342話「野外授業⑰ 潰されたトマト!」
困った事に、連れてきたアナザーたちにはもう帰る場所が存在していなかった。
ちなみに邪険モリッカは失神中。下僕コマエモンは震えながら動かない。
オレはクスモさんへ振り向いた。
「なぁ、こいつらどうすればいいんだ? もう帰るところねぇんだろ?」
「そうだな……」
するとナリアはオレの腕に組み付いて「もらった!」と言い出してきた。
ヤマミは「クロダリウスの代わりにしようとしてるんだろうけど、無理よ」と冷めた目で言う。
ナリアはキッと敵意の眼差しを見せる。
「そう、思い知らせてあげるから! 我が名において命じる! 我の隷属となって我が力となれ!!」
なんとオレに組み付いた腕へ、ズズズズ……と少女の赤い刻印が這い寄ってくる。
それはオレの腕へ渡ると、手の甲に集合して『印』を刻んできた。
ナリアは冷笑を浮かべる。
「ナッセ!! あなたはあたしの奴隷よ! さぁこいつらを殺──」
「ほい」
なんと破裂するようにオレから少女の『刻印』が剥がれ飛んだ。パァン!
残念だったな。妖精王に支配は効かねぇ。
絶句して言葉を失うナリア。
しかしやっぱ『鈴』じゃ一時的にしか改心させられんなー。この性悪少女懲りんなー。
「敵って事でいいか?」
「次はどうするの? 自ら戦う?」
オレとヤマミに見下ろされて、後しざるナリア。もうなすすべがない。
「聞いた以上にクソガキだな」
クスモさんはため息をついた。
オレは「ああ。このまま見逃せねぇ。誰かをこんな風にされては困るしな」と頷く。
ナリアは後しざっていって背中が壁に当たる。
「やめて……やめて!! なんにもできない! いや……!」
「あんたが今まで殺してきた人に同じ事やってなかったかしら?」
「ひい……!」
冷たく暗い影を見せるヤマミに、ナリアは涙目だ。
オレは可哀想とは思わない。
こいつは当たり前のように殺しができる少女。クロダリウスの意思を無視して支配して、散々殺戮をしてきた。
少女の姿をした殺人鬼とも言える。
「フン! さっさと殺さないのか? 代わりにやってやってもいいんだぞ?」
なんと男マイシがボウッとドラゴンのエーテルを噴き上げた。
しかしピシッと霜が覆い尽くし、男マイシは呆然したまま固まってしまう。
オレたちは振り向く。
「そういう物騒なのは好きじゃないし」
水色のセミロングの冷めた表情の妖精王マイシ。
足元にポコポコと青いスミレみたいな花畑が広がって、背中から薄水色の羽が四枚浮かしている。
マイシは「ち……、厄介だし」と引き気味だ。
「これが氷雪の妖精王ですし。そして『冷凍停止化』で全ての事象を停止させてしまうし」
ピシピシ……周囲に白い霜が広がっていく。
オレは察した。
物理的に冷え込んで分子運動を止めているのではない、運動の概念そのものを停止させているんだ。
オレの『無効化』と同じように……。
「攻撃無効化!」
オレもボウッと妖精王に変身し、花畑を広げて背中から四枚の羽根を浮かす。
掌をかざして迫り来る霜を押し留めた。
ズン!!
