246話「最終決戦篇⑨ 最終境地ァ!」
「この子を頼むね……」
妻ラーナは出産で死にそうになってさえ、笑っていた。
無邪気に笑う赤子のコンドリオンを渡され、安心したラーナは目を閉じ、力を失った手が沈んでいく。
思わずダウートは絶句し、涙を零す。
「ラーナァァァァァァッ!!!」
これまで一緒に付き合ってくれたラーナは、自分にはもったいないほどの女だった。
こんな怖い見た目と体格を相手に怯む事なく、同じ人間として接してくれた。まるで天女かと思うほどの眩しい人格者。
誰もが自分を恐れおののく中で、彼女だけが特別な存在だった。
一緒に笑い合えた女は後にも先にもラーナだけだった。
怯えるだけの価値のない女、打算的に惑わしてくる汚い女、見た目だけで醜男と罵るクズ女、その中でラーナはこれまでいなかった至高の女性だった。
だからこそ、コンドリオンを出産して息絶えたのが信じられない。
だからこそ、妻ラーナの命を奪った“悪鬼”だと思い込むしかなかった。
だからこそ、腸が煮えくり返って何度もブチ殺そうと思っていた。
だからこそ、余計に妻ラーナの言葉がよぎって結局殺せなかった……。
だからこそ、インド政府を裏から動かす為の傀儡という建前で生かしていた。
「父さんの手前勝手な思い込みで、罪のない兄貴を迫害してるだけだァ~~!!」
「黙れァァァァァァア!!!」
自分が激情で我を忘れて、ディアルフへ如意棒で突き下ろした。
しかし、コンドリオンがディアルフを守る為に自ら体を盾に、如意棒で貫かれた。
背中から腹まで貫く嫌な感覚が手に伝わった。
ドクン!
動転の心音が伝わってくる。
目の前でコンドリオンが血を吐き、大量の血を地面に広げ、ディアルフに抱かれた。
どう見ても致命傷。間違いなく死ぬであろう重傷。
ドクンッ!!
兄貴だと慕っていた息子ディアルフが絶叫し、ショックのあまり白目で呆然自失。
そんな悲痛な姿を見てダウートは罪悪と後悔に襲われた。
自分で二人の仲を引き裂き、絶望のドン底に突き落とし、不幸にした!
そんな、考えうる限りの最悪なシナリオを突きつけられた。
あの“天網恢恢”で起きた事が生ぬるいとすら思えるほどの、信じられない結末。
ドクンッドクンッ!!
この手で……我が息子コンドリオンを……殺した!!
そして思い返される…………!
「何やってんだァ!!」
「だったらコンドリオンは、母の形見じゃないかァ~~!!!」
「母が命を賭して産んでくれた形見を、お前が殺すのかァ~~!!」
「天国にいる母が見たらどう思うんだァ~~~~!!」
極楽浄土で叛旗を翻した八武衆との戦いで、珍しく感情的になったフシュールが大きく口を開けて真意を吐いた事が脳裏に走った。
それはダウートの心へ鋭く突き刺さり、とても痛いと感じた。
だから目を背け耳を塞ぎ『天網恢恢』へ縋ってしまった。
しかし今度ばかりは自らの手で母の形見を殺し、血の気が引いてしまった。
「どうせ皆殺しするつもりだったァ!! 何も変わらんッ! 変わらんのだァ~~ッ!!」
なりふり構わず全てを消し去って無かった事にしようと、自暴自棄にならざるを得なかった。
全てを忘れて地球から逃げ出して、独り身アテもなく宇宙へ飛び出したかった。
今までの事は“悪夢”に過ぎないと思い込む為に────!
そんな折、一人の侍がダウートの前へ立ちはだかった。
「……させねェよ!」
アクト……、もはや戦える余力などないボロボロの状態。
それでも底知れない激情を胸に、夜叉かと思えるほどの形相でダウートを睨みつけている。
ド ン!
「貴様ァ……!」
「ダウートさんよ。もう見てられんねェよ…………」
睨みつけるアクトの形相には“怒り”ではなく、むしろ“悲しみ”にも見えた。
「四首領としての威厳はどっかいっちまったなァ……」
「なにァ!?」
「テメェはもはや自暴自棄でワガママ振舞うだけの甘ちゃんでしかねェよ! いつまで現実逃避してるんだァ!!」
ド ン!!
「!!!」
アクトが熱い涙を流しながら、ダウートへ向かって叱責したァ!
それが心を突き刺してくる槍のように思え、ダウートは苦しい顔を見せた。胸を掴むかのように手を当てがい「ううう……!」と歯軋りして唸る。
「ホントはさ……インドの事ァコンドリオン王子たちに任そうと思ってたけどよ……」
アクトは刀を振るって、歩みだす。
「やっぱオメェは俺が叩きのめさなきゃならねェわァ!!」
「ぬ!」
ダウートは激昂し、凄まじい威圧を漲らせて全身から黒い稲光を迸らせていく!
徐々に大地が震えだし、大小つぶつぶの破片が浮き出していく!
「誰が誰を倒すんだとァァ!?」
「俺がオメェを倒すんだよ!!」
嵐が巻き起こるほどのダウートの叫びに、アクトも負けじと叫び返す!
ゴウン!!
互いの咆哮で巻き起こった嵐がぶつかり合い、爆ぜたァ!!
ブオッと吹き付けてきた烈風に、オレもヤマミも腕で顔を庇う。
余韻として、しばし大地の振動がゴゴゴゴ……と続いた。
「あ、アクトが!?」
「ダウートと張り合えてるの!? なんで?」
信じられない光景! だが、確かに戦える人はアクト以外にいなさそう!
オレもヤマミも戦えねェ今、アクトが頼りだ! 頼むぞ!
するとなんか伝わったのか、アクトはこちらへ振り向いて「あァ……」と頷いてきた!?
途端にアクトからバリバリッと黒い電撃が迸り始めたァ!?
アクトの黒髪は少し浮くようにフワッと逆立ち、炎のように揺らめく漆黒のロングコートを身に包んでいるァ!?
一見、万覇羅弐と比べればスマートで迫力なさそうにさえ見える!?
「なんだそれはァ!!?」
大地から飛沫を吹き上げ、ダウートは憤怒と如意棒を振るう!!
巨体でバリバリ黒い稲妻を迸らせ、天災級の破壊力を生み出す一撃ァ!!
ガ ン!!
なんとアクトの振りかざした刀が如意棒を食い止めたァ!?
途端に両者の足元の地盤が崩壊して巨大なクレーターに抉れていく!! 衝撃波の津波が周囲に吹き荒れ、破片を押し流していく!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
しかしアクトは突っ立ったまま、刀一本でダウートの渾身の一撃を止めていたァ!?
しかも刀は完全な漆黒!
さっきまでのアクトの刀には輪郭のように赤いのが滲んでいたはず!?
「ぬう!?」
汗を垂らし見開くダウート! 冷静に見上げるアクト!
オレは確かに見た!
アクトの背後から漆黒の腕が複数ユラユラ踊っているのが! しかも阿修羅のようにアクトの顔の左右から顔が!?
そう、複数のアクトがそこに重なっているのだ!
「この世界で『次元法』をッ!?」
「そんなのできっこないはずよ! あれは極楽浄土のみの──!」
アクトの正面、右、左、三つの顔はニッと不敵に笑う!
「これが俺の最終境地ァ……! これこそが……“万覇羅参”ァ!!」
ド ン!!




