72話「メンバー選定⑤ ~ナッセ vs ヤマミ」
フクダリウスは腕を組んで「あの二人の対戦……、初めて見るな」とモニターを注視している。
側でノーヴェンが息を飲んでモニターに映る二人を見ていた。
なんと今度の対戦はナッセとヤマミだ! 舞台は雪山!
いつも二人で行動していて仲が良いイメージが強い。
それ故に対戦しななさそうなので今回はなんだか特別感がした。
「ミスヤマミ……!」
ノーヴェンにとってはヤマミは同じ資産家として気になっていた女性。いつも相手にされないからと己の価値を高めようと努力を重ねてきた。
だが、それは独り善がりだった事をナッセに気付かされた。
同時に彼の方が彼女を理解しているからこそ、繋がったとも悟ってしまった。
やはりヤマミがナッセに恋心を向けて当然なのだと諦めた…………。
「ミスヤマミ、ナッセサン、二人ともファイトデース……」
黒髪の姫カットが風で揺れる、真剣な面持ちのヤマミ。それを前にして息を呑む。
この対戦には別の意味で気圧される……。
ヤマミとこうして戦意を向け合うのは、やっぱドキドキするなぁ。緊張のドキドキが……。
「……こうやって対戦するのは久しぶりね」
「ああ!」
静かな冷えた風が髪を揺らしてくる。
見渡せば澄み切った青空に白い雲がたゆたう。風で粉雪が舞う雪山地帯。急な斜面の上でオレとヤマミは深雪に足を埋めて向かい合っていた。
なんとヒラヤマ山脈のエレベストが戦場だった────!?
山頂近くなので空気めっちゃ薄いし凍える。
真っ白な雪の山だなんて、あんまり行かないし見ねぇぞ……。でも!
「ヤマミィ────ッ! 勝負だぁ────ッ!!」
「ナッセェ────ッ! 望むところ────ッ!!」
超人レベルの脚力を前に深雪も障害にもならず、普段通りに駆け出し霧雪を吹き上げた。互い拳をぶつけ合って、その衝撃波でブワッと波紋のように雪崩が広がっていく。
入り乱れる拳と蹴りとそれを捌く腕、幾重もぶつかり合う衝撃、軽やかに翻す互いの体。
真剣なヤマミの目と何度も合いながら、絶えない体術を繰り出す。
幾度もなく並行世界で何度も体術で特訓し合った事を思い出させる。
今でも朝に軽めの運動として交わす事はあるが、本格的に対戦するのは久しぶり。ましてや仮想世界。死闘も可能なのだろうが……。
バキッと頬を殴られ、それでも追撃をかわし反撃を振るう。
いつだって彼女はエリート風で、相手を詰めるように隙のない戦い方をする。念力組手でやっと互角というのだから凄まじい念の入りよう……。
こっちも女だからと手加減はしていないのに、ことごとく当たらない。
「やっぱ体術うめぇな!」
ヤマミの蹴りを胸にもらって、オレは後方へ吹っ飛ぶ。宙返りして足をつけて滑っていって霧雪が舞う。ザザッ!
すると漆黒の火炎球が目の前に迫ってきていた。
驚いたが、すかさず足元に花畑を広げて背中から花弁を翼に展開し、妖精王となって拳を突き出す。
「デコレーションフィールド! ────攻撃無効化!!」
巨大な漆黒の火炎球はオレの拳を起点に、螺旋状に渦巻いて淡く光る小鳥の群れに変えて散らす。
すると目の前の雪飛沫が大きく噴き上げ、同じく妖精王となったヤマミが巨大な『偶像化』を纏って飛びかかってくる。巨大な杖が振り下ろされ、その先っぽの刃が軌跡煌めかす。
「ビッグ太陽の剣ッ!!」
負けじと一回り大きく生成した太陽の剣をかざして受け止める。
その衝撃だけでも雪山をズンと震わせ、深い積雪すら軽々巻き上げられる。
「「おおおおおおおあああああッ!!!」」
気合吠え、ヤマミの『偶像化』と縦横無尽に超高速で駆けて、跳んで、翻して、嵐のような剣戟を繰り返し、その余波だけで周囲を震わせ、雪山がことごとく崩れていく。
誰もがモニターに釘付けでポカンとしている。
「威力値三〇万の戦い…………!? これが……妖精王かっ!?」
「むう……ここまでとは!」
「イエス……、しかし!」
二人はずっと前から遠慮なく付き合っているようにも見えた。まるで幼馴染。
かたや四首領の長女、かたや一般家庭の長男、身分の違いで不相応。されど本性を剥き出しにぶつかり合えるのは一見として異様な光景。
子供っぽいナッセなど切り捨ててもおかしくないほど無遠慮を受けてさえ、ヤマミはむしろ喜んで受け入れている。
ノーヴェンは改めて、自分とは違う次元の域に二人はいるのだと思い知らされた。
同じ資産家である自分には見向きせず、一般人のナッセへと恋心を寄せているのは激情煽る遺憾ものだが、この戦いを見て認識を改めた。
もう単純な恋心ではない。
とうに過ぎ去っているのだ。恋し恋される甘酸っぱい時期など。
初々しい恋から始まった二人はこれまでに失敗を重ねながらも、最後まで繋がりを切らず互い本心を語り理解し合えた仲。
そこに誰も割って入る隙などないのだ。
多分、二人は体の一部のような伴侶のつもりであろう。これから度々ケンカはする事があっても、絶縁するような事は起きない。そう確信させられるようで悔しくも羨ましかった。
