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結月ゆかりは画面を見つめる  作者: hikoyuki
バーチャルガーデン
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剣道少女?はゲームを勧める

 ゆかりが手を離し、ぽふんとキーボードの上に落とされた少女は『いたた……』とお尻を押さえながら立ち上がり、マウスの上に飛び乗る。


「そんなにマウスの上が気に入ったんですか?」


『うん、なんか座り心地良くない?心なしかぷにっとしてるよーな気がする』


「形状記憶型のジェルマウスですからね。使い心地が良くなるように形を自由に変えられるんですよ」


『まあARならもっと自由に形状の設定ができるけど』


「仮想マウスやキーボードは操作性が悪くないですか?押し心地には違和感ないですけど」


『少なくとも遅延とかはないと思うけど……どのへんがおかしいの?』


「いやいや、普通に遅延ありません?やっぱり物理が最強ですよ」


『物理コントローラーが良いという感覚が先行しすぎているだけなのでは……』


 遅延自体は、種類を問わずどのデバイスにも起こり得る。押したという感覚と同時に入力が反映されているように見えても、実際には知覚できない微細な遅延が起きているのは確かだ。


 しかし、その部分を指して遅延があると断言できるようなプレイヤーの多くは、ただの思い込みに過ぎない。あるいは、ボタンを押すという過程が存在することから、押し込むまでの間隔の違いを遅延に含めてしまうユーザーもいる。結局のところ、実際の性能差よりも「肌に合うかどうか」が最も重要とされている。


『じゃあ思念入力型は?ボタンを押すまでの物理的な遅延がない分、1番早いよ』


「アレはゴミですね。入力感度を低くすると反射的な操作ができなくなりますし、逆に高くすると誤爆が起きますから。VRゲームでは有効なのでしょうが、思念入力型はボタンを押す感覚がないぶん、身体の感覚とアクションが直結しなくて、慣れるのが難しいんです」


『ほえー。色々あるんだねぇ。……あっ、お話が逸れちゃった! 軌道修正しなくちゃ』


 少女はこほんとひとつ咳払いをして、ゆかりを見上げながら自らの事情を説明し始めた。


『あのね、ゆかりさんにはとあるゲームを遊んでほしいの』


「なるほど?私の『オグメレンズ』を狙って入ってきたわけですか」


『そゆこと!VR以外のゲームを積極的に開拓していくと噂される巷で話題の実況者、結月ゆかりさんと見込んでやって参りました!』


「最近は数えるほどしか実況してませんけどね。……まあ、遊ぶだけなら構いませんよ。レビューとか実況とかは期待しないでくださいね」


『内容を見てみないことには始まらないってことだよね。おっけー。逆に面白かったら勝手にやってくれるんでしょ?』


「その時の気分次第ですよ。今は実況動画なんてとても作る気にはなれませんし」


「ゆかりさんが実況を投稿してくれる可能性があるなら私も協力するしかないね!」


「おや、あかりちゃん。もっと寝ててもいいんですよ?」


 ゆかりと自称剣道少女、2人の会話を聞いていたあかりは、まるでトランポリンから跳ねたかのような勢いで飛び上がり、ゆかりの下へ駆けてきた。天井に頭をぶつけて額を押さえながらもゆかりの隣へやってきて、剣道少女を指でつつきながら「ありがとねー」と可愛がり始める。


「そう言えば本当は剣道少女さんじゃないんですよね。お名前はなんですか?」


「えっ、そうなの!?剣道少女ちゃんじゃないの!?」


『そもそもあのゲームのキャラにも名前があったと思うんだけど……。あたしの名前はサリーです。ハンドルネームだけど、いいよね?』


 剣道少女改めサリーがぺこりとお辞儀しながら自己紹介をするが、ゆかりはその所作に気になる点を見つけた。


「お辞儀のモーションは【地獄の天使】では見たことありませんね。自分で作ったんですか?」


『のんのん、普通にゲーム内から取ってきたやつだよ。軽く解析した分には実際に使われてるグラフィックみたいだよ』


「……つまり、まだ見ていないイベントがあるわけですか。解析&ネタバレを食らったみたいで悔しいですが、聞いたのは私ですから文句が言えない。ぐぬぬ」


「話が脱線しすぎー!それでサリーちゃんがゆかりさんにやらせたいゲームってなに?」


「そうでした、完全に忘れてました。おっと、一応言っておきますがVRゲームならやりませんよ。なにせ私はVRに関しては全力で食わず嫌いを続ける心積もりですので」


『食わず嫌いであることを誇りに思ってる!?』


「ゆかりさんは逆張り大好きマイナーオタクだから……」


『やっぱりそうなんだ……。あっ、また話が脱線するとこだったっ。あたしがやって欲しいゲームはね、ARゲーム【バーチャルガーデン】!』


 サリーがタイトルを口にすると、ゆかりは即座に検索をかける。しかし該当タイトルはヒットしない。同名のゲームや企画などは出てくるが、ARゲームとして登録されたものはない。


「まだ世に出ていないゲーム、ですね。そしてサリーさんは開発者かその関係者」


『正解!……だけどあたしわるいウイルスじゃないから通報しないでね』


「今更そんなことしませんよ。それよりも早くゲームファイルをください」


 ゆかりがそう言うと圧縮ファイルがぽこんと画面に表示される。念のためにとスキャンをかけながらファイルを開き、中のアプリケーションをインストールし始めた。


 あかりもゲームファイルを欲しがったため、ゆかりがコピーしたデータを彼女のレンズへ転送する。ウイルスを名乗る少女が提供したファイル、怪しいことこの上ないがゆかりはこれまでの会話を踏まえてサリーのことを信用していた。


 ファイルの展開が終わり、ゆかりがアプリケーションを開くと、視界に色とりどりの花が現れた。同時に【バーチャルガーデン】の文字が浮かび上がる。


 しかしそれはあくまでタイトル画面としてのロゴに過ぎないらしく、開始のボタンを押すと緩やかにフェードアウトしていった。


 そして画面はいつも通りの視界へと戻る。特別な拡張表示はない。現実の風景をそのまま映し出しているだけだ。


「えっと……操作説明とかはありますか?メニューとかコマンドとか何も出てこないのですが」

『まだ製作中だからないよ』

「そこは完成させてから来てくださいよ」


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