95話
95話. 入学式と孤立
遠くはいつの間にか近く、近くはいつの間にか遠く過ぎ去ってゐる。
それが時であり、あるいは人生のそのものだろう。
気がつけば過ぎていく、月日というのはその様なもの。
──カリナが学園にきてから半年が経った。
マジック・マウント魔法学校は初秋を迎え、落葉樹は秋に染まり、葉をはらはらと落としている。空は高く、イワシ雲がはるか山向こうの国境へと続いていっている。
教室から見える、マジック・マウントの山頂も雪化粧がおおいはじめた。
そろそろ外套を用意しなければと考えるほど、カリナが入学してから月日が経っていた。
──11月、魔法陣学科の教室。
魔法陣を教える熱心な教師はソロモンの五芒星の説明を続けている。
カリナは、ちようど聖四文字の最後の文字をノートに書き付け、丁寧にとったノートから目を離すと、視線を上げたゾエと目が合った。
はこちらに向かって、にっこりと微笑みかけ、小さく手を振った。
カリナもそれに応えて微笑み、手を小さく振り返した。そうして、2人は秘密の合図を送り合っている。
「(教室寒いね……)」
「(ほんとう……早くストーブつけて欲しいね)」
こんな些細なやりとりから、魔法学校へ入学して本当に良かったとカリナは心から思うのだった。
『──他のみんなとは色々とあったけど、ゾエだけは、わたしと仲良くしてくれる──』
そう感じながら、カリナは春の頃──入学式に思いを馳せていた。
──早春のマジック・マウント魔法学校。
教室の窓から見える春の山脈には、春の妖精の花が一斉に咲き、魔法学校では入学式が行われていた。
入学式の行われている、マジック・マウント魔法学校の講堂は地下深くにあり、天然の岩窟と鍾乳石を利用して作られていた。
この広大な地下講堂は、遥か頭上高くまで鍾乳石の石柱がのび、岩石の壁には、ところどころに天然の魔法石が露出して、淡い光を放っている。
中央には、魔法魔術学を守る女神の彫像が鍾乳石を利用して掘り出され、魔法の杖と魔術書を掲げていた。
生徒達は古の儀式にのっとり、魔法学校の印章が刺繍された漆黒のマントを頭まで被り、ロウソクを持ち、厳かに整列して、女理事長の話しを静聴していた。
老齢の女理事長トレメイン曰く、
「──この学園の特徴として生徒の自主独立を重んじ、
【生徒会】を中心に運営をされています。この生徒会は、特に成績優秀な生徒から選出され、
あらゆる面で学園生活が優遇され、決定権を有しています。
また就職進路その他、卒業してからも、かなりの恩恵が得られるでしょう。
我が校に入学した全生徒は、この生徒会への入会を目指し、全力で魔法学や魔法クラブで好成績を納め、【生徒会】に入会できるように勤めて下さい」
女理事長は、この様な訓示を垂れて終わらせた。
─────
入学式を終えると、新入生はまたぞろと教室に移動する。
『ここに本当に魔王様がいらっしゃるのかしら……?』
カリナは一抹の不安を感じながらも、前向きになろうと思いなおす。
『せっかくの学園生活、心から信頼できる、大切なお友達が出来ると嬉しいな……』
カリナは心からそう願い、教室に入るのだった。
カリナが教室に入ると再試験を一緒に受けた、ゾエ•エランがおり、2人は手を取り合って再会を喜んだ。 そして2人は偶然にも同じクラスだった。
こうして、お昼のランチの時間となり同じクラスの女生徒と連れ立ち、ゾエと一緒に食堂に赴くことになった。
初めて顔を合わせるクラスメートに、まだお互いが探り合っていて、ぎこちなく、打ち解けるにはまだ日がかかりそうだ。
皆、固まって着席しランチを取っていると、なんとなく魔法学校へ入学した理由と、お互いの将来の話題になった。
「私は王立魔法研究所の研究員になるのが、将来の夢なの!」
「私は、魔法協会の会長になって、男性中心の魔法界を改革したいわ」
女生徒達は、口々に将来の夢を話す。
「カリナさんはどうかしら?」
カリナは急に振られて、しどろもどろになり、つい本当の事を話し、カリナは魔大陸に行きたいと発言してしまう。
他の学友たちは、とんでもないと驚嘆の声を上げる。
「まあ魔大陸だなんて、魔物の巣窟でしょう?危険だわ……!」
「魔物は本当に恐ろしい存在よ。奴らは私たち人間と違って魔法詠唱も必要がなく、私達人間よりも強い魔力を持っているの。
先生方だって、魔族に出会ったらとにかく逃げろと教えている位よ!」
「とにかく、魔物は人間が勝てる相手では無いのよ」
女生徒は口々にとんでもない、といった表情だ。
カリナ様ってちょっと変わってらっしゃるのね。そんな風にクラスメイト達は密かに噂し合った。
「カリナさん、魔物は本当に恐ろしいのよ。この前だって魔蓄管の工場のが襲われて……。」
「……魔蓄管単語?」
「ええ。便利な魔道具の中に入っている魔力の動力源よ。マジックシリンダーと呼ばれている物で──……」
『そんな便利な物が……』
カリナは自分の知らない新しい技術に興味を惹かれたが、質問する前に食堂のホールが、急に騒がしくなった。