仲の良い対戦。一見、矛盾だが、これほどしっくりくるものはない。
「おおおおおおおッ!!!」
オレは太陽の剣を振るって、ヤマミの巨大な杖の刃と交差させた。破裂するように周囲に衝撃波が広がって、霧雪に留まらず砕けた雪塊まで捲れ上がって吹き飛ぶ。
「やっぱ強ぇえな!!」
「それくらい、まだまだ私に届かないわよ!」
縦横無尽に空を翔けながら何度も何度も激突をガンガン繰り返しソニックブームを散らしながら、オレとヤマミの激戦は遥か上空へ昇っていく……。
雲海を突き抜けて、グラデーションかかった濃い青が広がる大空で二人は攻防の応酬を繰り返す。
誰も届かないような域へ二人は飛び立ったかのよう……。
もはや邪魔する者も、できる者も、もはやいない。
ノーヴェンは青空広がるモニターに涙した。
「羨ましいデース…………」
ヤマミとこのような関係になりたかったと、嫉妬さえする。
しかしいくら嫉妬しても、もう届かない所に二人は行ってしまったのだ。そしていずれは異世界へ行ってしまうのだろう……。
切なくて儚げな心境で涙を堪えずにいられない。
微かに丸みを帯びる雲海が覆う地表。そして濃い青が広がる大空。
大きな白い花弁を羽ばたかせるオレは、同じく黒い翼を生やす『偶像化』に包まれたヤマミと向き合う。
「ありがとうな……! ヤマミ!」
しみじみとこみ上げる感激で柔らかく笑ってみせる。対峙するヤマミは僅か見開いてきた。
対戦中に何言ってんだと自分でも分かっているが、感謝せずにいられなかった。
ほどなくヤマミも柔らかく笑んで「ええ……そちらこそ!」と返してくれた。
「行っくぞ────ッ!!」
オレは太陽の剣かざし、放射状に雫を収束させていく。
そしてヤマミもまた『偶像化』の杖を振りかざして雫を収束させていく。
「全力だぁぁぁあッ!」「ええ! こちらも手加減しないッ!」
三大奥義の一つ『賢者の秘法』!!
雫を取り込んだ太陽の剣は、徐々に白光に輝く螺旋状の形状を伴って一本伸びる巨大な刀身へと変貌!
それに対し、ヤマミも雫を取り込んだ杖の先っぽに黒玉を象り、その輪郭を橙が包み、更に周囲に降着円盤を伴う。ゾクゾクくる。
ヤマミは不敵に笑う。
「あなたが『銀河の剣』なら、私は『黒天の杖』よ……!」
「すっげぇな……! ビリビリきてんぞ……!!」
いつもは協力してくれていたけど、単騎でやるとしたらこのような形の『賢者の秘法』になるのかと初めて知った。同時に彼女が自分を見せてくれたのだとも察した。
この仮想対戦だから、殺し合いになりかねない戦いもできる。
今でこそ、ワクワクしながら熱く滾る試合を楽しめている。
でも、もしかしたら……!
オレとヤマミは全力疾走で大空を翔け、互い全力の奥義を全身全霊で繰り出す!!
「ギャラクシィ・シャインスパァ────クッ!!」
「ブラックホール・ダークリベンジャ──ッ!!」
星屑を散らしながら白刃が弧を描く軌跡を煌めかせ、対してジェットを噴出しながら尾を引く漆黒の玉が深淵を覗かせ、衝突時に眩い光がカッと弾けた!!
ドッ!!
大空いっぱいに眩い爆発球が膨れた!!
周囲は一気に数千万度もの超高温に跳ね上がって、尋常じゃない高熱プラズマが拡散し、全てが真っ白に染まった!
真っ白な爆発の余韻で長らく震撼が続き、モニター越しでさえ破壊力の凄まじさを感じ取れた。
マイシやモリッカ以外、誰もがブルッと震えた。
長い間立ち込める莫大な煙幕が晴れた後、夜空の下でマグマが沸くほどに削れた赤黒い地表の上で、ボロボロになったオレとヤマミはしゃがんだまま荒い息を繰り返していた。
もう妖精王に変身できないくらい傷付き消耗してしまったぞ……。
荒い息を繰り返しながら、互い傷んだ体でヨロヨロ立ち上がる。
すれ違ったまま、こじれた愛情が憎悪に変わってたとしたら……!
このように憎しみ、殺し合ってたのかもしんねェ…………!!
だからこそ、今こうして一緒に笑って暮らせるのは本当に奇跡だ!
ガクッと前のめりに倒れようとすると、向こうも同じく互い重なるようにもたれかかった。そのまま抱き合うように背中に腕を回していく。
そしてズシリとのしかかってきて彼女が意識を失ったのを察した。相手がオレだからこそ、安心して自ら体を預けられるのだろう。
ギュッと抱きしめて暖かい温もりを噛み締めた……。
これまでも、そしてこれからも……もっと幸せでいような…………!
それを遠巻きで見ていたノーヴェンは「ユーには敵いませんネー……」と観念して首を振る。
そして懐から取り出した『お見合い写真』を眺める。
素敵なフェイス、くりっとした丸い目、そしてツヤのあるボディ……。
全てがパーフェクトなレディに、ノーヴェンも鼻下伸ばしてデレデレに緩んでいく。
「このミス『乙牌々』と結婚して、イチャイチャしたいデェ────ス!」
フクダリウスは「おい!」とゲンナリする。




