたちはノーヴェンに詰め寄った。乙牌々はノーヴェンの膝枕で横になったまま未だ動かない。
ノーヴェンはバツが悪そうにしながらも頭を下げる。
「説明するのも憚りマスが、事情も知らぬで通せないのは仕方ないデスね……」
「一般人巻き込んで死人出してるしな」
彼が言うに、乙家は日本で指折りの資産家であるが、同時に裏社会で幅を利かせていた極悪ヤクザでもあった。
故に他のヤクザやマフィアと抗争が絶えなかった。
でも例のカルマホーン現象により、組長や幹部が軒並み魔界オンラインへ送られたせいで勢力を失って今や風前の灯。
乙牌々はそんなヤクザの一人娘なのだが、恨みを買われたヤクザに事故を装って暗殺されかけた。
サイボーグ化する事で命を取り留めたが、自身で感情をあらわにしたり喋ったりできず、食事もままならない。プログラムされた機械で感情表現するくらいしかできない。
とはいえ、彼女も罪のない善人というワケではない。
以前はとんでもない悪女で、数多くの人を不幸に突き落とし殺害さえも行われた。
万力や歯車でギリギリ挟んで人を潰していくのを見るのが快感で、そういった残虐な拷問を好んでいた。だからあの『偶像化』が生まれた。
だがカルマホーンが生え出してきて、そのタイミングで暗殺されかけたという。
「……それで塞ぎ込んで、結果的にモンスター化を逃れたのか?」
「どっちみち自業自得じゃないの?」
ヤマミは鼻をフンと鳴らし、冷たい目で腕を組む。
「ですガ、情緒不安定で時々『偶像化』が暴走して手に負えなかったのデス」
乙牌々のメカとなっているボディにノーヴェンが触れると、刻印が浮かんできた。
しかも封印の為の構築図だった。
ノーヴェンの説明によると、これでも『偶像化』の暴走は抑え込んでいる方なのだという。
当時、暗殺されかけてダルマになった乙牌々が嘆き暴走した時は乙家屋敷を全部壊滅させかねないほどに暴れ回っていたらしい。
それで残っていた手下や身内を更に失い、残った腹心が財産をつぎ込んで封印式のサイボーグで乙牌々を安定化させたのだ。
今や血の繋がる家族は乙牌々一人のみ。財産は数千万程度でサイボーグの維持費で削られていく日々なのだそう……。
「そこでミーとお見合いして、併合する事で持続させようと思ってたらしいデース」
「なんてはた迷惑な……」
「もう反省してマース! 嫌というほど思い知らされて塞ぎ込んでマース!」
とはいえ、それでも恨みを買っている裏社会の連中も多いワケで、今も襲撃が絶えない。
憎い乙家唯一の乙牌々の血さえ途絶えれば溜飲が下がるからだ。それだけ随分酷い事されてきたのが窺えた。
所詮は極悪人同士の抗争だしな。
ってかギャグのような名前からシリアスな事情とか、笑えねぇな……。
「でも同情できないわね」
ヤマミは冷たく言い放つ。オレもコクコク頷く。
それだけ乙家は業が深すぎるし、言っちゃ悪いがノーヴェンの動機云々関わらず協力的になれないぞ。
「分かってマース! でもミーはこの彼女に惚れましタ! 幸せにしマス……!」
注文した料理が運ばれてきて。ノーヴェンは悲しげに赤い醤油をかけたブロッコリーをスプーンで乙牌々の口へ入れた。……赤?
次に水を飲ませて喉に流していく。ゴクゴク……!
なんかしんみりとしていて、どれだけ乙牌々に惚れているのかが伝わってくる。
「辛ッ!! ぶぼおおおおおおおおおおおおッ!!」
乙牌々が両目スコープをバガゴ────ンと伸ばしてイキナリ飛び起きて絶叫したもんで、思わずビックリしたぞ!!
バタ────ンと卒倒して、泡を吹いてピクピク痙攣するとピクリとも動かなくなってしまう。
しばしの沈黙…………。
「ほ、ホワット!? なぜ?? なにが起きたのデスか??」
取り乱したノーヴェンが乙牌々の肩をガクガクガクガクガクと勢いよく揺らしまくって頭を激しくシェイクする。これトドメ刺してねぇ?
「そんなもの食べさせたら死ぬでしょ……」
ヤマミはタバスコのビンをつまんで、冷淡な細目でボソッと。
ノーヴェンは明らかに「しまった!」って顔でガ────ン!!
醤油だと思ったものはタバスコで、ブロッコリーだと思ってたのは大量のワサビだったのだ。そんなモン食わされればたまらない。
……乙牌々、タバスコ&ワサビを食わされ逝く。チーン!
「オレたち、何しに来たんだろう……?」「さぁ?」
今日一日、これほど虚しいと思った事はなかったぞ。
失意したノーヴェンが乙牌々を抱きしめて涙を流し始めたが、どうでもよくなってきた。帰ろ……。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!」
慟哭がいつまでも響いていた。