「……あっ!!生徒会の皆様よ!……カリナさん、ゾエさん。ご挨拶して……!」
クラスメイトがそう、声を潜めると一斉に、生徒会員たちに道を開けた。
そこへ3人の女生徒が先頭に立ち、付き従うように他の女生徒を引き連れて食堂へ入ってきた。
カリナの同クラスの女生徒が、その先頭の偉そうに腕を組む女生徒にうやうやしく挨拶をする。
「副会長のメレテー様、おはようございます!」
そう声を掛けると、カリナの同級生達は一斉におはようございます、と挨拶をする。
「あら、おはよう。」
生徒会副会長のメレテーは、チラリと目を向けると、カリナの存在に気づいたようだ。
「あら、貴女。今期から編入して来た、カリナ•オルデウスさんでしょう?」
「確か、侯爵令嬢だったけれど、ご実家が没落されて今は、貧乏になったんですってね。」
カリナは、この質問に相手からの悪意を感じたが、あえて正直に返事をした。
「えっと……はい、そうです。」
「もしかして、貴女。貧乏で他に行き場が無いのではなくて?」
それを聞いて、書記のアオイデーはボソっと呟く。
「まぁ。カリナさんて、家なき子みたいねぇ……」
これを聞いて、周りの取り巻き達と一緒に、生徒会副会長のメレテーと書記のアオイデーは爆笑する。
「まあ、失礼よメレテー、アオイデー!カリナさんに謝って差し上げて」
生徒会副会長と書記は、驚いて後ろを振り返ると、生徒会長のムネーメが奥から現れ、2人を厳しく 嗜めた。
生徒会副会長メレテーと書記のアオイデーはしゅんとなった。
「ご……ごめんなさい。ムネーメ……」
生徒会長のムネーメはそう2人を嗜めた後、皮肉っぽくカリナに釘をさす。
「……でもね。カリナさん私。
──お噂では、カリナさん、あなたが自ら火を着けてご実家を没落させたと聞きましたわ。
他にも、お金持ちのご令嬢を賭けのチェス勝負に誘って、奴隷の身分にまで落としめたとか──。
その上、ご令嬢のご実家の財産全てを乗っ取ったと聞きましたわ」
ここで生徒会長のムネーメは、カリナを冷たく睨みつける。
「──カリナさん。
このマジック•マウント学園に何を目的にされてこられたか分かりませんけど、悪事を企んだところで、私たち生徒会が貴女の好きにはさせませんわ。」
そう宣言すると、生徒会長のムネーメは、語調を少し変え、カリナに警告するのだった。
「何にせよ、理事長のトレメイン先生は変に目立つ生徒を好まないの。まあ、せいぜいこの学園を追い出されないよう、お気をつけて。」
そう言うと周りの取り巻き達と一緒に示し合わせたように、目配せする。
「それでは、ご機嫌よう。」
この様に、生徒会長のムネーメは、カリナを冷ややかに迎えると、他の生徒会員と連れ立って食堂の特別VIPルームへ消えて行くのだった。
───。
カリナは窓の冬景色を眺め、手元のノートを眺めながら、白いため息を付いた。
──その一件から、周りの生徒たちはカリナに妙に他所よそしい。コソコソとカリナを遠巻きに眺めながら、仲良くしたがらない。
それでも、入学試験の時から、ゾエ•エランだけはカリナと変わらずに仲良くしてくれていた。
その事をカリナは有り難く思い、ノートに向かうゾエを、いつまでも温かく見つめているのだった。
──後日。
──マジック・マウント学園の理事長室にて。
女理事長のトレメインは生徒会長のムネーメから、なにやら秘密裏に報告を受けている。
どうやら2人は悪巧みでもしている様子で、声を潜めて話し合っていた。
「トレメイン理事長先生。お言い付け通り、教室でのカリナ•オルデウスを孤立させました。」
「ご苦労さま、ムネーメ。でもまだ、ゾエ•エランという生徒と仲良くしていて、とても教室内で孤立している様に見えません。
これではカリナ•オルデウスが居た堪れなくなって、我が校から出ていくとはとても思えない。どういう事ですか?ムネーメさん」
「はい。確かにカリナはゾエと行動を共にしていて、孤立した様に思ってないかもしれません。
しかし、その事で私に良い考えが有ります。きっとこの考えで、ゾエもカリナの元を去るでしょう。」
そう言って生徒会長のムネーメは、理事長に自信ありげに宣言する。
「きっと孤立したカリナは居た堪れなくなり、このマジック•マウント魔法学校から必ず出て行くでしょう!」
それを聞いて、理事長はホッと胸を撫で下ろす。
「そう、ならば貴女に全て任せましょう」
「理事長先生、首尾よくカリナを学園から追い出せたら、私達の希望を……」
「そうね。貴女は確か、 王立魔法研究所の特待研究員への推薦だったわね。……もちろん、十分に叶えてあげますよ」
「理事長先生、ありがとうございます。それを聞いて安心しました。それでは私、準備がありますので、これで失礼致しますわ」
生徒会長のムネーメは自信満々でそう言うと、理事長室から出ていくのだった。
あとがき
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