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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第三部
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7 新会長ノリコ・ミナヅキのイメージ



 生徒会三役の信任選挙まで、あと二週間を切った。

 学院の見回りを終え生徒会室へと戻ってきたヨウは、お茶を飲みながら一息ついていた。

 そこに、こちらも一服という調子で、タイキがお茶を片手にこちらへとやってきた。ヨウの隣に座ると、ねぎらいの言葉をかけてくる。

「ヨウ君、お疲れさま。見回りもすっかり慣れたようだね」

「ありがとうございます。この頃はあまりいざこざも起こらなくて助かってます」

「それもみんなの頑張りのおかげだよ」

 笑うタイキに、ヨウが少し寂しそうにつぶやく。

「でも、会長ももうすぐ任期を終えるんですよね……」

「そうだね。でも、僕たちも十二月までは生徒会にいるから、別にそんなに寂しそうな顔をしなくてもいいんじゃないかな」

「そうか、そうですよね」

 三年生は三役を終えた後も、年末までは生徒会にとどまって仕事の引き継ぎや生徒会の補佐をする。よって直ちに引退するわけではないのだが、それでも三年生から役がなくなってしまうのは何となく寂しい気がする。

「会長は、しばらくの間ノリコに引き継ぎをすることになるんですよね」

「そうだね。もっとも、ノリコなら僕があれこれ言わなくてもすぐに仕事をマスターするだろうけどね。ヨウ君も、ノリコのサポートを頼んだよ」

「もちろんです」

 少し気負った感じで返事をする。そもそも自分はそのために学院へやってきたのだ。彼女が力を発揮できるよう、自分も頑張らなければ。

「それじゃ僕は戻るとするよ」

「あ、はい。僕も戻ります」

 そう言って立ち上がったヨウの目に、腕組みしながらうんうんと唸るノリコの姿が映った。珍しく何か考えこんでいるようだ。

 何か手伝えることはあるかと思い、ヨウはノリコに声をかけた。

「ねえ、何をそんなに悩んでるの?」

「あ、ヨウちゃん! ちょうどよかった!」

 隣までやってきたヨウの顔を見上げると、ノリコはパッと花開くような笑顔を見せた。目の前の紙を何枚か拾い上げると、両手で開いてヨウに向かい示してくる。

「ねえ、これどう思う?」

「え? えーと、なになに……何かの演説?」

「そう! 今度の選挙、会長に就任したら何か挨拶しないといけないでしょ? だから、何を話したらいいか考えてるの!」

「ああ、なるほどね」

 そういうことかと、ヨウは一つぽんと手を打った。確かに三役に就任すれば、生徒たちに向かい意気ごみや抱負などを述べたりするだろう。

 だが、これはちょっと、あまりにも……。

「これ……長すぎない?」

「うーん、やっぱり長いかな……」

「長いよ、絶対。だって、これ全部読み上げようとしたら五分や十分じゃ済まないでしょ?」

「そっか、そうだよね……。やっぱりこの方向はダメかぁ……」

 そう言うや、ノリコは手にした原稿を……ビリビリッと破いてしまった! くしゃくしゃに丸めると、えいっとくず入れに放り投げる。

 声を上げる間もなく、ただ呆然とその様子を見つめるヨウに、ノリコは吹っ切れたような表情を見せた。嫌な予感がする。

「そうだよね! みんなには、もっと簡潔にわかりやすくあたしのことを知ってもらわなきゃ! じゃあねじゃあね、こんなのはどう?」

 机に向かうや、ノリコは猛然とペンを振るい何事かを書き始める。これは余計なことを言ってしまったか、とヨウが少し後悔していると、何やら紙に書き上げたノリコが満足げに顔を上げた。

「はい、読んでみて!」

「う、うん……。ええと、『皆さん、こんにちはー! このたび生徒会長になりました、ノリコ・ミナヅキです! あたしを認めていただき、ほんっとー(ここ力込める!)にありがとうございます! ……』……?」

「どう、ヨウちゃん?」

 瞳を期待できらきらさせながら、ノリコがヨウの反応をうかがってくる。少し、いや、かなり戸惑いながらヨウは紙から目を離した。

「ええと……これ、何だかキャラが違うんじゃない? これじゃまるでいつものノリコだよ……?」

「そう! いいところに気がついてくれました!」

 得意げに眉毛をきりりとつり上げると、ノリコは左手を腰のあたりに当て、右手の人さし指を立てながらずいとヨウに向かって突き出した。

「あたしも会長になったあかつきには、そろそろ猫をかぶるのをやめて本来の自分をみんなに見せていこうかなと思ってるんだよ。会長デビューだよ!」

「え、ええ? それはやめた方が……」

「でも、デビューするならもっと派手な方がいいかなあ? はいヨウちゃん、次はこれ!」

「ええ~? どれどれ、『やっほー! 会長になった、ノリコだよー! 学院のみんなー、今日も元気かなー? それじゃみんな、これから会長としての心構えや抱負を言うから、静かに聞いててねー!』……いやいや、小さな子供相手じゃないんだから」

「じゃあこれ! 自信作だよ?」

「自信作、ねえ……」

 矢継ぎ早に繰り出されるノリコのアイデアに、ヨウもついついつき合ってしまう。ノリコもノリコで、渾身の力作とばかりに紙を渡してくるから無下にもできない。

「では失礼……『あたし、ノリコ・ミナヅキは、生徒会の会長として、皆さんを守ります! 本気のあたしを見てください! (ここで変身! 精霊術で炎の渦を作り出し、その中で着替え!)……学院の平和を守る生徒会の守護神、精霊少女ムーンライト・ノリコここに見参!』……!?」

「どう? インパクト絶大でしょ? 何だかあたし、みんなにお堅いイメージ持たれてるみたいだから、そのくらいやらなきゃ足りないかなあって」

 決してふざけてやっているわけではない。それはノリコのまっすぐな瞳を見ればわかる。だが……これは。

 まだ甘いかな? などと言って再び机に向かうノリコの肩に手をかけると、ヨウはぐいっとその身体をこちらへと向けた。そのままじっと神妙な面持ちでノリコの顔を見つめる。

「ノリコ・ミナヅキさん」

「は、はい!」

 フルネームで呼ばれ、驚いたノリコが思わず大声で返事する。

 少しの間の後、ヨウはゆっくりと口を開いた。

「あなたは……そのままのあなたでいてあげてください」

「は、はい……わかりました」

 肩から手を離すと、ノリコは幾分しゅんとした様子で机へと向かった。ちょっとかわいそうなことをしたかな、とも思ったが、あのまま放っておけばノリコが止まらなくなっていた可能性もある。それだけノリコも会長のポストにプレッシャーを感じているのかもしれなかった。

 頭が冷えたら、一緒に文面を考えてあげよう。みんなに普段の自分を知ってもらいたい、というノリコの気持ちもわかるし。そんなことを考えながら、ヨウは自分が担当している書類を手に取ると、空いている机へと向かった。





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