二つの力場が衝突し、せめぎ合う感じになってしまった。
「そうですかし。あなたも……」
「ああ」
妖精王マイシと見据え合って、掌をかざしている。
すると、キリがないのを悟ったか「やめましょうし……」と手を下ろす。
「ナッセでしたねし」
「ああ。ここの世界のな」
「できれば、そのナリアという少女。わたしに預けてもらえませんかし?」
「え?」
妖精王マイシが両腕を広げて提案してきた。
オレは思案したが、同じ妖精王なら支配は受け付けねぇ。それに先ほどの言動から察するに争いを好まない性格が窺える。
「手足を落とし喉を潰して、二度と再生できないようにして飼い殺しにするのですし……」
「いや、あんたも物騒じゃねーかぞ!!」
「死ななければ大丈夫ですし」
「そういう問題じゃねぇ……」
オレはジト目で乾いた笑いをする。
やっぱマイシだよなぁ。根本的な性格は変わってねーって思う。
「方法はないわけじゃねぇ。創作士センターにある『血戒の魔石版』があるだろ? それで創作士の扉を閉じればいい」
「これなら体に染み付いた『刻印』も二度と発揮できないわね」
「い……いや! いやああああ!!! やめて!! やめてよぉ!!」
ナリアは首を振ってタダをこねる。
「もう生活に殺しが染み付いているからな。これで無力化しなけりゃ、また悪さする」
「もう悪い事二度としない!! しないから許してよ!! お願い!!」
「ダメだ!」「ダメよ!」
「なんでっ!?」
「口約束は信用できねぇ!!」「口約束は信用しないわ!!」
オレとヤマミは語気を強めて詰め寄る。
もはや誰も助けてくれない。クスモさんもマイシも妖精王マイシも冷たい目で見下ろすばかりだ。
四面楚歌の状態にナリアは震えたまま泣いていく。
「二度と殺すとか言わないから……」
えぐえぐっと嗚咽して尻餅をついていく。
こうしてりゃ普通の少女なんだが、腹黒いものが燻ってるように見えるから信用できねぇ。
いつかは裏切る。いつかは報復してくる。
コイツが前に言ったように殺しが当たり前だって言い切ってる。
いくらオレの『鈴』でも万能じゃない。何度も振って邪念を飛ばし続けるわけにはいかない。
「言わないからぁ……」
へたりこんだまま俯いていく。
フクダリウスは汗を垂らしながら見下ろす。
「ううむ……。こうしてみれば普通の少女にしか見えないな」
「ああ」
オレは相槌を打つ。
ヤマミは腕を組んだまま「殺すしかないわね」と断言してきたぞ。
「あっ……!」
ナリアは涙をこぼしながら見上げた。ワナワナ震えている。
「はぁ……普通の少女だったら保護してたんだがなぁ」
「普通ならね……」
オレとヤマミは困った顔で見合わせる。するとモエキが駆け寄ってきたぞ。
「やめてよ! こんな女の子が泣いているじゃない!?」
「「え!?」」
なんとモエキがしゃがみこんでナリアを抱き寄せて、こちらに抗議を上げる。
その瞬間、キッとナリアが「我が名において命じる! 我の隷属と──」と唱え始めてきたぞ。
いけねぇ! また懲りず──!!
オレが慌てると、ヤマミは三日月マークが浮かぶ目で少女を見据える。ギン!
グシャアッ!!!
なんとリョーコさんが瞬時に間合いを縮めワンパンをかまし、ナリアを向こうの壁に張り付けた。
ピクピク……頭を失った身体が痙攣してずり落ちていく。
オレもみんなも見開いたまま呆然……。
「どうしようもない悪は、絶対に即座にトドメを刺さなきゃいけない。……あとで必ず後悔するから!」
無表情のリョーコさんが振り向いてきて、赤まみれの拳を引き抜く。
確実に頭部を砕いて仕留めてやがる……。
とは言え、本当は倫理観を育ててマトモな少女に戻せねぇかって思ってたんだ。
「消さなきゃね」
なんとヤマミが黒い小人を一匹放って、黒炎で死体を燃やし尽くしてしまった。跡形もなく……。
「なんか胸糞悪いな……」
「諦めなさい」
やるせないオレの肩にヤマミが手を置く。
しかしなんでかヤマミが真っ赤なトマトを手に────……?
そういや時空間転移と本物そっくりに複製できるアバター能力あったな…………。
チラッと目を合わせると、ヤマミは無言で頷いてきた。コクッ。
気づいたらモエキは白目で泡吹いてて失禁してたぞ。ジョロロロロ……。




