紲星あかりはご機嫌を取る
「うーん、わざわざ私のところまで来ていただいたおかげで手の込んだゲームであることは伺えますが……インパクトに欠けますね。同じように仮想領域の動物などと戯れるゲームは他にもありますし、戦わせるゲームもありますよね」
このゲームの個性は『手に取った物体』をもとにキャラクターやアイテムを生成できるというシステムだ。
バーコードやCD、写真など、太古の時代より続く製品のデータを利用したランダム生成。かつては身近な存在に思いもよらぬ付加価値を与え、幾多のユーザーを虜にしたジャンルだった。
しかしこの世の理は栄枯盛衰。ある時期を境に、この手のゲームは一斉に数を減らしていった。インターネット文化の繁栄と反比例するかのように、彼らは勢力を失い弱り細り消えていった。
「強いコードを探してスキャンを続け、知り合いと情報を共有する。それが彼らだった。けれどインターネッツには最終解が花火の如く溢れて弾け、泡沫の如く消え褪せていく。コンテンツの消費スピードがコンセプトと適合しなくなったのです」
「ゆかりさん、誰に解説してるの?」
「儚き時代に取り残された遺物の物語ですよ」
「内容については聞いてないんだよなぁ」
『似たようなゲームがあったんだね』
「ふっ、昔の話ですよ」
「ごめん、サリーちゃんに説明してたんだね……。いつもの独り言かと」
「もう、失礼ですね。私は誰かが聞いてる時にしかしゃべりませんよ。独り言に見えてもそれはあかりちゃんが無視してるだけなんです!」
「私が悪かったんだ!?」
ゆかりとあかりが仲良く言い争いを繰り広げる間にサリーは検索をしていた。当然、ゆかりが語ったかつての栄光について学ぶためだ。
『……なるほど』
「具体的な話ではありませんでしたが、参考になったみたいですね」
「ゆかりさん、評価の割にはねずみさんをすっごくかわいがってるよね」
「ねずみさんじゃなくてシェリルちゃんですよ」
「ほら、もう名前をつけてる」
シェリルを再び触ろうとあかりが手を伸ばすが、既に彼女は警戒対象に入ってしまったらしい。ゆかりの手の内側に潜り込み隠れてしまう。
それを見てあかりはしょんぼりと雨の感情表現を発動させた。彼女の頭上から拡張映像のどしゃぶりの雨が降り注いでいく。
「自分のキャラを召喚すればいいじゃないですか。よその子にばかりちょっかいを出さないでください」
「よその子でも嫌われたら悲しいじゃん! さっきのコップに飲み物を注いでこようかな」
『ご機嫌取りですか』とゆかりが揶揄するが、あかりは気にせず指先で冷蔵庫に指示を出す。
すると部屋の隅にあった冷蔵庫が開き、「カシャンッ」と軽快な音を立て、サイダーのボトルは優雅な放物線を描いてテーブルへ着地した。
テーブルの上にすたっと着地したサイダーをあかりはさも当然のように手のひらに乗せる。しばらくすると物品のスキャンが完了し……
【さいだーたん】
性格: 活発
関係: 友好的
能力: 無限飲料, 気配り上手
「あれっ、こっちはキャラクターになるんだ」
ぴょこんとサイダーの中から小さな妖精が飛び出してきた。妖精の全身に微細な炭酸の泡が煌めき、翅が揺れるたび涼やかな鈴音が生まれる。その姿はねずみとは違い元となった物品の形状を欠片も備えていないが、清涼感のある水色の翼をはためかせながらふわふわと浮かぶ様子は、どことなくモチーフを想起させる。
翼の羽ばたきに合わせて周囲にシャボン玉が浮かぶ。そのシャボン玉は風に揺られつつコップの方へと運ばれていき……ぱちんと割れるとともに滝のようにサイダーが現れ、コップへと流れ落ちていく。
コップへ満ちるサイダーは照明を反射し、小さな星くずを水面に浮かべた。
「ささっ、シェリルちゃん。サイダーだよー」
実際のねずみにとってサイダーが好まれる飲み物であるかはさておくとして、少なくともこのゲームにおいては興味を引く嗜好品であるらしい。ゆかりの手のひらの下からひょっこりと顔を出したシェリルはお腹をするりと滑らせながらコップの下へ近づいていく。
しかしコップの縁はシェリルよりも高い位置にある。飛び乗ることもできるが、重量バランス的に危険であり同時に飲みづらい。
「うーん、お皿に移してあげなきゃだめかな」
自分の持つお気に入りの星柄コップでねずみの機嫌をとるはずだったのに、うまくはいかず、胸にもやもやが残る。
「ねえ、サリーちゃん。アイテムになる物品とキャラクターになる物品には違いがあるの? 私はコップにもキャラクターになってほしかったな。愛着のあるものだし」
『そこは現状取得したデータをseedにした乱数で決めてるんだけど、確かにそうかも……』
「必ずしもプレイヤーの思う通りにならないのもゲームですけどね。そのあたりはあくまでプレイヤーの感想として受け取ってください。最終的にどうするかはサリーさん次第です」
「まあ、ユーザーの立場としては自分の利益になる要望を言いたくなっちゃうからねー」
あかりの要望に釘を刺すゆかり。あかり自身もそれはよく理解しているらしく、うんうんとうなずきながら言葉を重ねた。
ユーザーの意見はどうあっても開発者とは一致しない。いかに双方が歩み寄ろうとしても食い違いが生まれる。
それはコスト面やマネタイズの問題だったり、あるいは複数のユーザーによる矛盾した要望だったり。
あるユーザーにとって問題のシステムでも、それが多数派にとっては最適なシステムとなり得る。満場一致の高評価は母数の少ない統計でしか成立せず、たった2人のユーザーの話だけを聞いたからといって、すべてが正しいわけではない。
『それじゃあ2人とも……一緒にゲームを作らない?』




